ハイドン:交響曲第39番 ト短調, Hob.I:39
シモン・ゴールドベルク指揮:オランダ室内管弦楽団 1958年10月8日~21日録音
Haydn:Symphony No.39 in G minor, Hob.I:39 [1.Allegro assai]
Haydn:Symphony No.39 in G minor, Hob.I:39 [2.Andante]
Haydn:Symphony No.39 in G minor, Hob.I:39 [3.Menuet e Trio]
Haydn:Symphony No.39 in G minor, Hob.I:39 [4.Allegro di molto]
モーツァルトの小ト短調の交響曲を思わせる雰囲気

これはハイドンの数少ない短調による交響曲なのですが、後のモーツァルトの小ト短調の交響曲を思わせる雰囲気を持っています。もっとも、順番は逆であり、モーツァルトがこの作品を知っていたかどうかは分かっていません。まあ、「ト短調」というのは基本的にこのような雰囲気を持つ音楽になるようです。
またいわゆる、ハイドンが集中的に短調の作品を書いた「シュトルム・ウント・ドランク(この呼称は不適当であることは事実なのですが・・・)」の時期に先立つ作品ですから、彼の持っていた実験的精神の旺盛さを知らされます。
なお、一部にはこの作品を持って「シュトルム・ウント・ドランク」の嚆矢と見る向きもあるのですが、それは些か強引に過ぎるでしょう。
この作品では休止符の使い方が秀逸で、第1楽章ではテーマが1小節の休止をはさみながら意味深長に開始されます。この休止符がこの音楽の劇的な性格を纏わせる役割をはたしています。
第2楽章のアンダンテは弦楽器だけで演奏されるのですが、ここで主調の長3度下の変ホ長調が使われるのはハイドンにとっては珍しいことだそうです。その響きは精妙ではあるものの明るさとは無縁です。
続くメヌエット楽章では民謡風の陰影の濃い主部とオーボエやホルンががおおらかに歌うこれまた民謡風のトリオが対比されます。
そして、最終楽章ではオペラ風のスピード感あふれる音楽が展開されて、情熱的に音楽は締めくくられます。
モーツァルト的感性で濾過されたハイドン
ゴールドベルク指揮がオランダ室内管弦楽団と録音したハイドンの交響曲もまた随分とマニアックな選曲です。そのマニアック度はモーツァルトの選曲以上でしょう。
- ハイドン:交響曲第39番 ト短調, Hob.I:39
- ハイドン:交響曲第44番 ホ短調「悲しみ」, Hob.I:44
- ハイドン:交響曲第57番 ニ長調 Hob.I:57
おそらく、この3曲をすぐにイメージできる人は殆どいないでしょう。ハイドンと言えばまずはザロモン・セット、それ以外ならば88番の「V字」、92番の「オックスフォード」あたり、もう少しひねったとしても45番の「告別」、49番の「受難」、さらにもう一ひねりして6番~8番の「朝」「昼」「夕」くらいでしょう。
確かに、ハイドンの疾風怒濤期の短調作品として44番の「悲しみ」はある程度イメージできる人はいるかもしれませんが、「全集」でも目指さない限りは「39番」や「57番」を単発で録音するというのは極めて珍しいのではないでしょうか。
しかし、このハイドン演奏なのですが、聞いてみれば実に面白いので困ってしまいます。ゴールドベルクというおじさんは実に変わった、そして困った人です。
その演奏を一言で言えば、ハイドンの純器楽的な交響曲を、ゴールドベルクが持つ「モーツァルト的感性」みたいなものをフィルターとして通過させたような音楽になっているのです。
よく知られていることですが、モーツァルトはハイドンのもとで音楽を学んだことがあります。そして、ハイドンはすぐにモーツァルトの恐るべき才能を見いだしたのですが、教え子であるモーツァルトはハイドンの指導に物足りなさを感じて、結局その師弟関係は長く続きませんでした。しかし、それは師であるハイドンの音楽的才能がモーツァルトの音楽的才能に及ばなかったなどという話ではありません。
モーツァルトは疑いもなくハイドンの音楽から多くのものを学んでいますし、ハイドンという音楽家を終生尊敬していました。そして、その尊敬の念はハイドンもまた同じであり、あまりにも早すぎるモーツァルトの死を聞いたときにモーツァルトへの「レクイエム」として98番の交響曲を書いています。
では、何故に音楽の師弟関係としては二人は上手くいかなかったのかというと、これはあくまでも私見ですが、ハイドンという音楽家が職人的な技を凝らした純粋器楽の音楽家だったのに対して、モーツァルトの本性はオペラにあったからではないかと思うのです。
よく言われるように、モーツァルトの音楽は音符を精緻に音に変換するだけでは抜け落ちてしまうものが多すぎます。ですから、トスカニーニやマルケヴィッチの演奏を聞いて「ああ、立派な音楽だな!」とは思っても、どこかで物足りなさを感じてしまうのです。しかし、先に紹介したゴールドベルクのモーツァルトにはその様な立派さはないけれども、「ああ、これこそモーツァルトだ!!」という安心感を持って聞くことができました。
そして、そう言う感性を持って、彼はハイドンの交響曲に臨んでいるように思えるのです。
おそらく、ハイドンの交響曲が持つ純粋器楽としての構築性を極限まで追求したのはクレンペラーでしょう。例えば、彼の手になる「104番」などを聞けば、それはもうすぐ横にベートーベンがたたずんでいる事は誰の耳にも明らかとなります。
それに対して、このゴールドベルクのハイドンはそれとは対極にあるような演奏であり、まるでそれはモーツァルトの初期シンフォニーを聴いているような思いになってしまうのです。
とはいえ、そんな聞き方は何処か違うだろうという声が聞こえてきそうなのあですが、聞き手にとっては実に楽しく、心安らかに聞けるハイドンになっていることだけは認めていただけるのではないでしょうか。
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