クラシック音楽へのおさそい~Blue Sky Label~

ブラームス:ピアノ協奏曲第2番 変ロ長調, Op.83

(P)アルトゥール・ルービンシュタイン:シャルル・ミュンシュ指揮 ボストン交響楽団 1952年8月11日録音





Brahms:Piano Concerto No.2 in B-flat major, Op.83 [1.Allegro non troppo ]

Brahms:Piano Concerto No.2 in B-flat major, Op.83 [2.Allegro appassionato]

Brahms:Piano Concerto No.2 in B-flat major, Op.83 [3.Andante]

Brahms:Piano Concerto No.2 in B-flat major, Op.83 [4.Allegretto grazioso]


気力・体力ともに充実しきった絶頂期の作品

まったく可愛らしいきゃしゃなスケルツォをもった小さなピアノ協奏曲

逆説好みというか、へそ曲がりと言うべきか、そう言う傾向を持っていたブラームスはこの作品のことそのように表現していました。しかし、そのような諧謔的な表現こそが、この作品に対する自信の表明であったといえます。

ブラームスは第1番の協奏曲を完成させた後に友人たちに新しい協奏曲についてのアイデアを語っています。しかし、そのアイデアは実現されることはなく、この第2番に着手されるまでに20年の時間が経過することになります。

ブラームスという人は常に慎重な人物でした。自らの力量と課題を天秤に掛けて、実に慎重にステップアップしていった人でした。
ブラームスにとってピアノ協奏曲というのは、ピアノの名人芸を披露するためのエンターテイメントではなく、ピアノと管弦楽とが互角に渡り合うべきものだととらえていたようです。そう言うブラームスにとって第1番での経験は、管弦楽を扱う上での未熟さを痛感させたようです。

おそらく20年の空白は、そのような未熟さを克服するために必要だった年月なのでしょう。
その20年の間に、二つの交響曲と一つのヴァイオリン協奏曲、そしていくつかの管弦楽曲を完成させています。

そして、まさに満を持して、1881年の夏の休暇を使って一気にこの作品を書き上げました。
5月の末にブレスハウムという避暑地に到着したブラームスはこの作品を一気に書き上げたようで、友人に宛てた7月7日付の手紙に「まったく可愛らしいきゃしゃなスケルツォをもった小さなピアノ協奏曲」が完成したと伝えています。
決して筆のはやいタイプではないだけにこのスピードは大変なものです。まさに、気力・体力ともに充実しきった絶頂期の作品の一つだといえます。

さて、その完成した協奏曲ですが、小さな協奏曲どころか、4楽章制をとった非常に規模の大きな作品ででした。
また、ピアノの技巧的にも古今の数ある協奏曲の中でも最も難しいものの一つと言えます。ただし、その難しさというのが、ピアノの名人芸を披露するための難しさではなくて、交響曲かと思うほどの堂々たる管弦楽と五分に渡り合っていかなければならない点に難しさがあります。
いわゆる名人芸的なテクニックだけではなくて、何よりもパワーとスタミナを要求される作品です。

そのためか、女性のピアニストでこの作品を取り上げる人は少ないようです。また、ブラームスの作品にはどちらかと言えば冷淡だったリストがこの作品に関してだけは楽譜を丁重に所望したと伝えられていますが、さもありなん!です。

それから、この作品で興味深いのは最終楽章にジプシー風の音楽が採用されている点です。
何故かブラームスはジプシーの音楽がお好みだったようで、「カルメン」の楽譜も入手して研究をしていたそうです。この最終楽章にはジプシー音楽とカルメンの大きな影響があると言われています。

ミンシュという人が持っている引き出しの多さ


ミンシュ&ボストン響の伴奏による初期の時代の協奏曲の録音を幾つか続けて聞いてみました。
聞いたのは以下の3つです。

  1. ブルッフ:ヴァイオリン協奏曲第1番 ト短調, Op.26
    (Vn)ユーディ・メニューイン 1951年1月18日録音

  2. ブラームス:ピアノ協奏曲第2番 変ロ長調, Op.83
    (P)アルトゥール・ルービンシュタイン 1952年8月11日録音

  3. チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調, Op.35
    (Vn)ナタン・ミルシテイン団 1953年3月29日録音


まず驚いたのは、1951年にメニューインと共演して録音していることです。
よく知られている話ですが、メニューインはフルトヴェングラー擁護を積極的に行い、その事がアメリカのユダヤ人社会の怒りを買い、そのためにユダヤ系音楽家が支配的なアメリカ楽壇から事実上追放されて活動の拠点をイギリスに移さざるを得なくなっていました。
そう言えば、この1951年という年はアメリカの親善大使として来日していますから、ある程度は彼への締め付けは緩くなっていたのかもしれません。とは言え、アメリカにおけるユダヤ系の影響力を考えればメニューインと共演して録音を行うというのは小さくはないリスクだったはずです。

そこであらためて気づくのは、ミンシュという人にはほとんど戦争の影が感じられないと言うことです。
彼は1926年にゲヴァントハウス管弦楽団のヴァイオリニストとして音楽家としての活動を開始するのですが、その後は楽団のコンサート・マスターをつとめながら1929年にパリで指揮者としてデビューします。そして、1937年にパリ音楽院管弦楽団の指揮者となって1946年まで在任しました。
つまりは、ナチス支配下のフランスにおいて彼はずっとその地位にあり、その後はアメリカに渡って1949年にボストン交響楽団の常任指揮者に就任するのです。

そんな彼の人生にはナチスの影みたいなものがほとんど感じられないのです。もちろん、積極的にナチスに荷担することもなく、外から見た目にはその困難な時代を淡々とくぐり抜けたように見えるのです。
しかし、詳しく調べてみると、ナチス支配下のパリでオーケストラを維持していくのはかなりの困難を伴うものであり、それ以外にも、密かに対独レジスタンス運動に身を投じていた事も知られるようになってきました。また、戦時下に南仏で製作が進められた映画「天井桟敷の人々」のサウンドトラックの指揮を担当した事も忘れてはいけないでしょう。

しかし、そう言うことを彼はあまり口にはしなかったようで、結果として淡々と戦時下をくぐり抜けてきたように見え、それ故に彼に戦争の影を感じることも少なかったのでしょう。

ですから、この時にあってもメニューインと共演することにも躊躇いがなかったのでしょう。
カサドシュとのモーツァルト演奏の時にもふれましたが、ここでもメニューインを立てて実に手堅く伴奏をつけています。

ところが、1952年に録音されたルービンシュタインとのブラームスでは雰囲気がガラリと変わります。
もともとこの作品のオーケストラパートは交響曲のように充実しています。そして、それに対抗しうるようにピアノのソロも充実していて、その両者はがっぷりと組み合うことが要求されます。
まさに、ここで聞ける両者の演奏を一言で言えば「喧嘩上等」です。

考えてみれば、ルービンシュタインもミンシュも偉大な芸術家ではあるのですが、その根っこを掘り下げていけば基本的にはエンターテイナーです。ですから、多少のアンサンブルの乱れなどは気にしないで、「オレの方が目立たなくてどうするんだ!」という意気込みがひしひしと伝わってきます。
最近ではみんなお行儀が良くなって、こういう「喧嘩上等」な協奏曲は滅多に聴けなくなっているので、気楽な聞き手にとっては実に楽しい時間を過ごすことが出来ます。
ピアノというのは楽器一つでフル・オーケストラと互角に渡り合えるのですから、やはりこうでなくっちゃいけません。

そして、その翌年にミルシテインとの録音になると、これまたガラリと雰囲気が変わるのです。
これはミルシテインというヴァイオリニストが持っている美質が最高に発揮された録音です。

ミルシテインという人は、おそらくハイフェッツの影を殆ど気にしなかった数少ないヴァイオリニストの一人でしょう。
両者はともにアウアー門下であり、そしてアウアーの指導は自分で考えることを強く要求するものでした。ですから、ハイフェッツはハイフェッツであり、自分は自分であるという極めて当然のことを素直に認識できた数少ない一人だったのです。
ミルシテインは優れた技巧を持ちながらもそれをひけらかすことはなく、歌心と美音を前面に押し出すことが自分の美質を最大限に発揮する道だと確信していました。ですから、ハイフェッツのような凄みのある音楽は自分とは無縁のものであると思っていたのでしょう。

面白いのは、そう言うミルシテインのスタイルをミンシュは完全に理解して、そう言うミルシテインの美質が最大限に発揮されるようにオーケストラをコントロールしていることです。
こういうのを聞くと、ミンシュはミルシテインのことを本当に尊敬していたんだなと言うことが伝わってきます。
そして、あらためてミンシュという人が持っている引き出しの多さと懐の深さに感心せざるを得ないのです。

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