ベートーベン:交響曲第5番ハ短調 作品67運命
ヘルマン・シェルヘン指揮 ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団:1954年9月録音
Beethoven:Symphony No.5 in C minor, Op.67 [1.Allegro Con Brio]
Beethoven:Symphony No.5 in C minor, Op.67 [2.Andante Con Moto]
Beethoven:Symphony No.5 in C minor, Op.67 [3.Allegro]
Beethoven:Symphony No.5 in C minor, Op.67 [4.Allegro]
極限まで無駄をそぎ落とした音楽

今更何も言う必要がないほどの有名な作品です。
クラシック音楽に何の興味がない人でも、この作品の冒頭を知らない人はないでしょう。
交響曲と言えば「運命」、クラシック音楽と言えば「運命」です。
この作品は第3番の交響曲「エロイカ」が完成したすぐあとに着手されています。スケッチにまでさかのぼるとエロイカの創作時期とも重なると言われます。(1803年にこの作品のスケッチと思われる物があるそうです。ちなみにエロイカは1803?4年にかけて創作されています。)
しかし、ベートーベンはこの作品の創作を一時的に中断をして第4番の交響曲を作曲しています。これには、とある伯爵未亡人との恋愛が関係していると言われています。
そして幸か不幸か、この恋愛が破局に向かう中でベートーベンはこの運命の創作活動に舞い戻ってきます。
そういう意味では、本格的に創作活動に着手されたのは1807年で、完成はその翌年ですが、全体を見渡してみると完成までにかなりの年月を要した作品だと言えます。そして、ベートーベンは決して筆の早い人ではなかったのですが、これほどまでに時間を要した作品は数えるほどです。
その理由は、この作品の特徴となっている緊密きわまる構成とその無駄のなさにあります。
エロイカと比べてみるとその違いは歴然としています。もっとも、その整理しきれない部分が渾然として存在しているところにエロイカの魅力があるのですが、運命の魅力は極限にまで整理され尽くしたところにあると言えます。
それだけに、創作には多大な苦労と時間を要したのでしょう。
それ以後の時代を眺めてみても、これほどまでに無駄の少ない作品は新ウィーン楽派と言われたベルクやウェーベルンが登場するまではちょっと思い当たりません。(多少方向性は異なるでしょうが、・・・だいぶ違うかな?)
それから、それまでの交響曲と比べると楽器が増やされている点も重要です。
その増やされた楽器は第4楽章で一気に登場して、音色においても音量においても今までにない幅の広がりをもたらして、絶大な効果をあげています。
これもまたこの作品が広く愛される一因ともなっています。
古典的均衡の中で追求した新しい試みが目に見えるように再現されています
ヘルマン・シェルヘンという名前が強く結びついている録音と言えばルガーノ放送管弦楽団とのベートーベン交響曲全集でしょう。1965年の1月から4月にかけて一気呵成にライブ録音で収録されたものですが、売り文句が「猛烈なスピードと過激なデュナーミク、大胆な解釈で荒れ狂う演奏」と言うのですから、まあ、大変なものです。
そして、その全集録音は「ト盤」という言葉結びつき、それ故に「爆裂指揮者」という有り難くもないレッテルを貼られてしまった原因ともなった録音です。
しかし、彼には50年代にもう一つ、革新的でもあり、真っ当でもある全集録音があります。
それが「Westminsterレーベル」によって以下の順で録音された全集です。
なお、録音データに関しては「Westminster」と「TAHRA」では食い違いがあるのですが、ここでは「Westminster」のデータを採用しておきました。
ウィーン国立歌劇場管弦楽団
- 交響曲第7番イ長調 作品92:1951年6月録音
- 交響曲第6番ヘ長調 作品68「田園」:1951年6月録音
- 交響曲第9番ニ短調 作品125「合唱」:1953年7月録音
- 交響曲第3番変ホ長調 作品55「英雄」:1953年10月録音
- 交響曲第1番ハ長調 作品21:1954年10月録音
ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団:1954年9月録音
- 交響曲第2番ニ長調 作品36
- 交響曲第4番変ロ長調 作品60
- 交響曲第5番ハ短調 作品67運命」
- 交響曲第8番ヘ長調 作品93
二つのオーケストラを振り分けているのですが、その振り分けたオーケストラによって明らかにテイストが異なります。
それから、すでにふれたこともでもあるのですが、この「ウィーン国立歌劇場管弦楽団」というオーケストラの実態についてもう一度確認しておきます。
一般的に考えれば、「ウィーン国立歌劇場管弦楽団」は「ウィーン国立歌劇場」のオーケストラと言うことになります。
その歌劇場のメンバーの中から入団が認められたものによって結成されているのがウィーンフィルと言う自主団体ですから、「ウィーン国立歌劇場管弦楽団≒ウィーンフィル」という図式が成立するのです。
しかし、この「ウィーン国立歌劇場管弦楽団」というクレジットがよく登場するウェストミンスターの録音では、それは「国立歌劇場」のオケではなくて、オペレッタなどを上演する「フォルクスオーパー」のオケだったらしいのです。
ですから、ここでは「ウィーン国立歌劇場管弦楽団≒ウィーンフィル」という図式は成立しないのです。
ただしボールト指揮による「惑星」の録音のように「ウィーン国立歌劇場管弦楽団」というクレジットが「ウィーン国立歌劇場管弦楽団≒ウィーンフィル」を意味している可能性が感じられるものもあるから困ってしまいます。
そこで、さらに調べてみると、この「ウィーン国立歌劇場管弦楽団」というクレジットが、そのまま「国立歌劇場」のオケであるときもあるようななのです。
何ともややこしい話なのですが、それでも「ウィーン国立歌劇場管弦楽団」とクレジットされているオーケストラのの大部分は「フォルクスオーパー」のオケか、「歌劇場メンバー」による臨時編成のオケだったらしいです。
そして、ここでの「ウィーン国立歌劇場管弦楽団」はウィーンフィルとはかなりメンバー的には異なる団体のように思われます。
それは同じクレジットであっても、ボールト指揮の「ウィーン国立歌劇場管弦楽団」と、ここでの「ウィーン国立歌劇場管弦楽団」では、オーケストラの響きの質が全く異なるからです。
さらに言えば、2番・4番・5番・6番を演奏したロイヤルフィルと較べれば、そのアンサンブル能にはかなりの開きがあるからです。
しかしながら、よく言われるように、この世の中に悪いオーケストラというものは存在していなくて、いるのは悪い指揮者だけです。
そして、ここでのシェルヘンは決して悪い指揮者ではないですし、彼が表現しようとしていることは隅から隅まで明らかです。
シェルヘンがここで目指しているのはベートーベンが試みた新しいチャレンジを誰の耳にも明らかになるように提示することでした。
例えば、エロイカにおいては、ベートーベンが徹底的に追求した「デュナーミクの拡大」を誰の耳にも明らかなように提示してみせようとしていました。
そのために、シェルヘンはやや遅めのテンポを採用して、構成要素が反復され、変形されていく過程で次々と楽器が積み重なっていく様子が、まるで目で見えるかのような鮮やかさで提示してみせました。
なぜかよく分かりませんが、53年に録音した「エロイカ」はその2年前に録音された6番や7番と較べるとそのあたりがかなりうまくいっています。もちろん、録音のクオリティが飛躍的に向上した事も寄与しているのでしょうが、そう言う細かい部分を執拗に追求するシェルヘンの指示に十分応えていました。
もしかしたら、オーケストラのクレジットはともに「ウィーン国立歌劇場管弦楽団」なのですが、メンバー的には随分と入れ替わっているのかもしれません。
そして、このロイヤルフィルかそう言う執拗なシェルヘンの要求に対して見事に追随しています。
例えば第4番の交響曲では、ベートーベンが古典的均衡の中で追求した新しい試みは目に見えるように再現されています。
そして、彼の最晩年におけるルガーノにおける録音は、そう言うシェルヘンの指示に追随しきれないオケのふがいなさにぶち切れてしまった結果だったことに気づくのです。
そう言えば、ルガーノでの第9のリハーサルで、フィナーレに向けたアッチェレランドにオケがついて行けずに崩壊してしまい、シェルヘンが激怒したという話を聞いたことがあります。
しかしながら、ウェストミンスターによる第9の録音ではそんな無茶はしていませんから、ルガーノでの全集では、「これが最後!」という思いもあって要求水準を上げたのかもしれません。
そして、その要求にオケはついて行けず華々しく砕け散ったのです。
そう言う意味では、このロイヤルフィルを指揮して録音したウェストミンスター録音こそが、シェルヘンの意図がもっともいい形で残されたものだと言えそうです。
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