メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲 ホ短調 Op.64
(vn)ヨハンナ・マルティ ヴォルフガング・サヴァリッシュ指揮、フィルハーモニア管弦楽団 1954年6月9日&10日録音
Mendelssohn:ヴァイオリン協奏曲 ホ長調 Op.64 「第1楽章」
Mendelssohn:ヴァイオリン協奏曲 ホ長調 Op.64 「第2楽章」
Mendelssohn:ヴァイオリン協奏曲 ホ長調 Op.64 「第3楽章」
ロマン派協奏曲の代表選手

メンデルスゾーンが常任指揮者として活躍していたゲバントハウス管弦楽団のコンサートマスターであったフェルディナント・ダヴィットのために作曲された作品です。ダヴィッドはメンデルスゾーンの親しい友人でもあったので、演奏者としての立場から積極的に助言を行い、何と6年という歳月をかけて完成させた作品です。
この二人の共同作業が、今までに例を見ないような、まさにロマン派協奏曲の代表選手とも呼ぶべき名作を生み出す原動力となりました。
この作品は、聞けばすぐに分かるように独奏ヴァイオリンがもてる限りの技巧を披露するにはピッタリの作品となっています。かつてサラサーテがブラームスのコンチェルトの素晴らしさを認めながらも「アダージョでオーボエが全曲で唯一の旋律を聴衆に聴かしているときにヴァイオリンを手にしてぼんやりと立っているほど、私が無趣味だと思うかね?」と語ったのとは対照的です。
通常であれば、オケによる露払いの後に登場する独奏楽器が、ここでは冒頭から登場します。おまけにその登場の仕方が、クラシック音楽ファンでなくとも知っているというあの有名なメロディをひっさげて登場し、その後もほとんど休みなしと言うぐらいに出ずっぱりで独奏ヴァイオリンの魅力をふりまき続けるのですから、ソリストとしては十分に満足できる作品となっています。。
しかし、これだけでは、当時たくさん作られた凡百のヴィルツォーゾ協奏曲と変わるところがありません。
この作品の素晴らしいのは、その様な技巧を十分に誇示しながら、決して内容が空疎な音楽になっていないことです。これぞロマン派と喝采をおくりたくなるような「匂い立つような香り」はその様なヴィルツォーゾ協奏曲からはついぞ聞くことのできないものでした。また、全体の構成も、技巧の限りを尽くす第1楽章、叙情的で甘いメロディが支配する第2楽章、そしてファンファーレによって目覚めたように活発な音楽が展開される第3楽章というように非常に分かりやすくできています。
確かに、ベートーベンやブラームスの作品と比べればいささか見劣りはするかもしれませんが、内容と技巧のバランスを勘案すればもっと高く評価されていい作品だと思います。
健気さをこえた美しさ
マルティは55年にもこの作品を録音しているのですが、この古い方(と言っても、わずか1年ですが)と比べると趣が随分と異なります。
この54年の録音からは、田舎から出てきた娘さんが精一杯に着飾って町中を闊歩しているような光景がうかんできます。確かに垢抜けないけれども、この上もない高揚感の中で精一杯自分を主張している姿には健気さをこえた、ある種の美しさがあふれています。
そして、その美しさの何という儚さ!!
そう言えば、私は
55年の録音をあまり喜ばなかったことを思い出しました。
「正直言って、この2つの録音(注:ブラームスのコンチェルト)を聞いて、バッハの無伴奏を聞いたときのような「興奮」は覚えませんでした。」
「理由は簡単です。こういう方向性の演奏なら、これと肩を並べるだけの録音をすでに私たちは数多く持っているからです。スターンの蜂蜜を垂らしたような甘い響き、オイストラフの水も滴るような美音、さらにはムターのあのコッテリとした情緒などなど、私たちはあまりにも贅沢なりすぎています。」
田舎から出てきたばかりの娘さんは、わずか一年ですっかり都会の水になじんで、随分と洒落た女性へと変貌を遂げました。
ところが、そうなってみると、そんな女性は都会にはゴロゴロいるのです。
そして、そこには、あの頬を紅潮させて精一杯に自分を主張していた少女の健気さを終えた美は既に消え去っています。
人は一生の中で、ほんの一瞬だけ、唯一にして比べるもののない美しさにつつまれるときがあります。
おそらく、マルティにとってそれは、20代後半の数年だったのでしょう。
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