モーツァルト:ピアノ協奏曲第20番 ニ短調, k466
クララ・ハスキル(P) マルケヴィッチ指揮 コンセール・ラムルー管弦楽団 1960年11月14&18日録音
Mozart:ピアノ協奏曲第20番 ニ短調 K466
Mozart:ピアノ協奏曲第20番 ニ短調 K466
Mozart:ピアノ協奏曲第20番 ニ短調 K466
こににも一つの断層が口を開けています。
この前作である第19番のコンチェルトと比べると、この両者の間には「断層」とよぶしかないほどの距離を感じます。ところがこの両者は、創作時期においてわずか2ヶ月ほどしか隔たっていません。
モーツァルトにとってピアノ協奏曲は貴重な商売道具でした。
特にザルツブルグの大司教との確執からウィーンに飛び出してからは、お金持ちを相手にした「予約演奏会」は貴重な財源でした。当時の音楽会は何よりも個人の名人芸を楽しむものでしたから、オペラのアリアやピアノコンチェルトこそが花形であり、かつての神童モーツァルトのピアノ演奏は最大の売り物でした。
1781年にザルツブルグを飛び出したモーツァルトはピアノ教師として生計を維持しながら、続く82年から演奏家として活発な演奏会をこなしていきます。そして演奏会のたびに目玉となる新曲のコンチェルトを作曲しました。
それが、ケッヘル番号で言うと、K413〜K459に至る9曲のコンチェルトです。それらは、当時の聴衆の好みを反映したもので、明るく、口当たりのよい作品ですが、今日では「深みに欠ける」と評されるものです。
ところが、このK466のニ短調のコンチェルトは、そういう一連の作品とは全く様相を異にしています。
弦のシンコペーションにのって低声部が重々しく歌い出すオープニングは、まさにあの暗鬱なオペラ「ドン・ジョヴァンニ」の世界を連想させます。そこには愛想の良い微笑みも、口当たりのよいメロディもありません。
それは、ピアノ協奏曲というジャンルが、ピアノニストの名人芸を披露するだけの「なぐさみ」ものから、作曲家の全人格を表現する「芸術作品」へと飛躍した瞬間でした。
それ以後にモーツァルトが生み出さしたコンチェルトは、どれもが素晴らしい第1楽章と、歌心に満ちあふれた第2楽章を持つ作品ばかりであり、その流れはベートーベンへと受け継がれて、それ以後のコンサートプログラムの中核をなすジャンルとして確立されていきます。
しかし、モーツァルトはあまりにも時代を飛び越えすぎたようで、その様な作品を当時の聴衆は受け入れることができなかったようです。このような「重すぎる」ピアノコンチェルトは奇異な音楽としかうつらず、予約演奏会の聴衆は激減し、1788年には、ヴァン・シュヴィーテン男爵ただ一人が予約に応じてくれるという凋落ぶりでした。
早く生まれすぎたものの悲劇がここにも顔を覗かせています。
ちょっとした身振りの中から悲しみが匂い立つ
ハスキルがブリュッセルでの不慮の事故で亡くなる直前に録音された演奏です。そして、長らく二つの短調によるコンチェルトの代表盤としての地位を維持してきた録音でもあります。
60年という時代にしては、いささか録音の質がよくないのが残念ですが、大部分がモノラルによる録音しか残っていないことを考えると、やはりハスキルの代表盤としての地位も併せ持った名盤です。
若い頃は、とりわけマルケヴィッチの作り出すデモーニッシュな雰囲気が大好きでした。その反面、ただただ淡々と弾き進むだけのハスキルのピアノにはいささかの物足りなさを覚えたものでした。
しかし、人は年を取ると変わりますね。
マルケヴィッチの音楽作りは鬱陶しいとまではいいませんが、それほどの魅力は感じなくなってきました。逆に、淡すぎると思ったハスキルのピアノが心に染みます。
録音はあまりよくないといいましたが、ハスキルの透き通るような響きは何とかすくいとってはいます。どうがんばっても、モヤッとした雰囲気が払拭できないモノラル録音と比べると上々です。ですから、この淡々としたピアノの響きから何とも言えないモーツァルトの悲しみが浮かび上がってきます。
大きな声も叫びもありませんが、何気ないちょっとした身振りの中から悲しみが匂い立ちます。そして、そんな何気ない振る舞いの中から、時々ぞっとするような怖さみたいなものに出会うこともあったりします。
せめてあと5年の時間を神がハスキルに与えてくれたならば、私たちはどれほど多くの恵みを手に入れることができたことでしょう。
もちろん、そんなことを言っても詮無きことですが、せめてこの録音を若い人たちにしっかり聞いてもらいたいと思います。
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