クラシック音楽へのおさそい~Blue Sky Label~

ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品61

(Vn)エリカ・モリーニ:ジョージ・セル指揮 クリーヴランド管弦楽団 1967年11月5日録音





Beethoven:Violin Concerto in D major, Op.61 [1.Allegro ma non troppo]

Beethoven:Violin Concerto in D major, Op.61 [2.Larghetto]

Beethoven:Violin Concerto in D major, Op.61 [3.Rondo]


忘却の淵からすくい上げられた作品

ベートーベンはこのジャンルの作品をこれ一つしか残しませんでした。しかし、そのたった一つの作品が、中期の傑作の森を代表するする堂々たるコンチェルトであることに感謝したいと思います。

このバイオリン協奏曲は初演当時、かなり冷たい反応と評価を受けています。
「若干の美しさはあるものの時には前後のつながりが全く断ち切られてしまったり、いくつかの平凡な個所を果てしなく繰り返すだけですぐ飽きてしまう。」
「ベートーベンがこのような曲を書き続けるならば、聴衆は音楽会に来て疲れて帰るだけである。」

全く持って糞味噌なけなされかたです。
こう言うのを読むと、「評論家」というものの本質は何百年たっても変わらないものだと感心させられます。

しかし、もう少し詳しく調べてみると、そう言う評価の理由も何となく分かってきます。
この協奏曲の初演は1806年に、ベートーベン自身の指揮、ヴァイオリンはフランツ・クレメントというヴァイオリニストによって行われました。

作品の完成が遅れたために(出来上がったのが初演の前日だったそうな)クレメントはほとんど初見で演奏しなければいけなかったようなのですが、それでも演奏会は大成功をおさめたと伝えられています。
しかし、この「大成功」には「裏」がありました。

実は、この演奏会では、ヴァイオリン協奏曲の第1楽章が終わった後に、クレメントの自作による「ソナタ」が演奏されたのです。
今から見れば無茶苦茶なプログラム構成ですが、その無茶草の背景に問題の本質があります。

そのクレメントの「ソナタ」はヴァイオリンの一本の弦だけを使って「主題」が演奏されるという趣向の作品で、その華麗な名人芸に観客は沸いたのでした。
そして、それと引き替えに、当日の目玉であった協奏曲の方には上で述べたような酷評が投げつけられたのです。

当時の聴衆が求めたものは、この協奏曲のような「ヴァイオリン独奏付きの交響曲」のような音楽ではなくて、クレメントのソナタのような名人芸を堪能することだったのです。彼らの多くは「深い精神性を宿した芸術」ではなくて、文句なしに楽しめる「エンターテイメント」を求めたいたのです。
そして、「協奏曲」というジャンルはまさにその様な楽しみを求めて足を運ぶ場だったのですから、そう言う不満が出ても当然でしたし、いわゆる評論家達もその様な一般の人たちの素直な心情を少しばかり難しい言い回しで代弁したのでしょう。

それはそうでしょう、例えば今ならば誰かのドームコンサートに出かけて、そこでいきなり弦楽四重奏をバックにお経のような歌が延々と流れれば、それがいかに有り難いお経であってもウンザリするはずです。
そして、そういう批評のためか、その後この作品はほとんど忘却されてしまい、演奏会で演奏されることもほとんどありませんでした。
この曲は初演以来、40年ほどの間に数回しか演奏されなかったと言われています。

その様な忘却の淵からこの作品をすくい上げたのが、当時13才であった天才ヴァイオリニスト、ヨーゼフ・ヨアヒムでした。
1844年のイギリスへの演奏旅行でこの作品を取り上げて大成功をおさめ、それがきっかけとなって多くの人にも認められるようになったわけです。



  1. 第一楽章 アレグロ・マ・ノン・トロッポ
    冒頭にティンパニが静かにリズムを刻むのですが、これがこの楽章の形を決めるのは「構築の鬼ベートーベン」としては当然のことでしょう。ただし、当時の聴衆は協奏曲というジャンルにその様なものを求めていなかったことが不幸の始まりでした。

  2. 第二楽章 ラルゲット
    この自由な変奏曲形式による美しい音楽は当時の聴衆にも受け入れられたと思われます。

  3. 第三楽章 ロンド アレグロ
    力強いリズムに乗って独奏ヴァイオリンと管弦楽が会話を繰り返すのですが、当時の聴衆は「平凡な個所を果てしなく繰り返す」と感じたのかもしれません。



クリーブランドの市民もモリーニを心から愛していた


セルはソリストの選定にはとてもうるさい指揮者でした。もっと具体的に言えば、彼が求める技量があることは言うまでもないのですが、自分の言うことを聞かないようなソリストははねてしまう傾向がありました。つまりは、ソリストといえどもも自分の支配下に置いて、ピアノ協奏曲ならばピアノ独奏付きの管弦楽曲、ヴァイオリン協奏曲ならばヴァイオリン独奏付きの管弦楽曲のような雰囲気にしないと我慢できない人だったようなのです。
ですから、クリフォード・カーゾンと組んでブラームスの第1番のコンチェルトを録音したときは最悪だったそうです。もちろん、セルもカーゾンもお互いの力量は認めているのですが、それぞれの音楽感を譲ることはないので最初から最後まで険悪な雰囲気で録音がすすめられ、担当プロデューサーはいつどちらかがぶち切れて録音スタジオを出て行ってしまうのかとハラハラし通しだったそうです。

ところが、音楽というのは不思議なもので、完全にセルの支配下に入ったような録音にはない、緊張感に満ちた素晴らしい音楽が出来上がってしまったのは多くの人が知るところです。
音楽とは全く持って不思議なものです。

そして、ヴァイオリニストのエリカ・モリーニも共演者の選定にうるさい人でした。
ナチスの迫害を逃れてアメリカに亡命してきた彼女は、最後までアメリカ流の音楽に媚びることはなく、最後まで古き良きヨーロッパのスタイルを貫き通した人でした。ですから、そう言うスタイルを貫き通せる相手としか共演はしませんでした。

そして、これが不思議なのですが、このうるさ型の二人は非常に相性が良かったのです。
ある人によれば、セルとクリーブランド管による定期演奏会に最も数多く招かれたソリストがエリカ・モリーニだそうです。実際、ここで紹介しているベートーベンのヴァイオリン協奏曲だけでも3回も定期演奏会で共演しているのです。

おそらく、その背景には、両者の音楽的な根っこが戦前のウィーンにあることが大きな要因として存在しているのでしょう。

モリーニのヴァイオリンは繊細な美音が特徴で、例えばこのベートーベンのヴァイオリン協奏曲では些かスケールが小さく感じられる人もいるかと思います。しかし、その絶妙な歌い回しはどこか遠くの高みにあるものに語りかけるような美しさに溢れています。
そして、微妙に、そして、時には大胆にテンポを揺らすモリーニの歌い回しに対してセルは完璧にサポートしています。

考えてみれば、これは驚くべき事です。
そう言えば、セルは協奏曲では何処かあわせるのが上手くないと感想を述べている人がいました。確かに、それは一定の真実です。
しかし、あわせる気になれば、その場のインスピレーションで自由に振る舞うソリストを完璧にサポートできることをこの録音は示しています。

つまりは、それ以外の場面で上手くいっていないように感じるのは、セルにしてみれば己の指示と思いに付いてこれないソリストなど知った事じゃないという基本的なスタンスが表に出ているだけなのです。
つまり、悪いのはオレじゃなくてソリストのほうなんだよ、と言うのがセルの協奏曲におけるスタイルなのです。

しかし、何故かこのモリーニだけは別格の存在なのです。モリーニがどれほど大胆にルパートをかけても、その思いをセルは完璧に受け取って完璧にオケを追随させるのです。
そう言えば、戦後、フルトヴェングラーがモリーニと再開し共演したときに、フルトヴェングラーはモリーニの肩で「僕はナチじゃない」と言って泣いたというエピソードが残っています。
録音嫌いゆえに残された録音は多くないのですが、まさに彼女こそは偉大なるヴァイオリンの女王だったのでしょう。

そして、そう言う二人の共演は定期演奏会の会員たちにとっても大きな期待を抱かせるものだったようで、第1楽章が終わったときに盛大な拍手が起こって驚いてしまいます。
確かに、演奏の素晴らしさ故に、楽章と楽章の間に拍手がおこることは時々あります。それは感動ゆえの興奮が思わずあふれ出してしまったというもので、その拍手はすぐにおさまるのが普通です。しかし、ここではまさに演奏が終わった後のように延々と拍手が続いているので、正直言って初めて聞いたときは度肝を抜かれてしまいました。

そして、その拍手は聞いているうちに、それは聴衆のモリーニ対する歓迎とオマージュの表明であることに気づかされたのです。
モリーニを愛したのはセルだけでなく、クリーブランドの市民も彼女を心から愛していたのです。

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