レハール:ワルツ「金と銀」, Op.79
ルドルフ・ケンペ指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 1958年2月12日-22日録音
Lehar:Gold Und Silber-Waltz, Op. 75
滅び行く古き良きヨーロッパの姿が匂い立ってくる
レハールと言えば「オペレッタ」です。
「メリー・ウィドウ」や「微笑みの国」は今もヨーロッパの劇場では定番のプログラムになっています。
そして、そう言うオペレッタの中で演奏された数多くのワルツ、例えば「メリー・ウィドウ・ワルツ」や「ルクセンブルク・ワルツ」などはコンサート・プログラムとしても生き残っています。
まさに、レハールは天性のメロディー・メーカーだったと言えます。
そんなレハールのもう一つの表看板がこのワルツ「金と銀」でしょう。
このワルツは、レハールにしては珍しく、オペレッタの中の作品ではなくて単独の作品として作曲されました。
1902年の謝肉祭の間に催されたパウリーネ・メッテルニヒ侯爵夫人主催の舞踏会のために作曲されたらしくて、「金と銀」というタイトルは、この舞踏会の課題にそったものだったようです。
ちなみに、「パウリーネ・メッテルニヒ」なる女性はこの時代の音楽家にとってはパトロン中のパトロンとも言うべき存在であり、その交友関係はリヒャルト・ワーグナー、フランツ・リストなどを筆頭に多岐に及んだそうです。
夫はオーストリア帝国の宰相だったメッテルニヒ侯爵の一人息子であり、外交官であった夫に従ってザクセンやパリの社交界で重きをなし、夫が亡くなってからはウィーンに戻ってヨーロッパ社交界の指導者とも言うべき地位にあった女性でした。
そのウィーンでのサロンでは数多くのオペラを簡略した形で上演をし、その中には「ニーベルングの指輪」も含まれていたというのですから驚かされます。
そんな彼女のことを、多くの人はオーストリア帝国とフランス帝国(第二帝政)の栄枯盛衰を間近で見届けた女性として尊敬をし、その存在そのものをヨーロッパから消え去った二つの帝国の生きた象徴と見なしたのです。
そして、そんなパウリーネがこの世を去ったのは第1次世界大戦直前の1912年だったというのは幸せなことだったのかもしれません。
その様なパウリーネが主宰する舞踏界に「金と銀」のような作品を提出したレハールというのは、実に「よく分かっているね」と言いたくなるほど凄い奴なのです。
それは世に言われるような通俗曲ではない、まさに滅び行く古き良きヨーロッパの姿が匂い立ってくることに気づくべきなのです。
ケンペはこのような小品をまとめたアルバムをたくさん録音しています。
SP盤の時代に交響曲を聞こうと思えば何回もレコード盤を交換する必要がありました。
ベートーベンの運命ならば概ね5枚組になります。戦前の1930年代ならばSP盤は一枚あたり1円50銭から2円程度だったそうですから、10円近くの出費となります。
物価の比較というものは難しいのですが、現在の感覚で言えば概ね4万円~5万円程度になります。
つまりは、とんでもない贅沢品だったわけで、そうなると一枚で完結する小品はレコード会社にとっても貴重な売れ筋だったことは容易に想像がつきます。
そして、1950年代に入って長時間再生が可能となるLPが登場するのですが、そちらは一枚2300円という価格設定でスタートしました。
1950年の公務員の大卒初任給が約4200円でしたから、LPを2枚買えば全て吹っ飛んで足が出てしまいます。
戦争をまたいでも、相変わらずレコードというものは一般庶民にとってはなかなか手の届くような代物ではなかったのです。
ちなみに、SP盤も平行して発売されていたのですが、そちらの方は一枚170円でした。
LPは詰め込んでもSP10枚分(170円×10=1700円)だと考えると、コストパフォーマンス的にはLP盤はさらに贅沢な品物だったのです。
ちなみに、45回転のEP盤というものも登場するのですが、そちらは一枚300円でした。そして、クラシックなどはLP盤、ポップスはEP盤という棲み分けみたいなものが生まれるのですが、この価格設定を考えればそれもまた当然かなと思われます。
それでも、昭和30年の映画館のチケットが80円だったことを考えれば、EP盤の300円でも大変な贅沢だったはずです。
と言うことで、前振りが長くなったのですが、その様な録音媒体の変遷の中にあって、音楽家にとってもレコード会社にとっても「小品」の価値は下がらざるを得ませんでした。SP盤よりもさらに贅沢なLP盤の値打ちは、それ一枚に交響曲のような芸術的価値の高い音楽をおさめることが出来る事にあったからです。
しかしながら、欧米にはクリスマス商戦というものが存在します。そう言う時期に、多くの人の耳に馴染んだ小品をアルバムにまとめたレコードを発売すれば短期的にある程度の数が見込めます。
レコード会社には二つの種類があります。
多少のコストがかかっても芸術的に偉大な成果を実現した録音を完成させれば、短期的にはそのコストが回収できなくても、著作隣接権が消失するまでの50年間に結果として莫大な利益をもたらすのだと言うことを理解できる会社です。
もう一つは、その様な長期的視野を持つことが出来ずに、ひたすら目先の利益だけを追い求める会社です。
当然の事ながら、会社そのものがその様に二分するわけではなくて、同じ会社の中でもその二つの流れがせめぎ合うのです。
そして、後者の立場を取る人たちにとって、クリスマス前の時期になるとこのような小品集を録音したいという欲望を抑えることは難しかったようなのです。彼らは、出来る限り格安で録音を仕上げて、それをクリスマス前にバーゲン価格で放出するのです。
確かに、クラシック音楽ファンが自分で聞くために購入するのには躊躇いを覚えても、誰か大切な人へのプレゼントとして購入するには魅力的なアイテムです。
しかしながら、それらの録音を任される音楽家にとっては、それは自らのキャリアを築いていく上では何のプラスにもならない仕事でした。
カルショーは自分が録音を通してつき合ってきた音楽家のことを獰猛な野獣みたいだと述べていました。その獰猛さは金銭的野心だけでなくて音楽的な面においても遺憾なく発揮されたのでした。
しかし、ケンペと言う人にはその様なぎらついたところが全くなかったようなのです。
人間的には常に紳士であり穏やかな人柄だったらしいのですが、音楽的には保守的で、積極的に新しいことにチャレンジしていくタイプではなかったようです。そして、何かある旅に「引退したい」とぼやくのが口癖だったようです。
ですから、こういう小品集を依頼されても嫌な顔をすることもなく引き受けて、古き良き時代の劇場を思わせるような音楽で応えてくれたのです。
そう、そこにあるのは疑いもなく古き良きヨーロッパの姿でした。
そして、オーケストラに対しても一切の無理強いはしないで、それでも最後はおさまるべき所に治めるというカペルマイスターらしい腕を披露してくれていました。
この58年にリリースされた「Nights In Vienna」というアルバムには以下の作品が収録されています。
スッペ:「ウィーンの朝・昼・晩」序曲
リヒャルト・ホイベルガー:喜歌劇「オペラ舞踏会」 序曲
ヨハン・シュトラウス2世:「こうもり」序曲
レハール:ワルツ「金と銀」, Op.79
ニコラウス・フォン・レズニチェク:歌劇「ドンナ・ディアナ」 序曲
この中で素晴らしいのはレハールのワルツ「金と銀」でしょう。
この作品はすでにバルビローリの指揮でアップしてあるのですが、このケンペの指揮で聞くと、これは世間で言われるような下らぬ通俗曲ではないことがはっきりと分かります。
それほどまでに、この演奏からは古きヨーロッパが匂い立ってきます。
それに何よりも、導入部が終わって弦楽器がワルツの旋律を歌い出せば、まさにこれぞウィーンフィル!!と言いたくなります。
<追記>
こう書いてから調べてみると、アップするのを忘れていることに気づきました。何たることだ!!m(_ _)mスマン
<追記終わり>
それと比べると、シュトラウスの「こうもり」序曲はそう言う「古さ」がマイナスにはたらいてしまっているかもしれません。すでに私たちはクライバーを筆頭とする、沸き立つシャンパンのような演奏でこの作品を聞くことになれてしまっています。
しかし、古い時代のオペレッタの劇場に身を置いてみれば、まさにこのようにして芝居の幕は開くのかもしれません。
よせられたコメント 2018-09-25:yk 「金と銀」・・・私も大好きな曲です。このワルツを”下らぬ通俗曲ではない”ように演奏することの是非については兎も角、ケンペの演奏はウィーン・フィルも”さすが”の演奏で楽しませてもらいました。
ところで、この曲にはレハールの自作自演の録音があることはご存知だろうと思います。第2次大戦直後の1947年の録音で、オーケストラはチューリッヒ・トーンハレですが、”自作自演”にしばしば見ら(聴か)れる肩透し感のないとても”いい”演奏だと思います。メッテルニッヒ公爵夫人の庇護からヒトラーの愛好の時代、マーラーを経てシェーンベルグに至る時代を生きた"オペレッタ作曲家”が、ヨーロッパ文化崩壊後の1947年に何を感じていたのか考えさせられます。それに、当時80歳に手が届こうかという老音楽家(レハール没の前年)がどの様な経緯でこの録音を行うことになったのか・・・・も興味深い。
イッセルシュテットのロ短調ミサで録音の”歴史的価値”について述べておられたので、この(オペレッタの歴史最終章としての?)歴史的自作自演もアップする価値があるんじゃないかと・・・愚考するしだい。
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