シューマン:クライスレリアーナ ピアノのための幻想曲集 作品 16
(P)アニー・フィッシャー 1964年12月14日~17日録音
Schumann:Kreisleriana, Op.16
ロマン派のピアノ音楽を代表する傑作

この作品はホフマンの筆になる楽長クライスラーの肖像が下敷きとなっています。そして、そのクライスラーの肖像は言うまでもなくシューマン自身の自画像と重なります。そして、これもまたよく知られたことですが、シューマンはここに愛するクララへの思いとその姿を重ね合わせるという複雑なことを行っています。
「今僕の中にあるこの音楽、何と美しい旋律!・・・きみと、きみへの想いが主役をはたしているのです。ですから、きみに捧げようと思います。自分の姿を見出したら、きみは清らかな微笑みをうかべるでしょう。」
しかし、そういうご託などを全く知らなくても、この作品が持つ強力な感情のほとばしりには誰もが圧倒されるはずです。
そして、ところによっては狂乱ともいえるほどの奔放さを発揮しながら、それでも全体が統一した音楽としてのまとまりを保持していることに誰もが驚嘆させられるはずです。
その統一感の根元は、奔放に飛び回っているように見えながらも、もとをたどっていけば動機レベルでの小さな根本的な要素に還元されると言うシューマンの得意技がここでも機能されているからであり、さらにもっとマクロ的に見れば、中間の「きわめて遅く」と題された第4曲が全体の沈め石のような働きをしているからです。
美しいもの、偉大なもの、神秘的なもの、そういう何か崇高なものへの憧れとという人間的な感情が、光と影が交錯するように移ろっていく様をこれほど見事に形象化した音楽は他にはちょっと思い当たりません。
それ故に、言葉をかえれば毒の強い音楽であり拒絶感を感じる人も少なくないのも事実です。
そして、こういう言い方は逆説的ではあるのですが、それ故にこの作品はロマン派のピアノ音楽を代表する傑作だと断言できます。
- 第1曲:Auserst bewegt (激しく躍動して)
- 第2曲:Sehr innig und nicht zu rasch (たいへん心をこめて速すぎずに)
- 第3曲:Sehr aufgeregt (激しく駆り立てるように~いくぶんゆっくりと)
- 第4曲:Sehr langsam (きわめて遅く~いくぶん動きをもって)
- 第5曲:Sehr lebhaft (非常に生き生きと)
- 第6曲:Sehr langsam (きわめて遅くいくぶん動きをもって)
- 第7曲:Sehr rasch (非常に速く~さらに速く)
- 第8曲:Schnell und spielend (速くそして遊び心をもって)
「音」というパーツの精度を極限まで高め、そのパーツをに寸分の誤差もなく組み立てることでシューマンの底深い情念を再現した
シューマンのピアノ作品はどうにも苦手なので敬遠していました。
フィッシャーの録音に関してもモーツァルトやベートーベンはさっさと聞いてはいたのですが、シューマンだけは長く放置されていました。
しかし、それでは古典派だけでこのピアニストを判断することになりますし、何よりも録音の数そのものが少ないのですから、いつまでも放置ではイカンだろうと言うことで聞いた見たのです。
そして、聞いてみて度肝もを抜かれたのです。
異論はあるでしょうが、これはもうシューマンに関してはホロヴィッツと並んで絶対に無視できない録音だとは言えそうです。
ただし、こういう書き方をすると「○○をご存知でしたらね」みたいな哀れみを込めたメールをいただくことになるのですが、まあ、それでも凄いものは凄いので、敢えてこう書ききりましょう。(^^v
こういう演奏を聞くと、まさにプロだなと感心させられます。
特に、この直前にはモーラ・リンパニーの、それもピアニストとしては第一線を退いていた時期のコンチェルトを聞いていたので、その違いには唖然とするしかありません。
おかしな話ですが、ある意味ではマチュア精神に溢れたリンパニーのコンチェルトは、誰の耳が聞いても驚かされる凄みを持っています。もしも、それを実演などで聞かされた日には、その凄みにノックアウトされることは間違いありません。
そして、今の日本でも、こういうスタイルの演奏でリストなんかを取り上げて人気を博しているピアニストがいますね。
そう言うスタイルの演奏と較べれば、こういうフィッシャーのような演奏は派手さは一切ないので、多くの聞き手にアピールするのは難しいかも知れません。
しかし、ある程度はクラシック音楽というものを聞き続けてきた耳であれば、この演奏の背後に秘められた驚くべき精度さと、それに裏付けられた深い情念には気づくはずです。
それは喩えてみれば、通常の工業製品ならば精々が10分の1ミリ程度の精度で仕上がっているものが、フィッシャー工房の手作りではネジ1本に至るまでもが100分の1ミリの精度で仕上がっているようなものです。
そして、驚くべきは、その精度でもってシューマンという製品をイメージできている凄さです。
考えてみれば、ロマン派を代表する典型的な性格小品の本家本元がシューマンなのですから、多くのピにストはその雰囲気に乗っかってザックリ仕上げていることが多いのです。
そして、シューマンのピアノ作品にいつもなにがしかの不満を感じていたのは、そう言う仕上げの雑さが原因だったことをこのフィッシャーの演奏は教えてくれたのです。
情念は雰囲気ではなくて、精度です。
シューマンの底深い情念を形づくっている「音」というパーツの精度を極限まで高め、その精緻なパーツをさらに寸分の誤差もなく組み立てることで再現して見せているのです。ですから、ここに雰囲気に甘えて曖昧に弾きとばしてるようなパーツはただの一つもありません。
そして、それを証明しているのが、私が冗談半分で「フィッシャー・ペース」と呼んでいる録音クレジットです。
噂によると、これだけ時間をかけて録音を行っても、結局はフィッシャーがOKを出さなかったのでお蔵に入ってしまったものも少ないそうです。(彼女が亡くなってからお蔵から出てきたそうです)
そして、これが音楽というものの難しいところなのでしょうが、結局そこまで細部にこだわって作り込むことで逆にスポイルされる部分も少なくないので、結果としては思わしくないことになってしまうこともあったようです。
ただし、この一連のシューマンの録音に関してはあり得ないほどの日数はつぎ込んでいないので、こだわった事によるプラスがマイナスを上回ったようです。
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