ベートーベン:荘厳ミサ曲
トスカニーニ指揮 NBC交響楽団 ウェストミンスター合唱団 1940年録音
Beethoven:ミサ・ソレムニス「Kyrie」
Beethoven:ミサ・ソレムニス「Gloria」
Beethoven:ミサ・ソレムニス「Credo」
Beethoven:ミサ・ソレムニス「Sanctus」
Beethoven:ミサ・ソレムニス「Agnus Dei」
“Von Herzen―Moge es wieder zu Herzen gehen !“
宗教曲というものは本質的に神を賛美する目的で創作され、演奏されるものです。しかし、人々の関心が「神」から「人間」に移り変わるにつれて、宗教曲も表面的には神を讃える形式を保持しながら、その本質は人間性の追求に移り変わっていきます。
荘厳ミサ曲の冒頭に“Von Herzen―Moge es wieder zu Herzen gehen !“「心より出で、――願わくば、再び心に至らんことを!」とベートーベンが記したのは、その様な変化をハッキリと宣言したものです。
バッハはその生涯に200をこえる教会カンタータを残しましたし、モーツァルトもザルツブルグ時代を中心として数多くのミサ曲を残しました。しかし、ベートーベンはこの荘厳ミサ曲以外には「ミサ曲ハ長調」しか純粋な宗教曲は残していません。
何故かと言えば、独立した芸術家としてその生涯を全うすることができたベートーベンは、口を糊するための「苦役」と表現するしかないような営みから解放されていたからです。つまり、ベートーベンにとって宗教曲というものは、バッハやモーツァルトのような「宮仕えの苦役」として生み出されたものではなくて、あくまでも自発的な意志によって創作されたものだったがゆえに、その生涯においてごくわずかの作品しか残さなかったと言うことです。
そう言えば、ザルツブルグを飛び出して「苦役」から解放されたモーツァルトも宗教曲をほとんど書いていません。モーツァルトのウィーン時代は10年もあったのに、純粋な宗教曲としては「ハ短調ミサ」・「アヴェ・ヴェルム・コルプス」・「レクイエム」の三曲しか残していません。
しかし悲しいかな、モーツァルトが生きた時代においては、「苦役」からの解放は「人生そのもの」からの解放をもたらしてしまいました。一人の音楽家が貴族の召使いとしての地位から解放されて自由な芸術家として生きていくには、市民社会はあまりにも未成熟でした。
この「荘厳ミサ曲」は私の最大の作品である、とベートーベン自身が書き残しています。
この言葉はこの作品に対するベートーベンの絶対的な自信の表明と解釈されてきましたが、上記のような文脈においてみるとより深い意味にもとれるように思えます。
時代は貴族の社会から市民の社会へ、そして、音楽家も召使いから芸術家へと変容していきます。そう言う時代のターニングポイントにうち立てられた金字塔ととしてこれほど相応しい作品はないのかもしれません。
トスカニーニのお気に入り
トスカニーニはこの作品がよほど気に入っていたのか、コンサートなどでよく取り上げています。そのため録音もたくさん残っていて、1935年・1939年・1940年・1953年のものが存在しているようです。記録などをたどってみると、1935年以前にかなりの回数を取り上げているようです。
オケだけでなく4人のソリストと合唱団を必要とするこのような大規模な作品としては、異例とも言えるほどの偏愛ぶりでしょうか。
そして、そんな数ある録音のかでは最も豪華なメンバーが顔を揃えているのがこの1940年の録音です。一般的には1953年のものが広く市場に出回っていますが、総合点としてはこちらの方が上ではないかと思います。(もっとも、この作品にはクレンペラーによる「絶対的」とも言うべき演奏がありますので、どうしても影は薄くなってしまいますが・・・)
よせられたコメント 2008-03-12:CM ユングさんのいろいろな曲、演奏への論評には感銘を受けていますが、一つだけ異論があります。クレンペラーのミサ・ソレムニスを「絶対的」と紹介されていることです。
実はこの曲、5月に歌うべく猛練習中です。この曲にあまりなじみがなかったため、勉強しようと、世評に名高いクレンペラーのCDを選びました。その印象は、「ベートーベンはなんと異様な曲を作曲したのか」でした。歌舞伎18番を大見得を切って演じているように歌っているソリストたち、特にテノール。合唱もそれに引きずられ、目いっぱい歌っています。録音のせいもありますが、ほとんど飽和しきった歌い方です。
ユングさんのおかげで、トスカニーニを聴くことができ、少し落ち着きました。でも、合唱、特にソリストたちは、歌いすぎです。
その後、デイヴィッド・ジンマンの演奏にめぐり合い、納得しました。ジンマンの演奏のオケと合唱はすばらしく、両者によるコラボレーションは見事です。ソリストたちは、よいところもありますが、出すぎ、歌いすぎ、協演して欲しいのに、競演しているところがかなりあります。満点ではありませんが、クレンペラーやトスカニーニよりははるかに良いと思います。
分かってきたことは、ベートーベンのこの曲は、やはりミサ曲なのだと言うことです。そして、非常に繊細な、実に率直な真率の吐露というような内容の曲なのです。ベートーベン本人が演奏したとしたら、内面の純真さを隠さず出してしまったことに照れて、トスカニーニのような演奏をしたかもしれません。でも、この曲はやりすぎたら壊れてしまうような曲なのです。クレンペラーの演奏はすごいとは思いますが、違います。なぜ、ほとんどの評論がクレンペラーをベストとしているのかわかりません。例の宇野功芳氏はなんと言っているか知りませんが、多分褒める方なんでしょうね。
フルトヴェングラーがこの曲を、若いときに取り上げたきり二度と振らなかったのはなぜか。彼の資質、あるいは表現志向と合わないことを感じたからだと思います。そして、1950年代の彼ならば、マタイと同類の、彼らしいすばらしい演奏をしてくれたことでしょう。
2009-04-08:南 一郎 壮大な伽藍のなかで、大きな溜め息を吐き、言い知れぬ力を感じる事をこの曲に聞きたい。
削ぎ落とされ過ぎて、聞いた後、体中が痛い。 イバラの中をくぐり抜けてきたようだ。
或いは、第九の怒涛のあとの木漏れ日なのかも知れない。
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