バッハ:トッカータ ホ短調 BWV914
グールド 1963年4月8日録音
Bach:トッカータ ホ短調 BWV914
7曲をまとめて「トッカータ集」を作曲した覚えはない(??;
バッハのトッカータ(Toccata)と言えばオルガン曲を思い出すのですが、決してトッカータ=オルガン曲ではありません。もともとは、オルガンやチェンバロの音程を確かめるための即興曲として始まった形式らしくて、必ずしもオルガン専用の形式というわけではありません。
そして、そう言う起源があるので、バッハのトッカータも冒頭は全て特徴的な速い走句で始まります。その速い部分が鍵盤楽器の調子を確かめるための即興的な音楽に起因しているそうで、その部分こそがトッカータの特徴らしいです。
ただし、起源がそのようなものなので、作曲家にとってはそれほど本気を出して取り組むような形式ではなかったようです。バッハにとってもそう言う形式の作品はごく初期に集中していて、唯一の例外がパルティータ6番の冒頭に配されている長大なトッカータです。この第1楽章に配された音楽は100小節を超える長大な音楽であり、独立した音楽としても成り立つだけの規模と深みを持っています。
それと比べると、現存する初期のトッカータ7作品はかなり見劣りがします。それは、オルガンのために作曲された4つのトッカータも同様です。
バッハの真作と認定されてる初期のトッカータは以下の7作品です。
トッカータ 嬰ヘ短調 BWV910
トッカータ ハ短調 BWV911
トッカータ ニ長調 BWV912
トッカータ ニ短調 BWV913
トッカータ ホ短調 BWV914
トッカータ ト短調 BWV915
トッカータ ト長調 BWV916
歴史的な考証に関しては全く詳しくないのですが、聞くところによると、「トッカータ ニ長調BWV912」と「トッカータ ニ短調BWV913」が一番古く、1703年から1707年のアルンシュタット時代に作曲されたとされているそうです。続いて、「トッカータ ホ短調BWV914」と「トッカータ ト短調BWV915」がミュールハウゼン時代(1707年~1708年)に作曲され、「トッカータ 嬰ヘ短調BWV910」「トッカータ ハ短調 BWV911」「トッカータ ト長調 BWV916」の3曲がその後のヴァイマール時代に作曲された・・・ということらしいです。
どちらにしても10代後半から20代の初め頃に生み出された作品だと言うことになります。
当然のことながら、バッハはこれら7曲をまとめて「トッカータ集」として作曲したような覚えはなく、そう言う形でまとめて録音してレコードとして売り出すのは「現代」の勝手だと言えます。
ターニングポイントに位置する録音
グールドが完全にコンサート活動からドロップアウトするのは1964年なのですが(4月10日のロサンゼルスのリサイタル)、本質的にはその前年の1963年に彼のコンサート活動は終わってしまっています。64年に行ったコンサートは基本的に残務整理という意味しか持ちません。
そう考えてみると、3つの時期にわたって録音されたバッハのパルティータは非常に興味深い存在だと言えます。
まず彼は1957年に5番と6番を録音しています。
かなりロマンティックな音楽の作りで、私のような頭の古い人間でもついていける演奏に仕上がっています。とりわけ、6番は音楽自体も非常にロマンティックなので私の大好きな録音の一つになっています。
次に、1番と2番を59年に録音し、さらに残された3番と4番を63年に録音しています。
音楽の作りは次第にグールドらしい個性的な音楽に変わっていくのが手に取るように分かります。特に、63年に録音されたパルティータの3番と4番には、その後のグールドを特徴づける「わがまま」な姿勢がはっきりと刻みつけられています。
例えば、パルティータの3番と4番の第2楽章にあたる「Allemande」は非常に美しい旋律線を持っています。バッハにしてもおそらくは腕によりをかけて旋律線を磨いたのだろうと思います。そして、その美しい旋律ラインはロマン派的な価値観で解釈されて情緒たっぷりに演奏されるのが常でした。正直言って、57年に録音された6番の「Toccata」などにはそう言う面影が残っています。
しかし、63年のグールドは、そう言うロマン性を自らのロマン性に置き換えて音楽を作りなおしているように聞こえます。素っ気ないと言えば素っ気ないのですが、この上もなく清潔感に満ちたロマン性が貫かれています。
グールドは決してロマンティックな感情というものを拒否していませんでした。それどころか「どうしようもなく自分はロマン派だ」とまで言い切っています。
しかし、そのロマン性は世間一般で言われるロマン性とはかなり違いがあります。
そう言えば、彼はパルティータの3番と4番を収録したLPにホ短調のトッカータ(BWV914)をカップリングしています。これなんかは、深読みかもしれませんが、57年録音の6番のトッカータがあまりにも通俗的な「ロマンティック」に偏りすぎた事への埋め合わせのように聞こえたりします。
確かに、これはバッハの音楽ではないのかもしれません。
しかし、バッハは強靱です。
どんな風に演奏されたとしても、言葉をかえればどれほどグールド自身の音楽へと作り直されたとしても、逆説的な言い方になりますがバッハはバッハであることをやめようとしません。
おそらく、そう言うバッハの強さゆえにグールドはバッハとの相性がいいのでしょう。
それと正反対の位置にいるのがモーツァルトです。
モーツァルトはバッハとは真逆で、最も壊れやすい音楽の最右翼です。音符一つ失えば音楽は損なわれ、小節一つを削れば全てが損なわれる、それがモーツァルトの音楽です。そんなモーツァルトの音楽を素材としてグールドの音楽に作り直せば、それはもう全く別の音楽になってしまいます。彼のモーツァルト演奏が常に強い批判に晒されるのは考えてみれば当然のことです。
そう考えてみると、62年から63年にかけて録音された平均律やパルティータの録音は、グールドは躊躇わずに己の道を突き進むことを決意したターニングポイントに位置する録音だったのかもしれません。
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