クラシック音楽へのおさそい~Blue Sky Label~

ベートーベン:ピアノソナタ第23番 へ短調 作品57 「熱情」

(P)ソロモン 1954年10月24日録音





Beethoven:ピアノソナタ第23番 へ短調 作品57 「熱情」 「第1楽章」

Beethoven:ピアノソナタ第23番 へ短調 作品57 「熱情」 「第2楽章」

Beethoven:ピアノソナタ第23番 へ短調 作品57 「熱情」「第3楽章」


ベートーベン中期の大傑作

外面的には荒れ狂うようなパッションにあふれていますが、それを生み出しているのは寸分の隙もないほどに造形された構成です。
その意味では、ベートーベンの中期ソナタの最高傑作と言って間違いはないでしょう。

しかしこのパラドックスはピアニストに大変な困難を課します。
なぜならば、氷のような冷静沈着さを持って荒れ狂わねばならないのです。禁欲的なまでにその音楽的な構成を再現して見せないと作品はガタガタになります。かといって、それをきちんと仕上げるだけでは肝心のパッションがスポイルされてしまいます。

その困難さゆえに多くのピアニストがチャレンジし続けた作品だと言えます。ただし、冷静に狂うのは難しい!!

第1楽章
 アレグロ・アッサイ ヘ短調 8分の12拍子 ソナタ形式
第2楽章
 アンダンテ・コン・モート 変ニ長調 4分の2拍子 変奏曲形式
この変奏曲は限りなく美しい。激しい闘争はこの美の中に埋没していく!
第3楽章
 アレグロ・マ・ノン・トロッポ ヘ短調 4分の2拍子 ソナタ形式
あらゆる障害を蹴散らして驀進していくベートーベン。まさに、「This is the BEETHOVEN」

まあ、聞いてみてください。(^^v


ソロモンの美質は繊細さにあるのでしょう。そして、その繊細さは響きの完璧なコントロールによってもたらされているように感じました。さらに言えば、そのコントロールされた響きがさらさらと流れていくような風情があります。昨今の若手のピアニストによくあるような、俺って上手いだろう!オーラが満開でガンガンと力任せに引きまくるような演奏とは対極にあるピアノです。
そんなソロモンは1956年に、まさにキャリアの絶頂で突然引退してしまいます。

最初は引退の理由は謎だったのですが、その後左手の故障が原因突伝えられました。脳梗塞による左手の小指と薬指の麻痺だったようです。

そう思って彼の演奏を聴いてしまうと、54年あたりから彼の演奏が少しずつ変わっていったような気がします。
第23番「熱情」あたりはそれほど不満は感じないのですが、何よりも繊細さがほしい28番のソナタではどこかもどかしげに力ませで押し切ってしまっているような部分も散見されます。もちろん、そう感じるフィナーレの部分は「速く、しかし速すぎないように、そして断固として」と書いているので、そう言う力ませの部分があっても悪くはないのですが、それでも、それまでのソロモンの音楽とは少し違うなと思ってしまいました。

しかし、それも56年に録音された31番のソナタとなると、これはもうはっきり脳梗塞の影響が出ています。その影響は、最終楽章でのミステイクだけでなく、それまでのソロモンには絶対有り得なかった力任せのタッチがあちこちで顔を出していることですぐに分かってしまいます。
おそらくは、完全に指が麻痺をして動かなくなってしまう事を自覚する前から、何とも言えないもどかしさは感じていたのではないでしょうか。そういうもどかしさの中でも「嘆きの歌」は見事に歌い上げていますが、それに続くフーガのような複雑な音楽になると、残念ながらもう、何をやっているのか分かりません。
それと同じようなことは、翌日に録音された27番のソナタにも言えます。

31番ソナタが8月20日、27番ソナタが8月21日に録音されています。そして、9月の17日から26日にかけて3曲のコンチェルトを録音して自らのキャリアに幕を閉じました。
よく知られているように、31番ソナタの最終楽章で2小節にわたって修正が必要なミスが発生します。そのミスタッチはすぐにでも修正するつもりでいたのでしょうが、おそらくは一連のコンチェルトの録音の後に指が完全に動かなくなり、結果として修正されないままに放置されることになったようなのです。

EMIも最初はさすがに発売を躊躇ったようなのですが、後期の三大ソナタという形でどうしても発売したい営業上の理由もあったのでしょう。結果として、録音から6年後の1962年に、修正できなかった2小節はカットするという「荒技」でリリースしてしまいます。
そう言う経緯を思えば、誰かが書いていたように、ソロモンの名誉のためには世に出ない方がよかった録音かもしれません。

それらと比べると、51年から52年にかけて録音されたソナタはどれもこれも素晴らしい演奏です。
とりわけ26番の告別ソナタや32番のソナタなどは本当に素晴らしい。もちろん、巨大なハンマー・クラヴィーアや30番のソナタも文句なしです。よくないものには、演奏者に成り代わって言い訳することも必要ですが、良いものは良いと言うだけでいいのかもしれないと最近になって思うようになってきました。

言うべき事は一つだけでしょうか。
さらさら流れていくだけの微温系の演奏という向きもありますが、まあ、聞いてみてください。(^^v

<追記>
その後調べてみると、27番のソナタに続けて8月23日には7番のソナタも録音しているようです。ただし、何度も繰り返しますが、この年の8月以降に録音した音源はソロモンの名誉のためにあまり出回らない方がいいようです。
それから、ついでながら、52年に録音された「ワルトシュタイン」と「告別」は、ともに最高のベートーベン弾きとしてのソロモンの美質があふれています。吉田秀和は彼の演奏の美質を「厳粛」という言葉でまとめていましたが、なるほどその通りだと納得させられるのがこの二つの録音です。繊細極まる響きの中から、深い感情が表出する素晴らしい録音です。

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