クラシック音楽へのおさそい~Blue Sky Label~

ベートーベン:ピアノ三重奏曲第7番 変ロ長調 「大公」 Op.97(Beethoven:Piano Trio No.7, Op.97 in B-flat major "Archduke")

(Vn)ダヴィド・オイストラフ (P)レフ・オボーリン (Cello)スヴィヤトスラフ・クヌシェヴィツキー 1958年5月9日~10日&12日録音((Vn)David Oistrakh:(P)Lev Oborin (Cello)Sviatoslav Knushevitsky Recorded on May 9-10&12, 1958)



Beethoven:Piano Trio in B-flat major, Op.97 "Archduke" [1.Allegro moderato]

Beethoven:Piano Trio in B-flat major, Op.97 "Archduke" [2.Scherzo. Allegro]

Beethoven:Piano Trio in B-flat major, Op.97 "Archduke" [3.Andante cantabile ma pero con moto]

Beethoven:Piano Trio in B-flat major, Op.97 "Archduke" [4.Allegro moderato]


謎の多い作品

交響曲の分野で言えばそれは疑いもなく「エロイカ」です。当時の人々は、あんなにも素晴らしい交響曲(第1番・2番)を書いた男がどうしてこんなわけの分からない音楽を書いたのだと訝しく思ったと伝えられています。
そして、その後もこのジャンルでは驚くような作品を次々と生み出していきました。その意味でも、交響曲こそはベートーベンにとっての主戦場だったのでしょう。

事情は室内楽の世界でも同様です。
弦楽四重奏曲ではそれは「ラズモフスキー」であり、ヴァイオリンソナタならば「クロイツェル」です。
ピアノソナタならば、「アパショナータ」や「ワルトシュタイン」が上げられるでしょうか。

そして、ピアノソナタや弦楽四重奏曲の分野では最晩年にもう一度「爆発」をおこすのです。ただし、その「爆発」は外に向かってではなく己の内部に向かって光を投げかけたのでした。

そして、ピアノ三重奏曲の分野ではそれは疑いもなく「大公」でした。
そして、このジャンルほど、爆発以前と以後との落差が大きなジャンルはなかったように思います。
それ以外のジャンルでは、どこか次の爆発を予感させる「予兆」みたいな者がありましたが、このピアノ・トリオにおいてはそれは突然やってきたのです。
そして、そうであったからこそかもしれませんが、この爆発は勇壮なる打ち上げ花火のように夜空を彩りながら、後には幽かな余韻しか残さずに、彼はこのジャンルから去ってしまうのです。

そういう事情があるからでしょうか、この作品は少しばかり謎めいています。
「大公」というあだ名は、これがルドルフ大公に献呈されたことに由来します。そして、献呈されたルドルフ大公はこの作品に深く感動したと伝えられています。しかし、それは当然のことであって、この作品はピアノ三重奏曲という狭いジャンルだけでなく、室内楽作品全体を見回しても屈指の名作であることは疑いがないからです。

作品冒頭のピアノで歌いだされる雄大なテーマが聞き手の心をがっちりととらえます。そして、何よりも魅力的なのはアンダンテ・カンタービレと指定された第3楽章の美しさです。これを聞いて深く感動しない人がいるならば、その事の方が不思議です。

ところが、そのように優れた作品でありながら、公式の初演は作品完成後の3年後なのです。ちなみに、この演奏会ではピアノを作曲者自身が担当しているのですが、ベートーベンがピアニストとして公開演奏を行った最後となったものです。さらに、出版はその2年後の1816年にまでずれ込んでいるのです。
この「遅さ」は他の作品と比べると異例とも言えるもので、作品の素晴らしさを考え合わせると、実に不思議な気がします。

まあ、これはもう全くの想像の域を出ませんが、もしかしたら献呈を受けたルドルフが、その素晴らしさ故に独り占めをしたかったのかもしれません。もちろん、そんなことを示す資料は何一つ残っていないので全くの妄想の域を出ませんが・・・。
しかし、そう言う妄想を逞しくしたくなるほどに、素晴らしい作品だということです。

濃厚でロマンティックな「歌」


オイストラフ・トリオはダヴィッド・オイストラフが、盟友であるピアニストのレフ・オボーリン、チェリストのステファン・クヌシェビツキーと共に結成したピアノ・トリオです。
この顔ぶれを見ると誰もがオイストラフがひぱっているトリオだろうなと思うでしょう。ところが、実際に聞いてみるとオイストラフはあまり出しゃばることはありません。
誰か一人が主導権を握るのではなく、3つの楽器が完全に対等な立場で自発的な音楽を聞かせてくれるのがこのトリオの特徴です。

その背景にはまずは、オイストラフにとっては盟友とも言うべきオポーリンの存在があったのでしょう。オイストラフとオボーリンは、1930年代からデュオを組んでいた「生涯の相棒」でした。
そして、そこに加わったチェロのクヌシェビツキーは温厚な人柄で家族のような緊密な信頼関係が築かれていました。

このトリオの最大の魅力は濃厚でロマンティックな「歌」です。
オイストラフの豊潤で輝かしいヴァイオリンとクヌシェビツキーの深く暖かいチェロの音色が混ざり、そこにオボーリンの堅実で色彩豊かなピアノが2人を支えました。

しかし、濃厚に歌う一方で、決して品格を失わない「ノーブルさ」もありました。テンポを不自然に崩したり、過度な表情付けなどとは無縁です。
また、アンサンブルとしては当然のことなのでしょうが、音量や音色のバランスが常に完璧であり、複数のメロディの絡み合いが常にクリアでした。

西欧の古典が持つ堅牢な構造を崩さずに、そこにロシア特有の豊かな叙情性とダイナミズムを注ぎ込んだ音楽は彼ら以外のトリオでは聞くことのできないものでした。

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