クラシック音楽へのおさそい~Blue Sky Label~

チャイコフスキー:憂鬱なセレナード Op.26

(Vn)ヴァーシャ・プシホダ:(P)オットー・アルフォンス・グレーフ 1949年録音





Tchaikovsky:Serenade melancolique in B flat minor, Op.26


恋人の窓の下で歌う「愛の歌」

ヴァイオリン協奏曲の定番と言えば、ベートーベン、ブラームス、メンデルスゾーン、そしてこのチャイコフスキーと言うことでそれほどおおきくな異論は出ないでしょう。
ところが、調べてみると、そのチャイコフスキーがヴァイオリンのために書いた作品は驚くほど少ないのです。ヴァイオリン協奏曲以外ではこの「憂鬱なセレナード」と「ワルツ・スケルツォ」、そしてピアノとヴァイオリンのための「なつかしい土地の思い出」だけなのです。

確かに、彼はピアノの名手でもあったのですから、その音楽的発想はピアノによって為されたことは間違いありません。
しかし、彼のまわりにはアウアーを筆頭に優れたヴァイオリニストが数多くいたのですから、わずか4曲というのはあまりにも少ない数だと言わざるを得ません。

そう考えれば、この演奏時間が10分にも満たない小品ではあるのですが、ヴァイオリンと管弦楽のために書かれた「憂鬱なセレナード」は貴重な作品と言わざるを得ません。

そして、この作品はヴァイオリンの歌うという特徴を最大限に発揮した音楽になっています。
「セレナード」というのは本来は恋人の窓の下で歌う「愛の歌」なのですが、ここでは人間の声に代わってヴァイオリンがその役割を果たしているのです。

妖艶な響きが魅力的


プシホダは50年代にはいると急激に衰えたと言われています。しかし、こういう録音を聞いてみると、事はそれほど単純ではないように思います。
あれこれ聞いていて気づいたのは、50年代における変化というのは技術的な衰えが大きな原因ではなくて、演奏家としてどういう方向を目指すのかという根本的なところで迷いが生じたのが最大の原因だったように思えるからです。

その背景には「天性の芸人」であったプシホダが、やがて大きな演奏会場で上品な人たちを相手に演奏会を行うようになるにつれて、彼自身が「変わらなければいけない」と思うようになったことが原因だったのかもしれません。そして、そう言う傾向はすでに30年代頃から見え隠れしていました。
典型的なのは35年に録音したサラサーテの「ツィゴイネルワイゼン」です。そこでは、20年代の奔放な芸人魂は後退して、何処か作品をスッキリと整理しようとする意識がはっきりと表れていました。そして、それと同じくしてプシホダの人気は凋落していくことになります。

もっとも、それだけでなく、妻のアルマ・ロゼ(マーラーの姪)を離婚したことが「プシホダはナチに魂を売って離婚した」と噂されたことも大きく影響したのかもしれません。どう考えても、この35年の「ツィゴイネルワイゼン」はプシホダにとっては不本意な演奏であることは間違いありません。

しかし、戦後にはいると、彼は己の芸人としての持ち味も生かしながら、それなりの芸術家として認められるような地点を探るようになります。そう言うときに、彼にとってピッタリだったドイツ・オーストリア系のクラシックではなくて、その周辺に位置するドヴォルザークやチャイコフスキーのような作曲家が持つロマンティシズム溢れる作品でした。

そして、そこでは芸人魂が炸裂した「麻薬」的な魅力は失ったものの、そこにいささかの芸術的なロマンティシズムを持ち込むことで「妖艶」な響きを手に入れることが出来ました。そして、そう言う響きで演奏されるドヴォルザークやチャイコフスキーの音楽は、他に変わるものを見いだすのが難しいほどの独自の魅力を放つことになります。

おそらく、これに近い魅力を放つヴァイオリニストはイダ・ヘンデルあたりでしょうか。
ミルシテインやオイストラフも、さらにはフランチェスカッティなども「美音系」のヴァイオリニストですが、プシホダはそう言う「美音系」とは全く異なるヴァイオリニストでした。もっとも、ミルシテインもオイストラフもフランテェスカッティにもそれぞれの個性があって、それらを「美音系」などと言う言葉では一括りに出来ないのは当然なのですが、プシホダの「美音」はそう言う「美音」とも隔たりがより大きいと言うことです。

そう言うプシホダの魅力が一番表れているのがドヴォルザークやチャイコフスキーの協奏曲であり、さらにドヴォルザークで言えば「ソナチネ」や「4つの小品」、チャイコフスキーで言えば「憂鬱なセレナード」あたりがあげられるでしょう。おそらく、プシホダはそのあたりの周辺部分の音楽から「芸人」から「芸術家」への道を探ろうとしたのかもしれませんし、それは賢明な選択肢であったともいえます。
それほどに、それらの演奏は他にかえがたい「妖艶」さが漂っていました。

しかし、プシホダにとって不幸だったのは、時代はそう言う「妖艶」な音楽から「即物的」な音楽が評価される時代に変わりつつあったことです。
本当のところは本人に聞いてみなければ分からないのでしょうが、そこでまた彼はもう一歩踏み出そうとしたのかもしれません。
それが、彼のプログラムにバッハやモーツァルトのようなドイツ・オーストリア系の音楽を選びはじめ事に表れていることは間違いありません。
そして、ヴァイオリンの音色もそれに合わせて変えていこうとしたのか、それとも多くの人が指摘するように彼の技量が急激に落ちていったのかは分かりませんが、結果として芳しいものにはなりませんでした。

しかし、そのあたりのことは、バッハやモーツァルトの録音を取り上げるときにじっくりと考えてみたいと思います。

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