チャイコフスキー:弦楽四重奏曲第1番 ニ長調 作品11
ハリウッド弦楽四重奏団 1952年11月10日,12日&12月22日録音
Tchaikovsky:String Quartet No.1 in D-Major, Op.11 [1.Moderato A Semplice]
Tchaikovsky:String Quartet No.1 in D-Major, Op.11 [2.Andante Cantabile]
Tchaikovsky:String Quartet No.1 in D-Major, Op.11 [3.Scherzo]
Tchaikovsky:String Quartet No.1 in D-Major, Op.11 [4.Finale]
あのときほど、喜びと感動を持って作曲家としての誇りをいだいたことは私の生涯において二度とないだろう
チャイコフスキーは習作などをのぞけば弦楽四重奏曲を3曲残しています。しかし、その中で演奏機会があるのはこの第1番くらいのもので、2番や3番になると演奏される機会は大幅に少なくなります。
しかし、それは第1番がとりわけ優れているというわけではなくて、何よりも第2楽章の「アンダンテ・カンタービレ」の魅力によるところが大きいと言わざるを得ません。
何しろ、久々にモスクワを訪れたトルストイを歓迎してルビンシテインが特別な演奏会を催した時に、そのトルストイがこの「アンダンテ・カンタービレ」を聞きながら涙を流したというエピソードが残っているのです。
そして、チャイコフスキーはその時のことを後に思い出して、「あのときほど、喜びと感動を持って作曲家としての誇りをいだいたことは、おそらく私の生涯において二度とないだろう」と記しているのです。
しかしながら、その様なエピソードを持つ作品なのですが、作曲されたきっかけは資金稼ぎのための自作演奏会のためでした。
さらに、その演奏会も大ホールをいっぱいにするのは難しい事が分かってきたので、小ホールのための室内楽作品として作曲されたのでした。
そのために、この作品は極めて短時間で作曲されたと伝えられています。
なお、あまりにも有名な「アンダンテ・カンタービレ」は、ウクライナにある妹の家を訪ねたときにペチカを作る職人が「ワーニャは長椅子に座ってコップにラム酒を満たす」と歌っていた民謡にもとづくと言われています。
チャイコフスキーはそのしみじみとした旋律をより洗練された形に仕立て直して「アンダンテ・カンタービレ」としたのでした。
中間部には華やかさを演出しながらも、最後はすすり泣くようなヴァイオリンで締めくくられます。
音楽家としての「音楽的要求」を満たすために結成されたカルテットだったのでしょう
「ハリウッド弦楽四重奏団」と聞いて明確なイメージを持てる人は少ないでしょう。私も、時々その名前を目にすることはあったのですが、実際の録音を聞いたことは殆どなかったような気がします。
しかし、今回、少しばかり腰を据えて聞いてみて、これがなかなかに興味深い団体であることに気づかされました。
その特徴は良く言えば「大らか」、悪く言えば「大雑把で荒っぽい」と言えるでしょうか。
この「ハリウッド弦楽四重奏団」はヴァイオリン奏者で指揮者の「フェリックス・スラットキン」を中心に結成されたカルテットでした。
スラットキンと言えば「レナード・スラットキン」を思い出す人も多いと思うのですが、このフェリックスはその「レナード・スラットキン」の父親でした。
カルテット結成のきっかけは、フェリックスがジュリアード音楽院出身のチェロ奏者「エリナー・アラー」と結婚したことでした。
新しく夫婦となった二人はカルテットの結成を計画し、ハリウッドの映画スタジオで活動していた仲間に声をかけて生まれたのが「ハリウッド弦楽四重奏団」だったのです。
当時のアメリカでは、音楽家にとってもっとも割のいい仕事はハリウッドの映画スタジオでした。そこではたらく演奏家はメジャーオーケストラの楽団員などとは比べものにならないほどのギャラを稼ぐことが出来たのです。
大戦後に新しくメンバーに加わった「ポール・シュアー」も、フィラデルフィア管弦楽団から20世紀フォックスのスタジオ・オーケストラに転身した経歴を持っていました。
しかしながら、そう言う映画スタジオでの演奏活動というのはギャラはいいものの、音楽的に満足が得られるようなものではありませんでした。
彼らは録音スタジオに出かけるとその日に演奏する音楽の譜面が配られて、それを初見で完璧に演奏することを要求されるのですから、誰もが腕利きの演奏家であることは事実でした。しかしながら、そう言う音楽を来る日も来る日も演奏を続けるのは決して楽しい仕事でなかったことも事実なのです。
そこで、当時のハリウッドには「グレンデール交響楽団」というクラシック音楽を演奏するための自主的団体が存在しました。晩年のワルターと録音活動を行った「コロンビア交響楽団」の実態はこの「グレンデール交響楽団」だったのではないかという噂もあります。
彼らが腕利きの演奏家であればあるほどに、「音楽的要求を満たすためにはグレンデール交響楽団」という存在は絶対に必要だったのでしょう。
フェリックス・スラットキンもまたセントルイス交響楽団から20世紀フォックス社のオーケストラのコンサートマスターに転出しています。そして、それと同時に「ハリウッド弦楽四重奏団」を結成しているので、それもまた同じような要求がもたらしたものだったのでしょう。
その事がこのカルテットの性格を特徴づけていることは間違いありません。
彼らは、同時代に活躍した「ブダペスト弦楽四重奏団」や「ジュリアード弦楽四重奏団」のような常設のカルテットではありませんでしたから、それで「食っていく」必要は全くなかったのです。
いや、必要がないどころか、ハリウッドのスタジオでの活動で十分すぎるほどに稼いでいたのですから、カルテットとしての活動は「楽しみ」のためだったのです。
彼らは50年代にCapitolでかなりまとまった録音を残しているのですが、そのレパートリーは実にユニークです。
ベートーベンやシューベルトという定番中の定番から、ヒンデミットやプロコフィエフ、ショスタコーヴィチという少しひねったもの、さらにはウォルトン、ヴィラ=ロボス、ポール・クレストンなどというレアな作品まで多岐にわたっているのです。それは、彼らが今演奏したい作品を自由に選んで録音したという雰囲気が伝わってきます。
当時のCapitolはNat King ColeやFrank Sinatraという売れっ子の歌手をたくさん抱えていましたから、クラシック音楽の部門などはレーベルのブランドイメージ程度の意味しかもたなかったはずです。彼らが演奏したい作品を録音して、それが思ったように売れなかったとしてもそれほど気にはならなかったはずです。
このボロディンやチャイコフスキーの弦楽四重奏曲は彼らにとってはもっとも初期の録音に分類されるのですが、良くも悪くも彼らの特徴がよくあらわれています。
彼らが活躍した50年代というのは、カルテットというものが大きく姿を変えた時代でした。
それは、ファースト・ヴァイオリン主導のスタイルから4人の奏者が対等の立場で精緻なアンサンブルを聴かせるスタイルへの変化です。その先頭を走っていったのが「ブダペスト弦楽四重奏団」や「ジュリアード弦楽四重奏団」であったことは言うまでもないのですが、そう言うスタイルと較べると彼らの演奏はまるで時計の針が止まったかのようです。
アンサンブルの精度という点で言えば全く別次元の大らかさです。
しかし、それは彼らが下手だというわけではありません。ハリウッドの録音スタジオで活躍している彼らが「下手」なはずはないのです。
そうではなくて、カルテットを結成してやりたい音楽の質が全く異なるのです。
そして、それを不満に思う部分があることは否定しないのですが、それでも、もっとも有名な第3楽章の「夜想曲」などを聞くと、こう言うのはファースト・ヴァイオリン主導でなくてはその魅力は発揮できないなと思うのです。
こういう言い方をすると彼らを貶めるようになるのですが、「ハリウッド弦楽四重奏団」というのは50年代というアメリカ黄金期のハリウッドに咲いた徒花のようなカルテットだったのかもしれません。
それ故に、他の何処にもない不思議な魅力があることも事実なのです。
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