モーツァルト:ヴァイオリンソナタ第18番 ハ長調 K56(Anh.C23.02) (偽作)
(P)リリー・クラウス (Vn)ボスコフスキー 1955年12月16,19~23,26,27日録音
Mozart:Sonata in C for Keyboard and Violin, K. 56 [1st movement]
Mozart:Sonata in C for Keyboard and Violin, K. 56 [2nd movement]
Mozart:Sonata in C for Keyboard and Violin, K. 56 [3rd movement]
6つのロマンティックソナタ(偽作)
ケッヘル番号では55番から60番という番号が与えられている6つのヴァイオリンソナタは、かつては「6つのロマンティックソナタ」と呼ばれていました。しかし、これらの作品はかなり古い時代から「偽作」と断定されていました。
これらの作品にケッヘル番号が付されたのは、モーツァルトの死後1799年にコンスタンツェがブライトコプ&ヘルテル社これらの作品を売り、「ロマンティック・ソナタ集」と名付けられて出版されたからです。しかし、様式的にもモーツァルトの作品とは異質であり、さらにはコンスタンツェ自身がモーツァルト自身の作品ではないことを告白したという話も伝わっていますので、現在では間違いなく「偽作」だとされています。
しかし、「偽作」とされながらも、それでも聞くに値する魅力は十分に持っています。何故ならば、モーツァルトがマンハイムで出会ったシュスターのヴァイオリンソナタがどのようなものであったかを垣間見ることができるからです。
たとえば、アインシュタインはモーツァルトが「悪くない」と讃辞を捧げたシュスターの作品に触れた後に
「わたしはしばらくのあいだ、K.55~K.60」としてモーツァルトの作品に入っている「ロマン的ソナ」がそのソナタと同じものだと思いこんでいた」と述べています。
しかしながら、彼はそれに続けて、「これらの作品にはモーツァルトが悪くないと感じたピアノとヴァイオリンの交替の原理」が希薄なことを指摘して、はじめの思いこみを否定しています。
しかし、これらの作品がシュスターその人のソナタでないとしても、この時代のヴァイオリンソナタが一般的にどのようなものであったかを教えてくれるという意味では、それなりの興味をひく作品であることは事実です。
ヴァイオリンソナタ第18番 ハ長調 K56(Anh.C23.02) (偽作)
- 第1楽章:Vivace
- 第2楽章:Adagio con moto
- 第3楽章:Rondo(Allegro)
忘却の淵に落とし込むには勿体ない録音
リリー・クラウスによるモーツァルトと言えば、真っ先に思い浮かぶのはゴールドベルグとのコンビで録音されたSP盤の方です。あのパチパチノイズ満載の録音をいつまで聞いているの?と突っ込まれながら、それでも未だに捨てきれぬ愛着を感じている人は少なくありません。
それと比べると、この50年代の中葉にウィーンフィルのコンサートマスターとして名をはせていたボスコフスキーとのコンビで録音したソナタ集は話題になることが少ないように思われます。しかし、今では「偽作」と断定されている「k.17~k22」の6作品や子供時代の2作品も収録されているのは興味深いです。
特に、「k.17~k22」のような「偽作」と断定された作品を今さら録音する人はほとんどいないので、それを実際の音として聞ける価値は大きいと思います。
何故ならば、この偽作を通して、モーツァルトがマンハイムで出会ったシュスターのヴァイオリンソナタがどのようなものであったかを垣間見ることができるからです。ただし、この偽作がもしかしたら、モーツァルトをして「悪くありません」と言わしめたシュスターの作品そのものではないか?と言う見方は否定されているようです。
しかし、演奏に関して言えば、これはある意味でモーツァルトの時代にふさわしいものになっています。
この時代のヴァイオリンソナタというのは従来のピアノが「主」でヴァイオリンが「従」であるというのが慣例でした。そして、モーツァルトはシュスターの作品などにも影響を受けながらこの慣例を打ち破っていくのですが、ボスコフスキーのヴァイオリンはどこまで行ってもリリー・クラウスのピアノに付き従っていくのです。
音色的に自己主張の少ないふんわりとした雰囲気で、その面でも芯の強いクラウスのピアノをサポートしています。
つまりは、この二人の演奏はどこまで行ってもクラウスのピアノが「主」でありボスコフスキーのヴァイオリンは「従」なのです。初期作品ならばこれでいいのかもしれませんが、ピアノとヴァイオリンがただ単に交替するだけでなく、この二つの楽器が密接に絡み合いながら人間の奥底に眠る深い感情を語り始めるようになってくると、いささか物足りなさを覚えるのは事実です。
しかし、聞きようによっては、クラウスの絶頂期のピアノが堪能できるという風にとらえることもできます。
昨今のピアニストはは右手と左手がほぼ均等に響きます。これは、ギーゼキング以来の「伝統」です。
しかし、リリーの演奏では左手は基本的に控えめで、ここぞと言うところになると深々と響かせて前に出てきます。そこには、彼女なりのモーツァルト解釈とそれにもとづく演奏設計があって、右手と左手が絶妙のバランスで鳴り響きます。その結果として、モーツァルトが音符を使って書いた「心のドラマ」、深い感情がリリーの演奏からはヒシヒシと伝わってきます。
そう言う意味では、これもまた忘却の淵に落とし込むには勿体ない録音だと言えます。
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