クラシック音楽へのおさそい~Blue Sky Label~

プロコフィエフ:ヴァイオリン協奏曲 第1番 ニ長調, Op.19(Prokofiev:Violin Concerto No.1 in D major, Op.19)

(Vn)アイザック・スターン:ディミトリ・ミトロプーロス指揮 ニューヨーク・フィルハーモニッ音]1956年2月27日録音(Isaac Stern:(Con)Dimitris Mitropoulos New York Philharmonic Recorded on February 27, 1956)



Prokofiev:Violin Concerto No.1 in D major, Op.19 [1.Andantino]

Prokofiev:Violin Concerto No.1 in D major, Op.19 [2.Scherzo. Vivacissimo]

Prokofiev:Violin Concerto No.1 in D major, Op.19 [3.Moderato. Allegro moderato]


あのアウアーだってチャイコフスキーの協奏曲を理解しなかった

プロコフィエフは習作時代にヴァイオリン・ソナタなどの作曲に挑戦したものの、全て未完成で終わってしまったようです。プロコフィエフにとってはピアノは身近な楽器ではあっても、ヴァイオリンはそれほどの身近さはなかったのでしょう。
そんなプロコフィエフが賛否を巻き起こしたピアノ協奏曲第1番を完成させると、その勢いに乗ってヴァイオリンの協奏曲を書き始めます。おそらく、世間的には不評に終わったピアノ協奏曲だったのですが、プロコフィエフ自身としては充分な手応えを感じる事が出来だったのでしょう。そして、その勢いと自信を持って新しいヴァイオリンのための協奏曲にチャレンジしたものと思われます。

しかしながら、彼にはヴァイオリン・ソナタさえ完成させた経験がなかったのですから、普通に考えればかなり無謀な挑戦です。しかしながら、その無謀な挑戦を可能にしてくれたのはポーランド出身のヴァイオリニストだったパウル・コハンスキの助力でした。彼はシマノフスキーのヴァイオリン協奏曲第1番を献呈され、その作品のためにカデンツァも創っているヴァイオリニストでした。彼は、シマノフスキーに対したときと同じように、まさに共作に近いような感じでこの作品の完成に助力を惜しみませんでした。

そうして出来上がったこのヴァイオリン協奏曲は1917年に完成し、その同じ年にプロコフィエフは「古典交響曲」も完成させています。つまり、様式的に言えば彼の新古典派時代の作品と言えるもので、同時に帝政ロシア時代最後の作品にもなったのです。
この作品で注目したいのは、叙情性につつまれた両端楽章によって中間部のスケルツォ楽章が挟み込まれていることです。
つまりは、協奏曲の基本形である「急ー緩ー急」ではなくて、その反対の「緩ー急ー緩」という構造になっているのです。

そして、協奏曲で中間楽章に「スケルツォ」が使われたのがこれが最初だったと言われています。つまりは、新古典派的な音楽でありながら、そのスタイルは古典とはほど遠いほどに斬新なものだったのです。

第1楽章の白昼夢のような叙情性は見事なのですが、その叙情性が重くならないように彼は「アンダンテ」ではなくて「アンダンティーノ」で演奏するように指定しています。
そして、目玉とも言うべき中間部のスケルツォはシニカルで、まるで悪い冗談のような音楽になっています。これはどう考えても古典的な音楽の響きとはかけ離れたところにある音楽であり、発想です。また、この楽章は超絶技巧が求められる楽章で、とりわけ「スル・ポンティチェロ」(駒の近くを弾く)と指定された有名な部分はかなり奇怪な響きを求めたもので、その奇怪な響きが聞き手に強烈な印象を与えます。

さらに言えば、独奏ヴァイオリンが音楽全体を主導していることは間違いはないのですが、それをサポートするオーケストラはその独奏ヴァイオリンに対抗したり癒合したりと、実にバランス良く呼応している事も見逃せません。あるヴァイオリニストは、この作品のことを「独奏ヴァイオリンはオーケストラの中からわき上がり、再びオーケストラに溶け込む」と述べていました。
つまりは、そう言うバランスの取れたオーケストラ伴奏を背景に独奏ヴァイオリンは広い音域を駆けめぐり、さらにはコハンスキの助言を得ながらヴァイオリンの高度な技法が散りばめられているのです。

そして、この作品はその後面白い道筋を辿ります。
初演が予定されていた1917年はロシア革命のために不可能となり、それがようやく実現したのは1923年のパリにおいてでした。指揮はクーセヴィツキー、ヴァイオリンはマルセル・ダリューという顔合わせでした。しかし、その評判は芳しいものではなかったようです。
ストラヴィンスキーの「春の祭典」を拒否したパリの聴衆はこの作品も拒否し、こんな作品を演奏させられたダリューに同情の声が集まったほどでした。
そして、日頃は彼の音楽に賛同していた指揮者のコンスタンチン・サラジェフもプロコフィエフに改作をすすめるほどでした。

しかし、プロコフィエフは「あのアウアーだってチャイコフスキーの協奏曲を理解しなかった」と言って、改作を拒否しました。
やがて、風向きが変わったのは初演の翌年にヨーゼフ・シゲティがプラハの国際現代音楽祭でこのヴァイオリン協奏曲を演奏したことでした。そして、この作品が気に入ったシゲティは、さらに多くの国々でこの作品を取り上げたことによって作品の評価は高まり、定着していきました。
新しいヴァイオリン協奏曲がメジャーな作品となるためには、どうやらそれを積極的にサポートする名ヴァイオリニストが必要なようです。そして、そのサポートが得られるためには作品にそれだけの力がなければいけないのですが、必ずしもその二つの要素が幸福に出会えるわけではありません。

そして、そう言う幸福な出会いが実現したのがこのヴァイオリン協奏曲であって、プロコフィエフはシゲティの事を「私の協奏曲の最高の理解者」と呼んで二人は親密な関係を結んでいくことになったのです。
さらに言えば、この作品を通してプロコフィエフに出会い、その感動から積極的にプロコフィエフの作品を取り上げるようになったリヒテルのような人物も現れてきたのですから、プロコフィエフにとってはこの作品は作曲も初演も困難だったものの、最後は大きな幸福を彼にもたらしてくれた作品だったと言えます。

熱量にあふれた肉厚の演奏


プロコフィエフの音楽といえば「鋼鉄のモダニズム」などと言う前衛的な鋭さを強調して演奏するのが通念でした。
しかし、アイザック・スターンのプロコフィエフには半端ない熱量があります。スターンはその熱量でプロコフィエフを包み込みます。

オイストラフが演奏するプロコフィエフは「鋼鉄のモダニズム」などと言う前衛的な鋭さを強調して演奏するとは一線を画していました。
しかし、スターンのプロコフィエフはさらに肉厚でたくましさにあふれていて、「ひんやりとした無機質なプロコフィエフ」からより一層距離を置いています。

スターンは50年代、60年代、80年代と、三度にわたってスタジオ録音を残しています。
とりわけ、63年のオーマンディとの録音は「フィラデルフィア・サウンド」とあいまって華やかさと力強さが際立っています。
50年代のミトロプーロスとバーンスタインとの録音はそれよりは尖っていましたが、基本は変わりません。瑞々しさが魅力と言えるでしょうか。

第1番の冒頭や第2番の第2楽章のようにロマンティックな旋律では、待ってましたとばかりに濃厚で情熱的なヴィブラートが炸裂します。
しかし、スケルツォ楽章などでは、一音一音を豊かに鳴らし切ることによってプロコフィエフ特有の辛辣なリズムや強烈なアクセントを見事に表現して見せます。

プロコフィエフの音楽には、尖ったモダニズムと、ロシアの伝統に根ざした豊かな抒情性という2つの極があるのですが、そのバランスをスターンは実にうまく表現して見せます。

ということで、好意的に解釈すればそのようなことになります。

もちろん、「緩すぎ!!暑苦しい!!」と感じる人がいても否定はしません。
私は「ひんやりとした無機質なプロコフィエフ」はどうにも苦手なのでスターンの録音は嫌いではないです。…でも、暑苦しすぎかな…と思うこともあります。

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