クラシック音楽へのおさそい~Blue Sky Label~

ブラームス:ピアノ協奏曲第2番 変ロ長調, Op.83(Brahms:Piano Concerto No.2 in B-flat major, Op.83)

(P)ゲザ・アンダ:フェレンツ・フリッチャイ指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 1960年5月9日~12日録音(Geza Anda:(Con)Ferenc Fricsay Berliner Philharmonisches Orchester Recorded on May 9-12, 1960)



Brahms:Piano Concerto No.2 in B-flat major, Op.83 [1.Allegro non troppo]

Brahms:Piano Concerto No.2 in B-flat major, Op.83 [2.Allegro appassionato]

Brahms:Piano Concerto No.2 in B-flat major, Op.83 [3.Andante]

Brahms:Piano Concerto No.2 in B-flat major, Op.83 [4.Allegretto grazioso]


気力・体力ともに充実しきった絶頂期の作品

まったく可愛らしいきゃしゃなスケルツォをもった小さなピアノ協奏曲

逆説好みというか、へそ曲がりと言うべきか、そう言う傾向を持っていたブラームスはこの作品のことそのように表現していました。しかし、そのような諧謔的な表現こそが、この作品に対する自信の表明であったといえます。

ブラームスは第1番の協奏曲を完成させた後に友人たちに新しい協奏曲についてのアイデアを語っています。しかし、そのアイデアは実現されることはなく、この第2番に着手されるまでに20年の時間が経過することになります。

ブラームスという人は常に慎重な人物でした。自らの力量と課題を天秤に掛けて、実に慎重にステップアップしていった人でした。
ブラームスにとってピアノ協奏曲というのは、ピアノの名人芸を披露するためのエンターテイメントではなく、ピアノと管弦楽とが互角に渡り合うべきものだととらえていたようです。そう言うブラームスにとって第1番での経験は、管弦楽を扱う上での未熟さを痛感させたようです。

おそらく20年の空白は、そのような未熟さを克服するために必要だった年月なのでしょう。
その20年の間に、二つの交響曲と一つのヴァイオリン協奏曲、そしていくつかの管弦楽曲を完成させています。

そして、まさに満を持して、1881年の夏の休暇を使って一気にこの作品を書き上げました。
5月の末にブレスハウムという避暑地に到着したブラームスはこの作品を一気に書き上げたようで、友人に宛てた7月7日付の手紙に「まったく可愛らしいきゃしゃなスケルツォをもった小さなピアノ協奏曲」が完成したと伝えています。
決して筆のはやいタイプではないだけにこのスピードは大変なものです。まさに、気力・体力ともに充実しきった絶頂期の作品の一つだといえます。

さて、その完成した協奏曲ですが、小さな協奏曲どころか、4楽章制をとった非常に規模の大きな作品ででした。
また、ピアノの技巧的にも古今の数ある協奏曲の中でも最も難しいものの一つと言えます。ただし、その難しさというのが、ピアノの名人芸を披露するための難しさではなくて、交響曲かと思うほどの堂々たる管弦楽と五分に渡り合っていかなければならない点に難しさがあります。
いわゆる名人芸的なテクニックだけではなくて、何よりもパワーとスタミナを要求される作品です。

そのためか、女性のピアニストでこの作品を取り上げる人は少ないようです。また、ブラームスの作品にはどちらかと言えば冷淡だったリストがこの作品に関してだけは楽譜を丁重に所望したと伝えられていますが、さもありなん!です。

それから、この作品で興味深いのは最終楽章にジプシー風の音楽が採用されている点です。
何故かブラームスはジプシーの音楽がお好みだったようで、「カルメン」の楽譜も入手して研究をしていたそうです。この最終楽章にはジプシー音楽とカルメンの大きな影響があると言われています。

フリッチャイの協奏曲伴奏


フリッチャイといえば白血病によって死線をさまよい、そのことが彼の音楽に大きな影響を与えたとよく言われます。
確かに彼自身もその経験について次のように語っていました。
何がよくて何が悪いか、なぜ自分は音楽家 になったか、他の人間を指揮するという課題は何を伴っているかということについて考える時間があったのである。 結局私は、これまでよりもいや増して真剣に、いっそうの責任感をもって自分の職業と使命とを把握しなければなら ないということを悟った。


一般的によく言われるのは、それまでの即物的な精緻さに重点を置いた音楽から、より主情的でスケールの大きな音楽に変わったということです。
確かに、そういう指摘は誤りではないと思うのですが、じっくりと彼の録音を聞き続けいると、ことはそれほど単純ではないということに気づかされます。それは、彼が白血病から一時的に寛解して音楽活動を再開した60年以降の音楽を聴いてみると、それらは確かにフリッチャイという指揮者の主情性がためらわずに吐露されていることは間違いはないのですが、それでも決してそれまでの精緻な音楽づくりは放棄していないということです。

当時は即物主義が全盛の時代でしたから、若手の指揮者だった時代は売れる、売れないという問題からは避けて通れなかったでしょう。しかし、一度生き死にの問題に直面してみればそんなことはどうでもよくなったのでしょう。
であったとしても、それでも彼の音楽は恣意的なデフォルメは決して良しとせず、音楽が持っている構造のようなものを精緻に描き出すことは彼の本質でもあったはずです。
ただし、白血病によって死線をさまよった経験は彼をそう言う世俗的な事柄から自由にしたことは間違いありません。

その意味では、彼の協奏曲の伴奏は興味を惹かれます。
特に面白いと思うのは、60年以降に録音されたブラームスのダブルコンチェルト、ベートーベンのトリプルコンチェルトなどです。
ベートーベンのトリプルコンチェルトといえば、真っ先にカラヤンがリヒテル、オイストラフ、ロストロポーヴィッチと録音した一枚を思い出します。あのレコードのジャケットにはその4人が和やかにそろって写っているのですが、あれはよく「奇跡の一枚」と呼ばれています。そう呼ばれるほどに録音の時は4人の関係は険悪だったことは有名な話です。
協奏曲なんてのはソリストが一人でも指揮者にとっては厄介ななのに、それが二人も三人もいれば指揮者の苦労は並大抵ではありません。
ところが、白血病からの一時的な寛解で体調が回復した後に、フリッチャイはこの厄介な二つの協奏曲を録音しているのです。それ以外にも、バルトークの協奏曲も全3曲を録音しています。

このバルトークの時に組んだ相手がゲザ・アンダなのですが、彼とはブラームスの第2番の協奏曲も録音しています。これもまた、指揮者にとっては骨の折れる仕事です。
ちなみに、ベートーベンのトリプルではヴォルフガング・シュナイダーハンとピエール・フルニエ、ブラームスのダブルではフルニエの代わりにヤーノシュ・シュタルケルを起用しています。
おそらく、気の合う相手とじっくりディスカッションをして、お互いがともに納得のいくような音楽づくりをしたのでしょう。

それらの一連の協奏曲ではソリストの持ち味が十全に引き出され、オケもまた音楽の重要な一部としてその存在を示しています。

ついでに、白血病前の録音としてはアニー・フィッシャーとのベートーベンの3番があります。これなどは、完璧主義者のフィッシャーに対してよく献身していると思われる演奏です。
協奏曲の伴奏といえば基本的にはわき役なのですが、こうしてあれこれ聞いてみると、そこにはフリッチャイという指揮者の一つの素顔が刻み込まれtりうように思えてきます。

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