ヘンデル:合奏協奏曲第10番 ニ短調 作品6の10
ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮 ベルリンフィル 1949年12月19日録音
Handel:Concerto Grosso in D Minor, Op. 6, No. 10, HWV 328 [1.Overture - Allegro ]
Handel:Concerto Grosso in D Minor, Op. 6, No. 10, HWV 328 [2.Aria]
Handel:Concerto Grosso in D Minor, Op. 6, No. 10, HWV 328 [3.Allegro]
Handel:Concerto Grosso in D Minor, Op. 6, No. 10, HWV 328 [4.Allegro]
Handel:Concerto Grosso in D Minor, Op. 6, No. 10, HWV 328 [5.Allegro Moderato]
多様性に溢れた合奏協奏曲

合奏協奏曲に関しては
コレッリの項で少しふれました。
「合奏協奏曲」とは、独奏楽器群(コンチェルティーノ)とオーケストラの総奏(リピエーノ)に分かれ、2群が交代しながら演奏する音楽形式です。コレッリの「合奏協奏曲」は弦楽アンサンブルで演奏されるのですが、その後ヘンデルの時代になると「リピエーノ」に管楽器が導入されることでより華やかさを増していきます。」
そのヘンデルは、この形式で30曲程度の作品を残しているのですが、最も有名なのは作品番号6の12曲です。
と言うか、一般的に「合奏協奏曲」と言えばこの12曲を思いおこすのが普通です。
ちなみに、自分の創作活動を跡づけるものとして作品番号を与えるのは芸術家としての意識が高まるロマン派以降の習慣で、それ以前の時代では出版された順番を示すことが多かったようです。
パガニーニの「24の奇想曲」に「作品番号1」とついているの等はその典型でしょう。
ヘンデルと言えばオラトリオとオペラに創作活動の大部分を注いだ音楽家でしたから、「作品番号6」の器楽曲というとなんだか若書きの作品のような気がするのですが決してそんな事はありません。
この12曲からなる「作品番号6」の合奏協奏曲はヘンデル57歳の頃に作曲されていて、この3年後には「メサイア」が生み出されるのですから、まさにヘンデルの絶頂期に生み出された器楽の傑作と言えます。
この合奏協奏曲は、正式名称が「ヴァイオリンその他の7声部のための12の大協奏曲」となっています。
ここでの「大協奏曲(Grand Concerto)」というのが「合奏協奏曲」のことです。そして、7声部というのは独奏部に第1と第2のヴァイオリンとチェロ、合奏部には第1と第2のヴァイオリンとヴィオラ、さらに通奏低音用のチェンバロから成り立っていることを示しています。楽器編成という点ではかなり小規模な音楽です。
しかし、この「合奏協奏曲集」で驚かされるのは、数あわせのために同工異曲の音楽を12曲揃えたのではなく、その一つ一つが全て独自性を持った音楽であり、一つとして同じようなものはないという点です。
さらに驚くのは、その様な多様性を持った12曲の音楽をわずか1ヶ月程度で(1739年9月29日~10月30日)書き上げているのです。ヘンデルの速筆は夙に有名なのですが、この12曲をこんな短期間で書き上げたエネルギーと才能には驚かされます。
同じバロックの時代にこの作品群と対峙できるのはバッハのブランデンブルグ協奏曲くらいでしょう。そして、この二つを較べれば、バッハとヘンデルの気質の違いがはっきりと見えてきます。
ヘンデルの合奏協奏曲は7声部のためとなっているのですが、幾つかの楽器が同じ声部を演奏するのでそれよりも少ないラインで音楽が構成されていることが少なくありません。それでも、ヘンデルもまたバロックの音楽家なのでそれらの声部をポリフォニックに扱っているのですが、その扱いはバッハと較べればはるかに自由で簡素です。
実際に音楽を聴けばホモフォニックに響く場面も少なくありません。
また、フーガにしてもバッハのような厳格さよりは音楽の勢いを重視して自由さが特徴です。
バッハが厳格で構成的だとすれば、ヘンデルの音楽は明らかに色彩豊かで流動的です。
そんなヘンデルに音楽の「母」をみたのは実に納得のいく話です。
第10番 ニ短調 作品6の10
これも全12曲ある中では有名どころに入る作品です。
冒頭の2楽章はいつものようにフランス風の序曲であり、第2楽章はかなり自由なフーガ形式になっています。そして、それに続く「レント」はいわゆる「アリア」であり、歌うようなメロディが心にしみ入る音楽となっています。この作品が有名になっている背景にはこの楽章が大きく貢献していることは間違いありません。
続く二つの楽章はともにアレグロであり、各声部はポリフォニックに処理され、前奏と独奏が巧みにダイナミクスを交替させていきます。それに対して最終楽章はホモフォニックな音楽となっているのが特徴です。
- 第1楽章:速度表示無し(一般的にはグラーヴェ)
- 第2楽章:アレグロ
- 第3楽章:レント
- 第4楽章:アレグロ
- 第5楽章:アレグロ
- 第6楽章:アレグロ・モデラート
ある種の英雄的な偉大さにまで高められている
何ともはや、凄まじいヘンデルです。
おそらく、この作品のことを全く知らない人が何も教えられずにこの演奏を聞けば、とてもじゃないがバロックの作品だとは夢にも思わないでしょう。そして、「後期ロマン派の作品ですよね」なんて言われれば、そのまま納得してしまうことでしょう。
とにかく、低声部の分厚い響かせ方が半端でありません。それなりの再生システムで聞けば、その低音の轟きはお腹にまで響いてくるはずです。
そう言えば、マタチッチのヴィヴァルディのを「モンスター級のバロック演奏」と紹介したことがあるのですが、これはそれをも上回るとんでもない演奏です。
やはりフルトヴェングラーというのは常人には想像もつかない巨大な存在だったようです。
そして、そうやって振り返ってみれば、新しくパブリック・ドメインとなる録音を紹介することに忙しくて、彼がその生涯に残した膨大な数の録音がほとんど紹介できていないことに気づきました。
やはり、この20世紀の偉大なる巨人の足跡はもう少し詳しく辿ってみなければ行けないようです。
それから、最後に、確かにこの演奏は今の耳からすれば驚きの演奏ではあるのですが、その反面、ヘンデルの音楽の中でともすれば見逃されがちな側面にフルトヴェングラーはしっかりと光を当てていることを見逃してはいけないことにも気づかされました。
ヘンデルと言えばどうしてもバッハと対比されることが多くて、その比較の中で過小に評価される向きあることは否定できません。
バッハの音楽は基本的にポリフォニックな音楽であって、それは常にある種の高貴さと峻厳さを失うことはありませんでした。
それと比べれば、ヘンデルの作品は美しい旋律が横に流れていくことに主眼が置かれていて、さらに作品のサイズもバッハと較べれば小ぶりなものが多いのが特徴です。そして、その特徴は彼がイギリスという、いち早く市民革命を終えて、その中で成長してきた市民階級を聴衆として意識していたことの裏返しでもありました。
バッハのような音楽はすぐれた音楽的教養を持った貴族階級には受け入れられても、その様な教養を持たない市民階級にとっては難しい音楽として聞こえてしまうのです。バッハが18世紀から19世紀にかけて「忘れ」られてしまったのはその様な背景が大きな要因となっていたことは間違いありません。
ですから、ヘンデルがイギリスで活躍して名声を獲得していくための競争相手は常にイタリアの音楽家達でした。
とりわけ、オペラの世界では彼らは火花を散らすような争いを繰り広げ、最終的にはヘンデルは様々な苦渋を味わいながらも勝利をおさめるのですが、その様な勝利を得ることが出来た背景には、イタリアの音楽家達が持っていない資質をヘンデルが持っていたからです。
その資質とは、彼のどんな小さな小品であっても貫かれていることですが、それは旋律の美しさだけでなく、その旋律にはある種の雄々しさ、勇壮さが失わないことです。
彼の音楽は、確かに美しい旋律がふんだんに盛り込まれているのですが。それでもその音楽の背骨は常にしゃんと姿勢を正しているのです。
そして、それはイタリアの音楽家達は持ち得ない性質のものであったが故に、ヘンデルは彼らを凌駕することが出来たのでした。
このフルトヴェングラーの演奏では、その雄々しさが彼ならではの解釈によってしっかりと光が当てられていて、さらにはその「雄々しさ」はある種の「英雄的な偉大さ」にまで高められて表現されているのです。
それ故に、ピリオド演奏の側からどれほどの批判を浴びようと、この演奏の持っている価値が失われることはないのです。そして、ヘンデルの音楽からその様な雄々しさを表現できなければ、いかに「正しい」スタイルで演奏しても、それは本質的にはヘンデルではないと言うことも肝に銘じておくべきなのでしょう。
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