モーツァルト:ピアノ協奏曲第26番 ニ長調 「戴冠式」 K.537
(ピアノと指揮)ゲザ・アンダ:ザルツブルク・モーツァルテウム・カメラータ・アカデミカ 1965年5月録音
Piano Concerto No.26 in D major, K.537 Coronation [1.Allegro]
Piano Concerto No.26 in D major, K.537 Coronation [2.(Larghetto)]
Piano Concerto No.26 in D major, K.537 Coronation [3.(Allegretto)]
最後に残された孤独な2作品

モーツァルトの最後に残した2つのピアノ・コンチェルトはどのグループにも属さない孤独な音楽です。
- 第26番 k.537:1788年2月24日完成
- 第27番 K.595:1791年1月5日完成
この時代のモーツァルトは演奏会を行っても客が集まらず困窮の度合いを深めていくと言われてきました。
しかし、これもまた最近の研究によると少しばかり事情が異なることが分かってきました。
たとえば、有名な39番~41番の3大交響曲も従来は演奏される当てもなく作曲されたと言われてきましたが、現在でははっきりとした資料は残っていないものの、何らかの形で演奏されたのではないかと言われています。
確かに、予約演奏会という形ではその名簿に名前を連ねてくれる人はいなくなったのですが、当時の演奏会記録を丹念に調べてみると、依然としてウィーンにおけるモーツァルトの人気は高かったことが伺えます。ですから、人気が絶頂にあった時代と比べれば収入は落ち込んだでしょうが、世間一般の常識とくべれば十分すぎるほどの収入があったことが最近になって分かってきました。
この時代にモーツァルトはフリーメイソンの盟友であるプフベルグ宛に泣きたくなるような借金の依頼を繰り返していますが、それは従来言われたような困窮の反映ではなく、生活のレベルを落とすことのできないモーツァルト一家の支出の多さの反映と見るべきもののようです。
ですから、26番の「戴冠式」と題された協奏曲もウィーンでだめならフランクフルトで一旗揚げてやろうという山っ気たっぷりの作品と見るべきもののようです。
ですから、借金をしてまでフランクフルトで演奏会をおこなったのは悲壮な決意で乗り込んだと言うよりは、もう少し脂ぎった思惑があったと見る方が現実に近いのかもしれません。そして、己の将来を切り開くべく繰り出した作品なのですから、モーツァルトとしてもそれなりに自信のあった作品だと見ていいでしょう。
ここでは、一度開ききった断絶が再び閉じようとしているように見えます。
しかし、残念ながらこの演奏会はモーツァルトが期待したような結果をもたらしてくれませんでした。
そして、人気ピアニストとしてのモーツァルトの活動はこれを持って事実上終わりを告げます。
ロマン派の音楽家ならば演奏されるあてがなくても己の感興の赴くままに作曲はするでしょうが、モーツァルトの場合はピアニストとしての活動が終わりを告げれば協奏曲が創作されなくなるのは理の当然です。
ですから、この後にモーツァルトは再び交響曲に戻っていくことになり最後の3大交響曲を残すことになるわけです。
そんなモーツァルトが死の1年前の1791年に突然一つのピアノ協奏曲を残します。
K.595の変ロ長調の協奏曲です。
作品はその年の1月に完成され、3月4日のクラリネット奏者ヨーゼフ・ベーアが主催する演奏会で演奏されました。そして、それがコンサートピアニストとしての最後の舞台となりました。
アインシュタインはこの作品について
「この曲は・・・永遠への戸口に立っている。」
「彼がその最後の言葉を述べたのはレクイエムにおいてではなく、この作品においてである。」
と述べています。
しかし、これもまた最近の研究により、この作品の素材が1778年頃にほとんどできあがっていたことを示唆するようになり、アインシュタインの言葉はその根拠を失おうとしています。
実際、この時代のモーツァルトは交響曲作家としてイギリスに渡る道があったにもかかわらずそれを断り、ドイツ語によるドイツオペラの創作という夢に向かって進み始めていたのです。ですから、アインシュタインのようなモーツァルト理解は幾分かは19世紀的バイアスがかかったものとしてみておく必要があるようです。
ただし、コンサートピアニストとしての活動が終わったことは自覚していたでしょうから、その意味ではこれは「訣別」の曲と言っても間違いないのかもしれません。
真正なる「田舎くささ」の魅力が溢れています
アンダは1961年から68年にかけて「ザルツブルク・モーツァルテウム・アカデミカ」と言うオケを使ってモーツァルトのピアノ協奏曲を全曲録音しています。「ザルツブルク・モーツァルテウム・アカデミカ」はモーツァルテウム音楽院の教授と彼らの教え子である優秀な学生によって構成された室内楽オケであり、シャンドル・ヴェーグの時代に黄金期を迎えたことはよく知られています。
アンダはこの手頃なオケを使って弾き振りで全集を完成させています。
演奏の完成度ではその他の「名盤」と呼ばれる録音と較べればかなり大らかです。ひと言で言えば「田舎くさい」のです。
しかし、世の中が「グローバル・スタンダード」という訳の分からぬ言葉で埋め尽くされ、その片方で「地方の時代」だという胡散臭いアジテーションが跋扈する社会から眺めてみれば、この真正なる「田舎くささ」はとても魅力的に映ります。
そして、その田舎くさい自由と明朗さは、グローバル企業で働くエリートビジネスマン的な価値観に対する最も有効なカウンターパンチであることに気づかされます。
ここでのアンダはとっても自由です。
オケの長い提示部を経て、ピアノが千両役者ととして登場してくるような場面では嬉しさが抑えきれないようにテンポが走り出していきます。
逆に、歌いたいところに来るとグッとテンポを抑えて思う存分に歌い上げています。聞きようによってはコブシがまわっているかと思うほどの感情移入であり、まるでド演歌版のモーツァルトに聞こえるほどです。
そこにあるのは、モーツァルトの音楽に内包されている人間の率直な感情の表出であり、一分の隙もないエリートビジネスマン的な完璧さとはほど遠いところで音楽は成り立っています。
おそらく、この背景には「ザルツブルク・モーツァルテウム・アカデミカ」という極めて親密な関係で結ばれたオーケストラを弾き振りで演奏していることが大きく寄与しているのでしょう。
弾き振りというのは下手をすると「オーケストラ伴奏つきのピアノ曲」になってしまう危険性をはらんでいます。
ソリストがピアノに集中するのは当然なのですが、その集中が深くなればなるほどオーケストラのコントロールがおろそかになるからです。
しかし、ここでのオーケストラはその親密さのゆえに、まるで一つの有機体のように振る舞っています。その結果として、このコンチェルトはピアノとヴァイオリンによる「ヴァイオリン・ソナタ」のように、ピアノとオーケストラという楽器による「オーケストラ・ソナタ」のような自由を獲得しているのです。
そして、もう少し注してこの一連の録音を聞き直してみて気づいたのが、音楽の背景のあちこちにかすかにハミングする(おそらくアンダ)の歌声です。
これは、再生システムにそれなりの解像度がなければなかなか気づきにくいかもしれませんが、色々な場面でこの歌声が聞こえてきます。
と言うことは、この録音はかなりの部分が一発録りに近い形で録音された可能性が高くて、さらに言えば指揮者兼ピアニストとオーケストラがかなりいい感じで演奏できていたことを窺わせます。
ただし、その事は裏を返せば、それほどの緊張感もなくて、お互いが予定調和的に「楽しく」演奏してしまっているとも言えますし、結果としてはそれを「大雑把」ととるか「骨太」ととるかは聞き手の好みにもよると言わざるを得ない演奏になっていることも事実です。
しかし、基本的にはこういう演奏を「大雑把」ととらえて切り捨てていた自分が、久しぶりに聴き直してみて心動かされてしまったという事実にいささか驚かされてしまいました。
確かに、年をとると不思議なことがたくさん起こります。
なお、最後に余談になりますが、「ザルツブルク・モーツァルテウム・アカデミカ」の母体となっているモーツァルテウム音楽院の源流を遡れば、その創設にモーツァルトの妻でもあったコンスタンツェも関わっていたという「由緒正しい」出自を持ってるとのことです。
そう思えば、時に力不足を感じさせる部分もあるオケなのですが、それでも、彼らの音楽には「我らのモーツァルト」に対する確信と愛情と尊敬が満ちあふれています。
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