モーツァルト:ピアノ協奏曲第20番 ニ短調 K.466
パブロ・カザルス指揮 (P)イヴォンヌ・ルフェビュール ペルピニャン祝祭管弦楽団 1951年7月17日録音
Mozart:Piano Concerto No.20 in D minor, K.466 [1.Allegro]
Mozart:Piano Concerto No.20 in D minor, K.466 [2.Romance]
Mozart:Piano Concerto No.20 in D minor, K.466 [3.Allegro assai]
こににも一つの断層が口を開けています。
この前作である第19番のコンチェルトと比べると、この両者の間には「断層」とよぶしかないほどの距離を感じます。ところがこの両者は、創作時期においてわずか2ヶ月ほどしか隔たっていません。
モーツァルトにとってピアノ協奏曲は貴重な商売道具でした。
特にザルツブルグの大司教との確執からウィーンに飛び出してからは、お金持ちを相手にした「予約演奏会」は貴重な財源でした。当時の音楽会は何よりも個人の名人芸を楽しむものでしたから、オペラのアリアやピアノコンチェルトこそが花形であり、かつての神童モーツァルトのピアノ演奏は最大の売り物でした。
1781年にザルツブルグを飛び出したモーツァルトはピアノ教師として生計を維持しながら、続く82年から演奏家として活発な演奏会をこなしていきます。そして演奏会のたびに目玉となる新曲のコンチェルトを作曲しました。
それが、ケッヘル番号で言うと、K413?K459に至る9曲のコンチェルトです。それらは、当時の聴衆の好みを反映したもので、明るく、口当たりのよい作品ですが、今日では「深みに欠ける」と評されるものです。
ところが、このK466のニ短調のコンチェルトは、そういう一連の作品とは全く様相を異にしています。
弦のシンコペーションにのって低声部が重々しく歌い出すオープニングは、まさにあの暗鬱なオペラ「ドン・ジョヴァンニ」の世界を連想させます。そこには愛想の良い微笑みも、口当たりのよいメロディもありません。
それは、ピアノ協奏曲というジャンルが、ピアノニストの名人芸を披露するだけの「なぐさみ」ものから、作曲家の全人格を表現する「芸術作品」へと飛躍した瞬間でした。
それ以後にモーツァルトが生み出さしたコンチェルトは、どれもが素晴らしい第1楽章と、歌心に満ちあふれた第2楽章を持つ作品ばかりであり、その流れはベートーベンへと受け継がれて、それ以後のコンサートプログラムの中核をなすジャンルとして確立されていきます。
しかし、モーツァルトはあまりにも時代を飛び越えすぎたようで、その様な作品を当時の聴衆は受け入れることができなかったようです。このような「重すぎる」ピアノコンチェルトは奇異な音楽としかうつらず、予約演奏会の聴衆は激減し、1788年には、ヴァン・シュヴィーテン男爵ただ一人が予約に応じてくれるという凋落ぶりでした。
早く生まれすぎたものの悲劇がここにも顔を覗かせています。
カザルスの歌うモーツァルト
指揮者カザルスの美質は何だろうと考えたときに、真っ先に思い浮かぶのは「歌う」事でしょう。ただし、その「歌」は流麗に流れていく心地よさとは無縁で、どこかその「歌」に命かけていますみたいな、そこに全体重がかかっているような「歌」なのです。
そう言えば、カザルスは何でもない「経過句」のようなワンセンテンスであっても、それを歌うことをオケに要求したと伝えられています。
カザルスにとって音楽に「経過句」なんてものは存在しなかったのです。
ですから、とりわけ彼の手になるモーツァルトは、ロマン派が好んだモーツァルトの姿を誰よりもロマン派風に描き出しているように聞こえます。
例えば、モーツァルトの青春の感傷が溢れている協奏交響曲の第2楽章なんかを聞けば、まさにカザルスとと言う巨人の全体重がかかったような歌い回しなのです。手垢にまみれたという言葉でさえも憚られるほどの「アイネ・クライ」にしても、第2楽章のロマンツェは今まで聞いたことがないような思いにとらわれます。
こういう音楽を聞いてそう言う思いにとらわれるというのは、それだけで値打ちがあります。(何だ、この指示代名詞だらけの文は^^;)
また、カザルスはプラド音楽祭では多くのピアニストとモーツァルトのコンチェルトを演奏しています。
長年の盟友でもあったホルショフスキーは言うまでもなく、ルドルフ・ゼルキン(生まれはボヘミアだが)やユージン・イストミン等のアメリカ勢、そしてイヴォンヌ・ルフェビュールやクララ・ハスキルというヨーロッパの女流ピアニスト等々です。そこでの、一番の聞き所は言うまでもなく歌う(嘆く?)第2楽章の重さでしょう。ライブ録音ですから、至るところから指揮者カザルスのうなり声は聞こえてくるは、そして、そう言うカザルスに触発されてピアノも心の底から歌っています。
もちろん、これを「重い」と思わぬわけではありませんが、ハイドンの時に感じたほどの違和感はありません。その辺りに、ハイドンとモーツァルトを分かつ何ものかがあるのかもしれません。
<追記>
「イヴォンヌ・ルフェビュール」という名前を聞いてすぐにピントくる人はほとんどいないのではないでしょうか。実は、私もそうであって「イヴォンヌ・ルフェビュール?それ誰?」どころか「Yvonne Lefebure」の読み方すら怪しいほどでした。
そこで、分からないことがあればGoogle先生に聞きなさい、と言うことで調べてみました。
「フォーレやデュカス、ラヴェルとの交流もあったフランスの往年のピアニスト、イヴォンヌ・ルフェビュールは、1898年6月29日にパリ近郊のエルモンに誕生。パリ音楽院でコルトーらにピアノを、ヴィドールに対位法を師事したルフェビュールは、12歳でコンサート・デビューするなど早くから才能を示し、マルケヴィチやフルトヴェングラー、メンゲルベルク、カザルスといった巨匠たちからも高く評価され、また、パリ音楽やエコール・ノルマルでは、ディヌ・リパッティ、サンソン・フランソワ、カトリーヌ・コラールなど、多くの人材を育ててもいました。」
何と、弟子に「リパッティ」や「フランソワ」がいたというのですから吃驚です。さらに「マルケヴィチ」や「カザルス」からも高く評価されたというのですからただ者ではありません。
その、音楽はいかにもフランス人らしく明晰そのもので、その特徴はこのデモーニッシュなモーツァルト作品でも変わることはありません。
よくぞ、この組み合わせでの録音が残ってくれたものだと神に感謝あるのみです。
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