クラシック音楽へのおさそい~Blue Sky Label~

チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1番 変ロ短調 作品23

(P)ヴァン・クライバーン:キリル・コンドラシン指揮 RCA交響楽団 1958年5月30日録音





Tchaikovsky:ピアノ協奏曲第1番 変ロ短調 作品23 「第1楽章」

Tchaikovsky:ピアノ協奏曲第1番 変ロ短調 作品23 「第2楽章」

Tchaikovsky:ピアノ協奏曲第1番 変ロ短調 作品23 「第3楽章」


ピアノ協奏曲の代名詞

ピアノ協奏曲の代名詞とも言える作品です。
おそらく、クラシック音楽などには全く興味のない人でもこの冒頭のメロディは知っているでしょう。普通の人が「ピアノ協奏曲」と聞いてイメージするのは、おそらくはこのチャイコフスキーかグリーグ、そしてベートーベンの皇帝あたりでしょうか。

それほどの有名曲でありながら、その生い立ちはよく知られているように不幸なものでした。

1874年、チャイコフスキーが自信を持って書き上げたこの作品をモスクワ音楽院初代校長であり、偉大なピアニストでもあったニコライ・ルービンシュタインに捧げようとしました。
ところがルービンシュタインは、「まったく無価値で、訂正不可能なほど拙劣な作品」と評価されてしまいます。深く尊敬していた先輩からの言葉だっただけに、この出来事はチャイコフスキーの心を深く傷つけました。

ヴァイオリン協奏曲と言い、このピアノ協奏曲と言い、実に不幸な作品です。

しかし、彼はこの作品をドイツの名指揮者ハンス・フォン・ビューローに捧げることを決心します。ビューローもこの曲を高く評価し、1875年10月にボストンで初演を行い大成功をおさめます。
この大成功の模様は電報ですぐさまチャイコフキーに伝えられ、それをきっかけとしてロシアでも急速に普及していきました。

第1楽章冒頭の長大な序奏部分が有名ですが、ロシア的叙情に溢れた第2楽章、激しい力感に溢れたロンド形式の第3楽章と聴き所満載の作品です。

ある種の痛ましさを感じる演奏


辻井伸行氏が「ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクール」で優勝して一躍時の人になってから、あっという間に1年が経ってしまいました。あの頃は、「クライバーンの録音をアップしてください」などというメールをたくさんいただいたものですが、基本的にへそが曲がっているユング君は意地でもアップするのものかと嘯きながら、さらには嫌われることを承知のうえで、ブログの方にこんな事を書いたりしていました。

「マスコミはクライバーンのことを世界的ピアニストなどと言っていますが、それは大間違い!!
確かに、彼は若くしてチャイコフスキーコンクールに優勝して一躍スターに祭りあげられました。しかし、悲しいかな、その後はタレントのごとく引き回されてあっという間に才能をすり減らされ、その後は引退同然になってしまった人です。

* ラルフ・ヴォダペク(1962)
* ラドゥ・ルプー(1966)
* クリスティーナ・オルティーズ(1969)
* ウラディミール・ヴィアルド(1973)
* スティーヴン・デ・ グローテ(1977)
* アンドレ=ミシェル・シューブ(1981)
* ホセ・フェガーリ(1985)
* アレクセイ・スルタノフ(1989)
* シモーネ・ペドローニ(1993)
* ジョン・ナカマツ(1997)
* スタニスラフ・ユデニチ、オルガ・ケルン(2001)
* アレクサンダー・コブリン(2005)
* 辻井伸行、チャン・ハオチェン(2009)

これが、このコンクールの優勝者です。

私の不勉強かもしれませんが、この中で知っているのは66年優勝のルプーだけです。
これで、世界一のコンクールと報道するのはちょっと苦しいです。

おまけに、そのルプーの経歴を調べてみると、彼はこのクライバーンのコンクールを登竜門として世界的ピアニストとして羽ばたいていったのではないことが分かります。
彼はクライバーンコンクールにに優勝したあと、なんと、もう一度音楽院に戻って勉強し直しているのです。
そして、67年のエネスコ国際コンクール、69年のリーズ国際ピアノ・コンクールに優勝することで自信を深めて演奏活動を再開し、同年の11月にロンドン・デビューを成功させ国際的な演奏活動を始めるようになったのです。」

これくらいのことは、調べる気になれば5分もあれば十分だと思うのですが、それでもマスコミは「世界的ピアニスト、クライバーン」「世界一のコンクール」と連日のようにかき立てていました。

でもまあ、騒ぎも一段落したことなので、そろそろ「世界的ピアニスト」であるクライバーンの録音を取り上げてもいい頃でしょう。

1958年に、ソ連が国の威信をかけてかけて開催した「チャイコフスキー国際コンクール」で、大方の予想を覆して無名のアメリカの若者が優勝をかっさらったことは、当時のアメリカ国民を驚喜させました。
そして、一躍時の人となったクライバーンを待ち受けていたのが、「アイゼンハワー大統領による空港での出迎え」「ホワイトハウスでの祝賀パーティ」「カーネギーホールでの凱旋コンサート」そして「紙吹雪が舞う中での5番街のパレード」でした。
そして、そんな合間をぬって企画されたのがチャイコフスキーとラフマニノフの録音でした。

正直言って、これらの録音を聞くと、ある種の痛ましさを感じてしまいます。
ここからは、音楽には絶対に必要な自由で伸びやかな喜びみたいなものがどこからも伝わってきません。それどころか、必死の形相で、それこそ切羽詰まった焦燥感のようなものにあおり立てられながら演奏しているクライバーン姿が浮かんでくるのです
おそらく、クライバーンは自分の目の前で演じられた信じがたいほどの「歓迎行事」を通して己に向けられたアメリカ国民の「期待」を感じ取ったはずです。そして、この手の「期待」はそれを背負うものにとっては簡単に「恐怖」に転化します。

ああ、彼はいったいどのような思いでこの録音に臨んだのでしょう。絶対に失敗できないと思えば指は硬直するでしょうし、それを振り切ろうとすれば逆に力みかえってしまうはずです。
この大騒ぎが一段落した61年に、ライナー&シカゴ響のバックアップで録音したラフマニノフの2番が実に細やかなニュアンスに富んだ名演になっているのを聞くと、この時の彼の「恐怖」がいかばかりものだったのかと同情してしまいます。
そして、この時期の彼の録音を聞くと、世間(マスコミを除く)で言われるほどの「能なし」ピアニストではなかったことも分かります。このチャイコフスキーとラフマニノフの録音も、そう言う「悪条件」の中での録音だと考えれば「健闘」の部類にはいると言えるかもしれません。

それだけに、マスコミに引き回されてこの後のキャリアを台無しにしてしまったことは残念だったと言わざるを得ません。

よせられたコメント

2010-10-24:La traviata


2020-08-07:toshi


【リスニングルームの更新履歴】

【最近の更新(10件)】



[2026-06-21]

アイルランド民謡「ミンストレル・ボーイ」(Rose Plays the Minstrel Boy & Others)
(T)クリストファー・リンチ:(Cello)レナード・ローズ (Flute)ジョン・ワマー (Harp)ローラ・ニューウェル 1947年録音(Christopher Lynch:(Cello)Leonard Rose (Flute)John Wummer (Harp)Laura Newell Recorded on 1947)

[2026-06-19]

ハイドン:弦楽四重奏曲第66番 ト長調, Op.64, No.4, Hob.3:66(Haydn:String Quartet in G major, Op.64, No.4, Hob.3:66)
プロ・アルテ弦楽四重奏団:1937年11月16日録音(Pro Arte String Quartet:Recorded on November 16, 1937)

[2026-06-17]

ベートーベン:リギーニのアリエッタ「恋人よ来たれ」による24の変奏曲 WoO 65(Beethoven:24 Variations on Righini's Arietta Venni amore, WoO 65)
(P)アルフレッド・ブレンデル 1958年&1960年録音(Alfred Brendel:Recorded on 1958 & 1960)

[2026-06-15]

ボッケリーニ:チェロ・ソナタ第1番 イ長調, G.13(Boccherini:Cello Sonata No. 1 in A Major, G. 13)
(Cell)エンリコ・マイナルディ:(P)カルロ・ゼッキ 1952年録音(Enrico Mainardi:(P)Carlo Zecchi Recorded on 1952)

[2026-06-13]

ベートーベン:ピアノ三重奏曲第7番 変ロ長調 「大公」 Op.97(Beethoven:Piano Trio No.7, Op.97 in B-flat major "Archduke")
(Vn)ダヴィド・オイストラフ (P)レフ・オボーリン (Cello)スヴィヤトスラフ・クヌシェヴィツキー 1958年5月9日~10日&12日録音((Vn)David Oistrakh:(P)Lev Oborin (Cello)Sviatoslav Knushevitsky Recorded on May 9-10&12, 1958)

[2026-06-11]

フランツ・シュミット:ピアノ五重奏曲(Schmidt:Piano Quintet in G major)
バリリ四重奏団:(P)イエルク・デムス 1952年録音(Barylli Quartet:(P)Jorg Demus Recorded on 1952)

[2026-06-09]

バッハ:教会カンタータ 「死人の中より甦りしイエス・キリストを覚えよ」 BWV67(J.S.Bach:Halt im Gedachtnis Jesum Christ, BWV 67)
ギュンター・ラミン指揮 ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団 トーマス教会少年合唱団 他 1954年2月26日録音(Gunther Ramin:Gewandhausorchester Leipzig Thomanerchor Leipzig (Org)Hannes Kastner (A)Gertrud Wagner (T)Gert Lutze (Bass)BJohannes Oettel Recorded on February 26, 1954)

[2026-06-07]

エルガー:セレナーデ Op.20(Elgar:Serenade for String Orchestra in E minor, Op.20)
マルコム・サージェント指揮 フィルハーモニア管弦楽団 1959年6月6日録音(Sir Malcolm Sargent:The Philharmonia Orchestra Recorded on June 6, 1959)

[2026-06-05]

ハイドン:弦楽四重奏曲 ハ長調, Hob.III:65(Haydn:String Quartet in C major, Hob.III:651)
ウィーン・コンツェルトハウス四重奏団:1954年録音(Vienna Concert House Quartet:Recorded on 1954)

[2026-06-03]

バッハ:教会カンタータ 「人々シバよりみな来たりて」 BWV65(J.S.Bach:ie werden aus Saba alle kommen, BWV 65)
ギュンター・ラミン指揮 ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団 トーマス教会少年合唱団 (T)Gert Lutze (Bass)BJohannes Oettel 1952年1月11日録音(Gunther Ramin:Gewandhausorchester Leipzig Thomanerchor Leipzig (T)Gert Lutze (Bass)BJohannes Oettel Recorded on January 11, 1952)

?>