モーツァルト:セレナード第10番 変ロ長調「グラン・パルティータ」, K.361
オットー・クレンペラー指揮 ロンドン管楽五重奏団&合奏団 1963年11月26日&12月10日~13日録音
Mozart;Serenade in B-flat major "Gran Partita", K.361/370a [1.Largo. Molto Allegro]
Mozart;Serenade in B-flat major "Gran Partita", K.361/370a [2.Menuetto]
Mozart;Serenade in B-flat major "Gran Partita", K.361/370a [3.Adagio]
Mozart;Serenade in B-flat major "Gran Partita", K.361/370a [4.Menuetto. Allegretto]
Mozart;Serenade in B-flat major "Gran Partita", K.361/370a [5.Romance. Adagio]
Mozart;Serenade in B-flat major "Gran Partita", K.361/370a [6.Tema con variazioni]
Mozart;Serenade in B-flat major "Gran Partita", K.361/370a [7.Finale. Molto Allegro (Rondo)]
純粋の庭園音楽

ディヴェルティメントというのは18世紀に流行した音楽形式で、日本語では「嬉遊曲」と訳されていました。しかし、最近ではこの怪しげな訳語はあまり使われることがなく、そのままの「ディヴェルティメント」と表示されることが一般的なようです。
さて、このディヴェルティメントとよく似た形式としてセレナードとかカッサシオンなどがあります。
これらは全て貴族などの上流階級のための娯楽音楽として書かれたものだと言われていますが、その区分はあまり厳密ではありません。
ディヴェルティメントは屋内用の音楽で、セレナードは屋外用の音楽だったと説明していることが多いのですが、例えば有名なK.525のセレナード(アイネク)がはたして屋外での演奏を目的に作曲されたのかと聞かれればいたって疑問です。さらに、ディヴェルティメントは6楽章構成、セレナードは8楽章構成が典型的な形と書かれていることも多いのですが、これもまた例外が多すぎます。
さらに言うまでもないことですが、19世紀以降に書かれたセレナード、例えばチャイコフスキーやドヴォルザークなどの「弦楽ためのセレナード」などは、18世紀おけるセレナードとは全く違う種類の音楽になっています。
ディヴェルティメントに関しても20世紀になるとバルトークの「弦楽のためのディヴェルティメント」のような形で復活するのですが、これもまた18世紀のものとは全く異なった音楽となっています。
ですから、これらは厳密なジャンル分けを表す言葉として使われたのではなく、作曲家の雰囲気で命名されたもの・・・ぐらいに受け取っておいた方がいいようです。
実際、モーツァルトがディヴェルティメントと命名している音楽だけを概観してみても、それは同一のジャンルとしてくくることに困難を覚えるほどに多様なものとなっています。
楽章構成を見ても6楽章構成にこだわっているわけではありませんし、楽器構成を見ても管楽器だけによるもの、弦楽器だけのもの、さらには両者を必要とするものと多種多様です。作品の質においても、「卓上の音楽」にすぎないものから、アインシュタインが「音楽の形式をとった最も純粋で、明朗で、この上なく人を幸福にし、最も完成されたもの」と褒めちぎったものまで、これもまた多種多様です。
アインシュタインは、全集版において「ディヴェルティメント」という名前がつけられていると言うだけで、騎馬バレーのための音楽と繊細この上ない室内楽曲がひとまとめにされていることを強く非難しています。ですから、彼は全集版にしたがって無造作に分類するのではなく、作品を一つ一つ個別に観察し、それがどのグループに入るかを決める必要があると述べています。
新モーツァルト全集においては、アインシュタインが指摘したような「無情」さは幾分は改善されているようで、楽器構成を基本にしながら以下のような3つのカテゴリーに分類しています。
- <第1部> オーケストラのためのディヴェルティメント、カッサシオン
- <第2部> 管楽器のためのディヴェルティメント
- <第3部> 弦楽器と管楽器のためのディヴェルティメント
言うまでもなく、ここで紹介している「グランパルティータ」は「管楽器のためのディヴェルティメント」に分類されます。
K361:セレナード 第10番 変ロ長調「グランパルティータ」
この作品は、ますます険悪になるザルツブルグでの状況から抜け出そうともがいている時期に作曲されたもので、ミュンヘンで書き始められてウィーンで完成しています。この作品も注文を受けて作曲された形跡がありません。おそらくは、ザルツブルグに代わる雇い主を求めてのプレゼンテーションのような意味を持った作品作りだったと思われます。
そう言う意気込みのためか、未だかつて私たちが耳にしたことがないような多彩な響きを楽しむことができます。そして、それ以後も、これを上回るだけの響きの楽しみを私たちは持つことができていません。
難しいことは考えずに、次から次へと交錯していく響きの多様さに身をゆだねるのが一番賢い聴き方ではないでしょうか。
「作品の直接の魔力は、単なる音響そのものから発する。それはトゥティと独奏の絶え間ない交替であり、新しい組み合わせの饗宴がある。」
「モーツァルトが最初の緩徐楽章で第1ホルンと第2ホルンだけを使っていることは、彼のこの上ない芸術的叡智を証している。それは恋する若者の高鳴る胸から、憧れと嘆きと愛とが息吹のようにあえぎ出る、あの星空のもとのローミオの情景である。」
あまり微笑みを表に出さないスタイル
これもアナログレコードからの板おこしなので多少のノイズがご容赦ください。
ロンドン管楽五重奏団&合奏団というのは全く聞きなれない名前難のですが、おそらくはフィルハーモニア管の管楽器奏者からの選抜メンバーに若干の外部メンバーを加えたものではないかと推測されます。
さて、肝心の演奏の方なのですが、これは賛否が分かれそうですね。おそらく、日頃からクレンペラーを聞きなれ、彼の音楽になじんでいる人ならばクレンペラーらしい演奏だと受けいることでしょう。
いつものクレンペラーのようにゆったりとしたスケールの大きな演奏です。そして、モーツァルトであってもあまり微笑みを表に出さないぶっきらぼうなスタイルです。そして、時には意外と情感のこもった表情も見せる場面もあるので、それはそれで興味深く聞くことができるでしょう。
しかし、そうでない人々にとってはいささか退屈な演奏だと思われるかもしれません。とりわけ、もう少し小編成にして指揮者なしの演奏を聞いている人にしてみれば、もう少し自由に楽しげに演奏してくれてもいいのにと思うでしょう。
何故ならば、クレンペラーはそう言う自主性は出来る限り押さえ込んで、各楽器間のバランスをとることに力を傾注しているからです。
ただし、この作品そのものが劇場で演奏されることを前提とした作品ではなくて、いわゆる機会音楽であったと言うことを思い出してみるならば、何もそこまで襟を正してきちんと演奏する必要はないだろうと思ってしまうのです。
ただし、管楽器の響きなどは意外に木質感が前面に出てどこか古風な雰囲気が漂い、そう言う響きがオーケストラのバランスの良さのおかげで一つ一つが明確に聞こえるので、それはそれでクレンペラーの意志が奈辺にあるのかは感じ取れます。
それから、最後に一番大切なことを書き忘れていました。それは、お前はどっちなんだと言うことです。
正直に言えば、モーツァルトの演奏としてはいささか無愛想かなと思ってしまいます。
よせられたコメント
2022-05-30:toshi
- 皮肉にもクレンペラーは大病して、体がいうことを効かなくなってから音楽の作りが大きくなって情感を感じるようになりましたが、若い時の演奏は本当に情感の欠片も感じないものばかりで、聞いていて苦痛です。
クレンペラーのリハーサルの映像を見ても情感を感じるのは難しいでしょうね。本当に気難しい変人だったようです。
あの、「社会の窓」の言葉は有名ですが^^;
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