チャイコフスキー:組曲「白鳥の湖」 Op. 20a
イーゴリ・マルケヴィチ指揮:フィルハーモニア管弦楽団 1954年6月13日~15日録音
Tchaikovsky:Swan Lake Suite, Op. 20a [1.No10:Scene. Moderato]
Tchaikovsky:Swan Lake Suite, Op. 20a [2.N0.12:Scene. Allegro moderato-Moderato-Allegro vivo]
Tchaikovsky:Swan Lake Suite, Op. 20a [3.No.5:Pas de deux-(b)Andante sostenuto ]
Tchaikovsky:Swan Lake Suite, Op. 20a [4.No.5:Pas de deux-(c)Tempo di Valse]
Tchaikovsky:Swan Lake Suite, Op. 20a [5.No.5:Pas de deux-(d)Coda. Allegro molto vivace]
Tchaikovsky:Swan Lake Suite, Op. 20a [6.No.19:Pas de six-(b)Andante con moto]
Tchaikovsky:Swan Lake Suite, Op. 20a [7.No.8:Danse des coupes. Tempo di Polacca]
Tchaikovsky:Swan Lake Suite, Op. 20a [8.No.13:Danses des cygnes-(g)Coda. Allegro vivo]
初演の大失敗から復活した作品

現在ではバレエの代名詞のようになっているこの作品は、初演の時にはとんでもない大失敗で、その後チャイコフスキーがこのジャンルの作品に取りかかるのに大きな躊躇いを感じさせるほどのトラウマを与えました。
今となっては、その原因に凡庸な指揮者と振り付け師、さらには全盛期を過ぎたプリマ、貧弱きわまる舞台装置などにその原因が求められていますが、作曲者は自らの才能の無さに原因を帰して完全に落ち込んでしまったのです。
今から見れば「なぜに?」と思うのですが、当時のバレエというものはそういうものだったらしいのです。
とにかく大切なのはプリマであり、そのプリマに振り付ける振り付け師が一番偉くて、音楽は「伴奏」の域を出るものではなかったのです。ですから、伴奏音楽の作曲家風情が失敗の原因を踊り手や振り付け師に押しつけるなどと言うことは想像もできなかったのでしょう。
初演の大失敗の後にも、プリマや振り付け師を変更して何度か公演されたようなのですが、結果は芳しくなくて、さらには舞台装置も破損したことがきっかけになって完全にお蔵入りとなってしまいました。
ところが、作曲者の死によって作品の封印が解かれた事によってそんな状況が一変したのは皮肉としかいいようがありません。
「白鳥の湖」を再発見したのは、「眠れる森の美女」や「くるみ割り人形」の振り付けを行ったプティパでした。(くるみ割り人形では稽古に入る直前に倒れてしまいましたが)
おそらく彼は、「眠れる森の美女」や「くるみ割り人形」ですばらしい音楽を書いたチャイコフスキーなのだから、その第1作とも言うべき「白鳥の湖」も悪かろうはずがないと確信していたのでしょう。しかし、作曲自身が思い出したくもない作品だっただけに生前は話題にすることも憚られたのではないでしょうか。
ですから、プティパはチャイコフスキーが亡くなると、すぐにモスクワから埃にまみれた総譜を取り寄せて子細に検討を始めます。そして、当然のことながら、その素晴らしさを確信したプティパはチャイコフスキーの追悼公演でこの作品を取り上げることを決心します。
追悼公演では台本を一部変更したり、曲順の変更や一部削除も行った上で第2幕のみが上演されました。
結果は大好評で、さらに全幕をとおしての公演も熱狂的な喝采でむかえられて、ついに20年近い年月を経て「白鳥の湖」が復活することとなりました。
この後のことは言うまでもありません。
この作品は19世紀のロシア・バレエを代表する大傑作と言うにとどまらず、バレエ芸術というもののあり方を根底から覆すような作品になった・・・らしいのです。(バレエにはクライのであまり知ったかぶりはやめておきます。)
ただ、踊りのみが主役で、音楽はその踊りに対する伴奏にしかすぎなかった従来のバレエのあり方を変えたことだけは間違いありません。
なお、どうでもいい話ではあるのですが、私などは問題を感じないのですが、どうも世の女性達にはこの作品の「エンディング」がいたって評判が悪いようです。
実は、妻と「白鳥の湖」を見に行ったときに、彼女はこの「絶望した王子とオデットは湖に身を投げる」と言うエンディングをはじめて知って「激怒」されました。(突然、敬語・・・(^^;)
「男というのはいつもこんな身勝手な奴ばかりだ!」とその怒りはなかなか静まりませんでした。
私などはこれで身勝手だと言われれば、ワーグナーの楽劇などを見た日にはライフルでも撃ち込みたくなるのではないかと懸念してしまいます。
それでも知名度は抜群ですし、何故かそのタイトルは王子様と白鳥にされたお姫様のハッピーエンドな結末を勝手に誌想像させるのか、「白鳥の湖」の公演ともなれば女性が圧倒的に多いのです。
と言うことで、劇場側もこのストーリーは営業上まずいと思ったのでしょう。
エンディングで悪魔の呪いがとけて二人は結ばれて永遠の愛を誓ってハッピーエンドで終わる演出もメッセレル版(1937年)以降よく用いられるようになっているそうです。
この変更は物語の基本構造に関わることなので、そんなに安易に変更していいものかと思うのですが、女性達の怒りにはさからえないと言うことなのでしょう。なお、これもまた当然のことなのですが、原典版のエンディングが許せないと怒っている男性には未だ私は出会ったことがありません。(^^;
なお、チャイコフスキーはこの作品に大きなトラウマを抱えながらも、「出来が良いものと考えた曲を選んで組曲を作る」という意思を出版社のユルゲンソンに伝えて言いました。しかし、その選曲にチャイコフスキーが参加したのかは不明なようです。
しかし、チャイコフスキーが亡くなってから、ユルゲンソンはその意思をかなえるべく1900年に演奏会用組曲を出版します。
彼が選んだのは以下の通りです。
- 情景〔第2幕〕
- ワルツ〔第1幕〕
- 四羽の白鳥の踊り〔第2幕〕
- 王子とオデットのグラン・アダージョ〔第2幕〕
- ハンガリーの踊り(チャールダーシュ)〔第3幕〕
- 終曲〔第4幕〕
そして、ここに作曲家の意志が反映しているかどうかは全く持って不明なので、これには従わずに指揮者が自分なりの組曲盤を演奏することが多いのはビゼーの「カルメン組曲」の場合と同じです。
ディアギレフへのオマージュ
マルケヴィッチを見いだしたのは世界的な興行師だったディアギレフでした。二人の出会いは1928年の事で、その年の夏にたまたまディアギレフの秘書がマルケヴィッチの母と知合いになり、彼女の息子が若い頃のレオニード・マシーン(ロシア・バレエ団中期のダンサー兼振付師)とそっくりなことに驚いたのがきっかけでした。
それを聞いたディアギレフはパリでこの少年と出会い、その音楽的天分にすっかり惚れ込んでしまい、さらには「同性愛者」でもあったディアギレフはマルケヴィッチその人にも惚れ込んでしまうのです。
マルケヴィッチ自身は「同性愛者」ではなかったようですが、後に「彼は私に世界全体をくれようとした。彼の寛大さは限度を知らなかった。ディアギレフは倒錯者ではなかった。むしろ感情を重んじる人物だった。たしかに彼の愛情には肉欲的な側面があったけれども、たぶんそれは彼にとって必要悪だったのだろう。」と言っているように、父性愛的な感情を持ってディアギレフと接していたようです。
そして、マルケヴィッチは彼の支援を得て作曲家として才能を伸ばし、その後は指揮者として世界的な名声を獲得していく礎を築いてくれたのでした。
ですから、1954年にディアギレフの没後25年を記念して「ディアギレフへのオマージュ」というアルバムをEMIが制作しようとしたときに、指揮者としてマルケヴィッチが起用されたのは当然のことでした。
このアルバムの制作を提案したのは、当時米EMI社長だったダリオ・ソリアの夫人ドール・ソリアでした。そのためかEMIとしても思いっきり気合いを入れて、異例ともいえるほどの豪華なアルバムに仕上げています。
なにしろそのアルバムのライナーノートは36ページに及ぶ豪華冊子であり、指揮者マルケヴィッチだけでなく、ロシア・バレエ団の舞台写真や衣裳デザイン画、関係者のポートレート等を多数掲載されていました。
このアルバムに収録された作品は以下の通りであり、演奏は全てマルケヴィッチ指揮によるフィルハーモニア管でした。
- サティ:「パラード」
- ウェーバー:「舞踏への勧誘(ベルリオーズ編、バレエとしては「薔薇の精」というタイトル)」
- ドビュッシー:「牧神の午後への前奏曲」
- ラヴェル:「ダフニスとクロエ」第2組曲
- チャイコフスキー:「白鳥の湖」組曲
- ショパン:「レ・シルフィード」よりマズルカ(ダグラス編)
- スカルラッティ:「上機嫌な貴婦人(トマシーニ編)」
- ファリャ:「三角帽子」より「粉屋の踊り「隣人の踊り」「最後の踊り」
- プロコフィエフ:「鋼鉄の歩み」
- リャードフ:「キキモラ」
- ストラヴィンスキー:「ペトルーシュカ」より3つの踊り
そして、おそらくこの時代こそがフィルハーモニア管の全盛期だったでしょう。それは、1952年にフルトヴェングラーが録音した「トリスタンとイゾルデ」を聞けば誰もが納得することでしょう。
録音という行為にどうしても信頼感がもてなかったフルトヴェングラーも、このトリスタンの録音によってその可能性に確信を持ったとも言われています。実際、フルトヴェングラーは自らの録音の中ではこれを「ベスト」だと言い切っています。
その信頼を勝ち得た要因の大きな部分をフィルハーモニア管の機能がになっていたことは疑いがないのです。
それ故に、このアルバムに収められた録音は全盛期にあったフィルハーモニア管と、やる気100%のマルケヴィッチの入魂の指揮によって成し遂げられた演奏となっています。
ただし、そのマルケヴィッチの方向性は何処までも明晰さを追求したものすから、その様な音楽には馴染めないという人がいてもそれは否定しません。特に、ここで紹介している「白鳥の湖」に関してはリズムの歯切れの良さに違和感を感じる日も多いかもしれません。
しかし、それであっても、これは50年代のモノラル録音の時代を代表するアルバムであったことは間違いありません。
なお、マルケヴィッチは1959年にフィルハーモニア管と「胡桃割り人形」の組曲と「ロメオとジュリエット」を録音しています。そして、何があったのは知りませんが、この録音がEMIでの最後の録音となってしまい、フォルハーモニア管との縁も切れてしまいました。
考えようによっては、例えオーケストラの機能が大きく落ちても、自らの音楽が貫けるラムルー管を選んだのかもしれません。
さらに言えば、フォルハーモニア管はクレンペラーの時代になっていささか下り気味になっていたことも一つの要因になっていたのかもしれません。そんな事を書けば、クレンペラーファンの人にはお叱りを受けるかもしれないのですが、彼は偉大な男であり、偉大な指揮者ではあったのですが、オーケストラ・トレーナーでなかったことも事実です。
さらに、59年のチャイコフスキーの「くるみ割り人形」組曲や幻想序曲「ロメオとジュリエット」を聞いていると、次第に厳しすぎるマルケヴィッチに対する反発があったのか、次第に彼の言うこともあまり聞かなくなってきている様子も感じ取れます。
そう考えれば、この異常なまでの完璧主義者の男としてはやむを得ない選択だったのかもしれません。
なお、マルケヴィッチの組曲盤は以下のような選曲と順番になっています。
- No10:Scene. Moderato]
- N0.12:Scene. Allegro moderato-Moderato-Allegro vivo]
- No.5:Pas de deux-(b)Andante sostenuto ]
- No.5:Pas de deux-(c)Tempo di Valse]
- No.5:Pas de deux-(d)Coda. Allegro molto vivace]
- No.19:Pas de six-(b)Andante con moto]
- No.8:Danse des coupes. Tempo di Polacca]
- No.13:Danses des cygnes-(g)Coda. Allegro vivo]
よせられたコメント
2020-05-02:やっぱりセルが好き!
- 演奏もですが、このレコードの魅力は何と言ってもその装丁の素晴らしさでしょう。
12インチのギャラリーでも紹介されていましたが、これと仏コンサートホールから出されたモンテカルロのディアギレフ(これまた素晴らしい装丁)の両セットを持つ事はコレクター冥利に尽きます。これまで発売されたレコードの中で最も美しいレコードと言っても過言では無いと思います。
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