バルトーク:弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽, Sz.106
フリッツ・ライナー指揮 シカゴ交響楽団 1958年12月28日~29日録音
Bartok:Music for Strings, Percussion and Celesta, Sz. 106, BB 114 [1.Andante tranquillo]
Bartok:Music for Strings, Percussion and Celesta, Sz. 106, BB 114 [2.Allegro]
Bartok:Music for Strings, Percussion and Celesta, Sz. 106, BB 114 [3.Adagio]
Bartok:Music for Strings, Percussion and Celesta, Sz. 106, BB 114 [4.Allegro molto]
最もバルトークらしい作品

「バルトークの作曲技法」という本があります。
その中で、この作品が取り上げられてフィボナッチ数列による黄金比の適用だとか、中心軸のシステムなんかについて詳細に述べられているそうです。
実際、バルトーク自身もそのようなミクロ的視点というか、手法を使ってこの作品を作曲したのでしょうから、そのような分析もまた意味のあることなのでしょうが、聞き手にとってはそのような難しいことを全く知らなくてもこの作品に通底している透明感みたいなものを感じ取ることは容易いことです。
そして、実に「厳しい」音楽でもあります。
この作品22組の弦楽器群とピアノ、さらに各種打楽器という編成です。
トラディショナルな観点から見ればかなり変則ではあるのですが、こういうのがバルトークは好きだったようです。
4楽章構成からなり、さらにこんな事は書かなくても聞けばすぐに分かるのですが、緩ー急ー緩ー急という流れになっています。
こういうシンメトリカルな構成もまたバルトークのお気に入りだったようです。(~ ~;)ウーン
さらに、これまた聞けばすぐに分かるように前半のどこかトラディショナルな世界と後半の民族色の濃い世界がこれまた際だった対比を示していて、こういうのもまたバルトークは好きだったようです。ヽ(´?`;)ウーン
ということで、その外形においても、鳴り響く音楽の質においても、まさにバルトーク的な世界が堪能できる作品になっているわけです。
ただし、この作品が書かれたのは、ハンガリーを捨ててアメリカに亡命せざるをえなくなるぎりぎりの状態で書かれたことは最後に付け加えておきましょう。
そして、弦楽四重奏曲の第6番もそうなのですが、この極限状態の中で書かれた作品には不思議な「聞きやすさ」があります。
言葉をかえれば、どこか人肌のぬくもりを感じるような部分がはっきりと表面にあらわれてきているのです。
その意味では、初めてバルトークにふれるには「管弦楽のための協奏曲」や「ピアノ協奏曲第3番」などと並んで相応しい作品の一つだといえるかもしれません。
さらに付け加えれば、その聞きやすさは、聞くに耐えないゲンダイ音楽を追い求める人たちからは「妥協」だの「後退」だのと批判されてきた経緯もあるのですが、70年以上も経過してみると、そう言う批判のいかに戯言であったかが誰の目に明らかになったといえると思います。
でも、作曲部門のコンクールなんか見ていると明らかでない人もいるなぁ・・・(~。~;)~ ほえ?
同じ民族性を持った人にしか表現できないようなものを音楽の奥底に沈めている
1955年に録音された「管弦楽のための協奏曲」と、この1958年に録音された「弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽」はバルトーク作品中でも屈指の名録音であると同時に、ライナーの数ある録音の中でも最上級の優れものです。
録音のクレジットを確認すると、1958年12月の28日から29日にかけて「弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽」ともう一曲「5つのハンガリー・スケッチ」も録音しています。
「5つのハンガリー・スケッチ」は「弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽」と較べればはるかにマイナーな作品です。しかし、「弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽」だけではレコードの両面は埋まらないのでカップリング曲として「5つのハンガリー・スケッチ」を選んだのでしょうが、そうであってもこの「ハンガリー・スケッチ」を選んだと言うことに意味を感じるのです。
それは、もしかしたらライナーがこれらの作品に臨んだときの姿勢を暗示していたのかもしれません。
「5つのハンガリー・スケッチ」は聞いてもらえば分かるように、日本人にとっては何処か懐かしさを感じる音楽になっています。
なぜならば、これはハンガリー民謡の特徴である5音音階が登場するからであって、それは日本人とっても懐かしさを喚起するからです。
確かに、このライナーの演奏はそう言う「民族性」のようなものとは遠く離れたところで成り立っているように聞こえます。とりわけ「弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽」の精緻な表現はこの時代における一つの到達点と言ってもいいほどの優れものです。
しかしながら、オケの技術は80年代以降に大幅に進歩しましたから、それと同じスタンスで比較すれば、これと肩を並べることが可能な演奏は存在します。最近はその様なスタンスで過去の業績を低く見積もる向きもあります。
しかし、その様な比較だけで「昔はたいしたことないよね」というのは歴史を「阿保の画廊」と見なすスタンスです。
それは結果として50年代においてこのレベルを実現していたことの意味を見落としてしまうのです。
ベイヌムとコンセルトヘボウ、ライナーとシカゴ響、セルとクリーブランド管、カラヤンとベルリンフィル、そしてムラヴィンスキーとレニングラード管などの組み合わせが成し遂げた業績は、同時代の中においてみなければその凄みは分からないのです。
ライナーは理詰めで構築されたバルトークの音楽の綾のようなものを精緻に再現しながら、同時に「5つのハンガリー・スケッチ」で聞かせてくれたような「民族の魂」のようなものを取りこぼしていないのです。
それは言葉をかえれば、表現の精緻さだけを追求するあまり、結果として音楽そのものが淡泊で蒸留水のようなものになってしまう愚に陥っていないと言うことです。
ライナーはバルトークと同郷の音楽家であり、それ故に「お国もの」などと言う安易な決めつけはしたくはないのですが、それでも同じ民族性を持った人にしか表現できないようなものを音楽の奥底に沈めているような気がするのです。
もしかしたら、ライナーは「弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽」では奥底に沈めたものを鈍な聞き手にも気づいてほしいが為に、カップリング曲として「5つのハンガリー・スケッチ」を選んで、それを表に浮き上がらせたのかもしれません。
そう考えれば、一枚のレコードにこの二つの曲をカップリングさせたのは見事な見識だったと言えます。
そして、そう言う芸当は、スコアをどれだけ精緻に音に変化して見せても実現は不可能なのです。
機能というものは表現すべき音楽があってこそ意味を持つのであり、音楽が枯渇していく中で機能だけが一人歩きすればそれはひたすら虚しいだけなのです。
それは逆から見れば表現すべき音楽があって、そこに高い機能が奉仕するときにどれほど凄いことが実現できるかの見本がここにはあると言うことです。
よせられたコメント
2021-07-02:はい、どーん
- バルトークのカルテットを初めて聞いたとき、「これはベートーヴェンだ!」と思いました。専門的なことはなーんもわからんただの音楽好きですが、直感でそう思ったのです。
以来バルトークの音楽にとても親しみを寄せています。伝記も読みました。「父・バルトーク」というの読んだことありますか。すてきな本です。題名通り、息子さんが父親の思い出を語るというものですが、ほんとうに父のことを愛情を込めて書いているのが感じられて感動的です。
天才作曲家の特徴というのは、古今東西の音楽に通じているマニアであるということと、さらに新しい楽器の扱いに精通していることだと思います。バルトークはベートーヴェンやモーツァルトをほんとうに敬愛していた。伝統の否定から新表現が生まれたのではない。
その知識に基づいて自由に「交配」を行います。最新のものと最古のものとをかけ合わせる。西のものと東のものを混ぜ合わせる。…たとえばピカソは、当時パリで最新のアートと、アフリカの原始美術を合体させました。すると知識のない素人には、何もないところから飛んでもない変異種が生まれてきたというふうに見えます。
自作の初演をフルトヴェングラーに依頼したこともあるそうだから、合奏の完璧にこだわる人ではなかったのでしょう。残された自作自演の録音を聞いても、けっこう恣意的にテンポを動かして情感を出しています。
取り留めのない文章を送ってすいません。私が言いたいのは、バルトークの音楽はすてきだ! ということです。音楽愛と、知的好奇心にあふれているからです。
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