クラシック音楽へのおさそい~Blue Sky Label~

ベートーベン:交響曲第6番ヘ長調 作品68「田園」(Beethoven:Symphony No.6 in F major , Op.68 "Pastoral")

エーリッヒ・クライバー指揮 チェコ・フィルハーモニ管弦楽団 1955年5月録音(Erich Kleiber:Czech Philharmonic Recorded on May, 1955)



Beethoven:Symphony No.6 in F major , Op.68 "Pastoral" [1.Allegro Ma Non Troppo (Apacibles Sentimientos Que Despierta La Contemplacion De Los Campos)]

Beethoven:Symphony No.6 in F major , Op.68 "Pastoral" [2.Andante Molto Moto (Escena Junto Al Arroyo)]

Beethoven:Symphony No.6 in F major , Op.68 "Pastoral" [3.Allegro (Animada Reunion De Campesinos) ]

Beethoven:Symphony No.6 in F major , Op.68 "Pastoral" [4.Allegro (La Tormenta, La Tempestad) ]

Beethoven:Symphony No.6 in F major , Op.68 "Pastoral" [5.Allegretto (Cancion Pastoril, Gratitud Y Reconocimiento Despues De La Tormenta)]


標題付きの交響曲

よく知られているように、この作品にはベートーベン自身による標題がつけられています。

  1. 第1楽章:「田園に到着したときの朗らかな感情の目覚め」

  2. 第2楽章:「小川のほとりの情景」

  3. 第3楽章:「農民の楽しい集い」

  4. 第4楽章:「雷雨、雨」

  5. 第5楽章:「牧人の歌、嵐のあとの喜ばしい感謝の感情」


また、第3楽章以降は切れ目なしに演奏されるのも今までない趣向です。
これらの特徴は、このあとのロマン派の時代に引き継がれ大きな影響を与えることになります。

しかし、世間にはベートーベンの音楽をこのような標題で理解するのが我慢できない人が多くて、「そのような標題にとらわれることなく純粋に絶対的な音楽として理解するべきだ!」と宣っています。
このような人は何の論証も抜きに標題音楽は絶対音楽に劣る存在と思っているらしくて、偉大にして神聖なるベートーベンの音楽がレベルの低い「標題音楽」として理解されることが我慢できないようです。ご苦労さんな事です。

しかし、そういう頭でっかちな聴き方をしない普通の聞き手なら、ベートーベンが与えた標題が音楽の雰囲気を実にうまく表現していることに気づくはずです。
前作の5番で人間の内面的世界の劇的な葛藤を描いたベートーベンは、自然という外的世界を描いても一流であったと言うことです。同時期に全く正反対と思えるような作品を創作したのがベートーベンの特長であることはよく知られていますが、ここでもその特徴が発揮されたと言うことでしょう。

またあまり知られていないことですが、残されたスケッチから最終楽章に合唱を導入しようとしたことが指摘されています。
もしそれが実現していたならば、第五の「運命」との対比はよりはっきりした物になったでしょうし、年末がくれば第九ばかり聞かされると言う「苦行(^^;」を味わうこともなかったでしょう。
ちょっと残念なことです。

エーリッヒの思いが伝わってくるようなライブ録音


クライバーの「田園」といえば53年のDecca録音が思いつくのですが、年金生活者になってからは時間があるので、それではライブではどのような田園が聞けるのかとめぐり歩くようになりました。もっとも、それはクライバーの田園だけに限った話ではなくて、定番のように言われる組み合わせというのはいくつものあるのであって、そういう演奏家がライブではどんな感じで演奏しているのかを確かめたくなったのです。

そこで、Decca録音と同じ年に録音されたミュンヘン・フィルとのライブ録音を聞いてみました。

戦後のドイツは屈折した感情の中で、ナチス政権下のドイツを去った亡命者に対して優しくはありませんでした。
おそらくその最たるものはマレーネ・ディートリッヒでしょう。
1960年に彼女が念願の故郷ドイツでの公演を行った時に、劇場前には攻撃する人が山のように集まり、マレーネに卵を投げつけ、裏切り者と罵声を浴びせかけます。戦争が終わってから15年がたってもその複雑な感情は消えていなかったのです。
そんな彼女が晩年によく歌ったのが「お母さん私を許せますか」でした。

お母さん私を許してくれますか?
お母さんまだ忘れてはくれないのですか?
お母さん私を許してくれますか?
私のしたことを

故郷は私を許してくれますか?
故郷はまだ忘れてはくれないのですか?
故郷は私を許してくれますか?
私のしたことを

私はこの歌を聞くとき、いつも涙がこぼれます。
当然、そのような複雑な感情はエーリッヒにも向けられました。それを考えると、まだまだ戦争の影を引きずる1953年のミュンヘンでの演奏会はどのようなものだったのでしょう。
もちろん、ドイツの人々はそのような負の感情だけではなくて、率直にマレーネやエーリッヒを称賛する人もたくさんいました。しかし、そのような真逆の感情が簿妙に交錯することは彼らをより苦しめたのかもしれません。

結局、エーリッヒは活動の拠点をドイツ以外の国に求めるようになってしまうのですが、それでも、亡くなる直前まで、時々はドイツのオケを指揮しています。いったい、どのような思いで指揮をしていたのでしょうか。

このライブ録音では、深読みにすぎるかもしれませんが、第1楽章の出だしの部分は意図的かと思うほどにざわめいています。裏切り者とののしるような人は劇場には来ていないでしょうから、そんなことはないと思うのですが、それでもどこか居心地の悪さを感じてしまいます。
しかし、Decca録音よりも、より感情をさらけ出したエーリッヒの演奏に次第に聴衆が引き込まれていく様子は十分に伝わってきます。

何とも言えない、エーリッヒの思いが伝わってくるようなライブ録音です。

それからもう一つ、エーリッヒが亡くなる前年にチェコフィルを指揮した録音が残っています。1955年5月の録音ですから、亡くなるおよそ半年前の演奏です。
当然のことながら、オケがチェコ・フィルということは、そこにはドイツにおけるような複雑な事情は存在しません。それどころか、彼がナチスに対してしめした判断と行動は称賛されこそすれ、それが非難の対象などになるはずもありません。

チェコ・フィルは深い尊敬をもってエーリッヒの音楽に接していることはこの録音を聞けばよく分かります。彼らは、クライバーが表現したい音楽を現実のものとするために献身的といっていいほどに尽くしています。それは、例えば第3楽章から第4楽章にかけて、嵐をが迫りくる直前から一気にテンポが上がって劇的な表現を求めるクライバーの指揮にしっかりと応えているところなどからもよくわかります。
聴衆もまた実に生真面目にお行儀よく演奏会に臨んでいます。
オケも聴衆も深い尊敬の念をもってエーリッヒを迎え入れていることがよくわかるのです。

おそらく、これはコンセルトヘボウとのスタジオ録音と比べても遜色がないほどに立派な演奏でしょう。
しかし、そんなことを言えばあまりにも勝手すぎるといわれそうなのですが、この演奏からは時間芸術としての音楽が持っているスリリングな一回性がどこか希薄なのです。おそらく、尊敬しすぎているのでしょう。

そういえば、スナフキンがこんなことを言っていました。

あんまりだれかを崇拝すると、本物の自由はえられないんだぜ。そういうものなのさ

おそらく、複雑な思いを持ちながらも、最後までドイツのオケを指揮し続けた理由がそのあたりにあるのかもしれません。

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