モンティヴェルディ:聖母マリアの夕べの祈り
ヨッフム指揮 バイエルン放送交響楽団&合唱団 マリア・シュターダー ヴァルター・ベリー他 1957年9月6日録音
Monteverdi:聖母マリアの夕べの祈り Domine ad adiuvandum 「主よ,早く私を助けに」
Monteverdi:聖母マリアの夕べの祈り Dixit Dominus 「主は言われた」
Monteverdi:聖母マリアの夕べの祈り Nigra sum 「私は色は黒いが」
Monteverdi:聖母マリアの夕べの祈り Laudate pueri Dominum 「主を讃えよ,しもべたちよ」
Monteverdi:聖母マリアの夕べの祈り Pulchra es 「お前は美しい」
Monteverdi:聖母マリアの夕べの祈り Laetatus sum 「私は喜んだ」
Monteverdi:聖母マリアの夕べの祈り Duo seraphim 「二人のセラフィムが」
Monteverdi:聖母マリアの夕べの祈り Nisi Dominus 「主が家を建てられたのでなければ」
Monteverdi:聖母マリアの夕べの祈り Audi caelum 「天よ聞いてください」
Monteverdi:聖母マリアの夕べの祈り Lauda Jerusalem 「エルサレムよ,主を讃えよ」
Monteverdi:聖母マリアの夕べの祈り Sonata sopra “Sancta Maria, ora pro nobis” ソナタ「聖マリアよ,私たちのために祈ってください」
Monteverdi:聖母マリアの夕べの祈り Ave maris stella 「めでたし海の星」
Monteverdi:聖母マリアの夕べの祈り Magnificat 「マニフィカト」
ルネッサンスからバロックへと時代を切り開いた一翼を担った作品
モンティヴェルディと言えば「聖母マリアの夕べの祈り」です。しかし、これに続く作品となると、おそらくかなりのクラシック音楽ファンでも思い浮かばないのではないでしょうか?彼が生涯をかけて書き続けた9巻にも上るマドリガーレ集やオペラ「ポッペーアの戴冠」などが思い浮かぶ浮かぶ人はかなりの通です。そんなわけで、モンティヴェルディ=「聖母マリアの夕べの祈り」という図式が成り立つ訳なのですが、よく調べてみると、彼が宗教音楽を書いたのはこの「聖母マリアの夕べの祈り」が初めてのようなのです。
モンティヴェルディは基本的にはマドリガーレの作曲家であり、このマドリガーレという形式を完成させ、さらにはそれを乗り越えてバロックへの道を切り開いた人というのが「音楽史」における位置づけなのです。
ちなみに、マドリガーレとは自由な世俗詩に対してポリフォニーの音楽をくっつけたものです。ポリフォニーというのは、複数の異なる動きの声部が協和しあって進行する音楽のことで、いわゆる主旋律と伴奏という区別は存在しない音楽です。この声部が最初は2声だったものが、時代を追うにつれて増えていき、16世紀のモンティヴェルディの時代になるとそれぞれの声部があまりにも複雑に絡まりすぎて、肝腎のテキストが聴き取れないという本末転倒の事態になっていました。そして、これじゃいけない!と言うことで、歌詞をしっかりと歌う独唱とそれを支える伴奏に分けるというモノディ様式が生まれるのですが、このマドリガーレからモノディへの転換点に立っているのがモンティヴェルディなのです。
モンティヴェルディは基本的にはマドリガーレな人であり、その基本はポリフォニーです。しかし、そう言う厳格なポリフォニーだけでは時代の要請に応えられないことも自覚しており、そう言う厳格な作法から少しは逸脱して自由に振る舞うことの必要性も感じていたのです。
そう言う彼の作曲スタイルは当時の保守的な陣営からは強い非難を浴びることになるのですが、その非難に対して彼は音楽の作曲には二つのスタイルがあることを主張して反論します。その二つのスタイルとは、各声部が対等であるとするポリフォニーの厳格な作法に則った「第一作法」と、声部においてはソプラノやバスが主旋律を歌うことを許すより自由度の高い「第2作法」があるとしたのです。そして、彼が初めて手がけた教会音楽である「聖母マリアの夕べの祈り」は彼が言うところの「第2作法」に則って作曲された代表例です。確かに、基本は各声部が独立したポリフォニーの音楽ですが、至るところで通奏低音に乗ってソプラノやテノールがオペラのアリアのように歌う部分もふんだんに用意されています。その音楽の劇的なことは、今日の私たちに耳をも十分すぎるほどに楽しませてくれます。モンティヴェルディはこの作品をひっさげて、長年暮らしたマントヴァを後にし、海の都と呼ばれたヴェネチアのサン・マルコ大寺院の楽長に就任します。おそらく、この作品がサン・マルコ大寺院で鳴り響いたときの圧倒的な迫力は容易に想像できます。そして、その魅力はこの後に続くバロック時代の宗教音楽のスタイルを決定づけました。その意味では、この作品はルネッサンスからバロックへと時代を切り開いた一翼を担った作品だといえます。
<楽曲について>
4 楽曲について
1. Domine ad adiuvandum 「主よ,早く私を助けに」6声の合唱と器楽
2. Dixit Dominus 「主は言われた」6声の合唱/ヒポフリギア旋法
3. Nigra sum 「私は色は黒いが」テノール独唱
4. Laudate pueri Dominum 「主を讃えよ,しもべたちよ」8声の合唱/ヒポミクソリディア旋法
5. Pulchra es 「お前は美しい」ソプラノ2重唱
6. Laetatus sum 「私は喜んだ」6声の合唱/ヒポドリア旋法
7. Duo seraphim 「二人のセラフィムが」テノール2重唱のちに3重唱
8. Nisi Dominus 「主が家を建てられたのでなければ」10声の合唱/ヒポリディア旋法
9. Audi caelum 「天よ聞いてください」テノール独唱(+エコー)と6声の合唱
10. Lauda Jerusalem 「エルサレムよ,主を讃えよ」7声の合唱/フリギア旋法
11. Sonata sopra “Sancta Maria, ora pro nobis” ソナタ「聖マリアよ,私たちのために祈ってください」
12. Ave maris stella 「めでたし海の星」8声の合唱/ドリア旋法
13. Magnificat 「マニフィカト」7声の合唱と器楽/ドリア旋法
ただし、この辺のことについては、ユング君の怪しい文章を読むよりは、例えば以下のようなページを参照されたし!
*聖母マリアの夕べの祈りの解説
*マドリガーレ
昨今の透明感に満ちた演奏を聞き慣れた耳にははっきり言って異形な音楽ですが・・・
ヨッフムは50年代には声楽を含んだ大規模な作品をよく取り上げています。以前にハイドンのオラトリオ「天地創造」(バイエルン放送交響楽団&合唱団 1951年4月27日録音)を紹介しました。この演奏のことをユング君は次のように紹介しました。
「この演奏の隅から隅まで「覇気満々」という言葉が満ちあふれています。オケも合唱団も、もちろん指揮者のヨッフムも異常なまでのハイテンションで押し切っています。とりわけ、第1部の終結部などはまさに血管ブチ切れ状態です。もちろん、至る所に演奏上の不都合はあります。しかし、そのようなミスを帳消しにして余りあるパッションにあふれています。」
これ以外にもオルフのカンタータ「トリオンフィ(勝利)三部作(カルミナ・ブラーナを含む3作です)」などもモノラルでこの時代に録音しています。ちなみに、ステレオで再録音したオルフの「カルミナ・ブラーナ」は今もって決定盤の地位にあると思いますが、この50年代の録音はそれよりももっとゴリゴリしたゲルマン魂が爆発したような演奏になっています。
そうなのです、実は50年代のヨッフムは、結構ゲルマンな男なのです。そして、そう言う方向性が、果たしてイタリアンテイストに溢れたこの作品にとってどうなんだろう?と言う懸念が生まれるのは当然のことです。どう考えても、ゲルマン魂に溢れたゴリゴリした聖母マリアなんて嫌ですからね。
そして、聞き始めてみると、やはり冒頭の部分はいささか拒絶反応を感じてしまいます。ライブなので仕方がないことですが、最初はいささか集中力が散漫なようでアンサンブルも全体としていささか緩めで何だか音楽が大雑把に響きます。
しかし、演奏が進むにつれて、次第にヨッフムの統率が行き届いてきて音楽に凝縮力みたいなものが満ちてきます。もちろん、昨今の透明感に満ちた演奏を聞き慣れた耳にははっきり言って異形な音楽ですが、聴き進むうちにそう言う違和感は消えていきます。そして、作曲における「第2作法」と言うことを強く主張し、その主張に即して作られた作品だと言うことを考えれば、モダンオケの響きでここまで徹底的に盛り上げるのもありかな・・・、と思ったりもした次第です。
よせられたコメント 2024-07-16:藤原正樹 この時代、今日のバロック演奏を期待すると確かに腰を抜かします。南国の洒落っ気とかはない。質朴な南ドイツの職人とか農民たちを思い起こさせる合唱。ヨッフム本人は、モンテヴェルディからシュッツ、そしてバッハ、という路線を思い描いているのでしょう。これはこれでいのではないですか。
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