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ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮 フィルハーモニア管弦楽団 1958年1月16日録音データというのは単独で眺めていても殆ど意味を持ちませんが、ある程度まとまってみると色々なことに気づかされます。
カラヤンは1955年にベルリンフィルとのアメリカツアーを成功させることで「終身常任指揮者」のポストを確認します。しかし、録音に...

ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 1960年11月9日~11日録音カラヤンを拾い上げたのはEMIのウォルター・レッグでした。その関係は戦後すぐの1947年から始まり、このバルトークの「弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽」が録音された1960年11月を持って終わりを告げます。
この契約解除はどちらから...

(Vc)ヤーノシュ・シュタルケル (P)ジェラルド・ムーア 1958年7月6日~7日録音1958年に、珍しくもシェベックではなくて、名伴奏ピアニストとして評価の高かったジェラルド・ムーアとのコンビで録音したのが「Cello Recital」というアルバムでした。
どうして、いつも相棒を務めるシェベックではなく、ムーアなんだろ...

カール・リヒター(Cemb&指揮) (Cemb)エドゥアルト・ミュラー & ゲルハルト・エッシュバッハー & ハインリヒ・グルトナー アンスバッハ・バッハ週間のソリストたち 1955年録音ハープシコードもリヒター、指揮もリヒター、そしてオケは気心の知れた仲間達です。
ちなみに、「アンスバッハ・バッハ週間」とは聞きなれない言葉ですが、1947年に指揮者のフェルディナント・ライトナーが中心となって始められた音楽祭のことです...

ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮 フィルハーモニア管弦楽団 1955年5月18日~19日録音カラヤンというのはメジャーな作品ならば何度も録音したことは周知の事実です。
たとえば、ベートーベンの交響曲全集などは4回も行っています。有名なところでは、チャイコフスキーの悲愴などは7回も正規のスタジオ録音を行っています。そういうカラヤン...

(P)ゲイリー・グラフマン シャルル・ミンシュ指揮 ボストン交響楽団 1958年4月9日録音藤圭子の育ての親である作詞家の「石坂まさを」が書いた「きずな」という本があります。何気に図書館で手に取って読み始めてみて、意外と面白かったので最後まで読んでしまいました。
ベースは石坂の自伝記という形をとっているのですが、そこに濃密に藤圭...

ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮 フィルハーモニア管弦楽団 1958年9月16日~17日録音この録音は面白い経緯があります。
それは、予定されていたベートーヴェンの「ミサ・ソレムニス」の録音が早く仕上がったので、その余った時間でこの「プラハ」を録音したというのです。
「ミサ・ソレムニス」はフィルハーモニア管を使ってはいるの...

(Vn)ジノ・フランチェスカッティ (P)ロベール・カサドシュ 1961年10月2日~7日録音一応私も「アクセス解析」なるものをしているのですが、それを見ると、「室内楽作品」は人気がなくて、逆に「オーケストラ作品」は人気が高いと言う傾向が見て取れます。
それ以外には、「有名作品」は人気が高くて「マイナー作品」は人気がないとか、「有...

カール・リヒター(Cemb&指揮) (Cemb)エドゥアルト・ミュラー & ゲルハルト・エッシュバッハー アンスバッハ・バッハ週間のソリストたち 1955年録音ハープシコードもリヒター、指揮もリヒター、そしてオケは気心の知れた仲間達です。
ちなみに、「アンスバッハ・バッハ週間」とは聞きなれない言葉ですが、1947年に指揮者のフェルディナント・ライトナーが中心となって始められた音楽祭のことです...

ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮 ベルリンフィル 1957年11月録音この作品はヒンデミット事件の引き金となった作品なのですが、当然の事ながら、その事件の渦中でカラヤンは沈黙していました。ただし、ナチスとそれに同調する連中のように、積極的にヒンデミットを非難したということはなかったようなので、沈黙をもって彼を...
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