クラシック音楽へのおさそい~Blue Sky Label~

モーツァルト:ディヴェルティメント 変ホ長調, K.563

(Vn)ヤッシャ・ハイフェッツ (Cello)マニュエル・フォイアマン (Viola)ウィリアム・プリムローズ 1941年9月9日録音





Mozart:Divertimento in E-flat major, K.563 [1.Allegro]

Mozart:Divertimento in E-flat major, K.563 [2.Adagio]

Mozart:Divertimento in E-flat major, K.563 [3.Menuetto: Allegretto]

Mozart:Divertimento in E-flat major, K.563 [4.Andante]

MMozart:Divertimento in E-flat major, K.563 [5.enuetto: Allegretto]

Mozart:Divertimento in E-flat major, K.563 [6.Allegro]


この世で聴くことのできた最も完全な、最も洗練された三重奏曲

演奏の欠落よりも作品の欠落の方が罪が大きいでしょう。そうすると、このモーツァルトの「ディヴェルティメント 変ホ長調, K.563」を未だ取り上げていなかったというのは、我ながら驚くべき欠落です。
クラシック音楽を聞き始めた頃の私にとってはバイブルとも言うべき吉田秀和の「LP300選」において、「比較的目立たないでいて、彼の天才的本質、つまりは音楽の不滅生を証明している」と紹介されている作品です。そして、吉田秀和はそれに続けて「ヴァイオリン。ヴィオラ、チェロの3本の弦楽器で奏されるこの世界は、遊技のうちにある清潔さ、日常的なものの不滅性の象徴としての音楽の本質の現存である」という、実に吉田秀和らしい言い回しでこの作品を賞賛していました。

このヴァイオリン。ヴィオラ、チェロによる三重奏というのは、モーツァルトにとっては初めての取り組みであり最後の取り組みともなりました。言葉をかえれば、古典派の室内楽としては初めて書かれた弦楽三重奏曲だったとも言えます。
確かに、ディヴェルティメントと名づけられているので、形式的にはそれに相応しい6楽章構成になっています。両端楽章は「Allegro」で、それに挟まれた4楽章は「Adagio-Menuetto」「Andante-Menuetto」という構成になっています。しかし、その音楽は「ディヴェルティメント」という言葉から想像される様な「機会音楽」とはほど遠く、モーツァルトはそれら3つの弦楽器を完全に対等な存在として扱い、それらの楽器が持つ可能性を使いつくしているのです。
ですから、これは疑いもなく古典派の室内楽と言って何の支障もありません。

そして、こういう言い方は余りしたくないのですが、モーツァルトによって初めて挑戦されたこのスタイルによる音楽は、これ以後この作品をこえることはなかったのです。吉田秀和は、これに迫りうる作品としてシェーンベルク最晩年の弦楽三重奏曲をあげていました。

この作品の成立は、モーツァルトの最後の3つの交響曲が書かれたすぐ後と言われています。
おそらくは、経済的苦境の中で支援をしてくれたウィーンの裕福な商人でありフリーメイソンの仲間でもあったミヒャエル・フラベルクのために書かれたのは間違いないようで、フラベルク家の私的な演奏会で演奏されることをイメージしていたので「ディヴェルティメント」と名づけたのでしょう。

そして、ここでのモーツァルトは何故か上機嫌で、第1楽章が些か厳粛な雰囲気を持っているものの、その後は息の長いAdagio楽章が続くことで雰囲気を変えます。そして、第4楽章のAndante楽章はかなり自由な変奏曲形式で第3変奏などはほとんど自由に過ぎて別の旋律を聞いているようです。そして、そのAndante楽章を挟むように二つのメヌエットが配置されていて、その後の方のメヌエットはトリオを二つも持つ景気の良さです。
さらにフィナーレは民謡風の主題によるロンドになっていて、やさしさと親愛感に満ちた音楽で締めくくられています。

アインシュタインはこの作品に関して「かつてこの世で聴くことのできた最も完全な、最も洗練された三重奏曲」だと絶賛しています。



古典派の室内楽として作品をとらえて、その本質を誤ることなく描き出している


詳しく調べたわけではありませんが、おそらくはこの作品の世界最初の録音ではないかと思われます。
あちこちで何度の書いていることですが、モーツァルトは20世紀において再発見されました。その切っ掛けは彼の生誕200年を記念して多くの作品が録音されレコードとして多くの聞き手の元に届けられたことです。ごく僅かの人をのぞけば、モーツァルトというのは子供向けの可愛らしい音楽をたくさん書いた作曲家と言う認識でした。

ですから、1941年に、ハイフェッツがフォイアマンとプリムローズと組んでこの作品を録音したというのは「慧眼」と言うしかありません。
さらに言えば、彼らはこれをタイトル通りの「ディヴェルティメント」としてではなく、まさに古典派の室内楽として作品をとらえて、その本質を誤ることなく描き出しているのです。

この作品は、決してヴァイオリン主導で、それ以外の二つの弦楽器が従属するという形はとっていません。モーツァルトは、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロという3つの異なった弦楽器の可能性の全てを汲み尽くして、それらを全てを平等な立場で扱っています。
それだけに、この作品の初録音がハイフェッツ、フォイアマン、プリムローズという3人によって、そう言う思いのもとで演奏されたものだったっと言うのは実に幸運なことでした。

また、ハイフェッツは50年代の半ば頃になると、室内楽演奏ではひたすら厳しさを追求して、まさに「寄らば切るぞ!」という雰囲気を漂わせるのですが、この40年代の演奏にはそう言う切羽詰まった緊張感はありません。
そして、その事はこの作品にとってはマイナスになるどころか、大いなるプラスになっています。
吉田秀和が指摘したようにこの作品には「遊技のうちにある清潔さ」が必要です。厳しすぎるのは必ずしもプラスにはならず、それ故にいわゆるピリオド楽器による演奏で上手くいっているのを聞いたことがないのです。

なお、録音に関してはあちこちにパチパチ・ノイズが混ざっています。
おそらくは、最良のSP盤を使っていることは間違いないと思うのですが、逆から見ればそれだけよく聞かれたということの証左かもしれません。

よせられたコメント

2021-03-07:yk


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