クラシック音楽へのおさそい~Blue Sky Label~

J.S.バッハ:ヴァイオリン協奏曲第2番ホ長調 BWV.1042

(Vn)ジョコンダ・デ・ヴィート:アンソニー・バーナード指揮 ロンドン室内管弦楽団 1949年2月17日~18日録音





Bach:Violin Concerto No.2 in E major, BWV 1042 [1.Allegro]

Bach:Violin Concerto No.2 in E major, BWV 1042 [2.Adagio]

Bach:Violin Concerto No.2 in E major, BWV 1042 [3.Allegro assai]


3曲しか残っていないのが本当に残念です。

バッハはヴァイオリンによる協奏曲を3曲しか残していませんが、残された作品ほどれも素晴らしいものばかりです。(「日曜の朝を、このヴァイオリン協奏曲集と濃いめのブラックコーヒーで過ごす事ほど、贅沢なものはない。」と語った人がいました)
勤勉で多作であったバッハのことを考えれば、一つのジャンルに3曲というのはいかにも少ない数ですがそれには理由があります。

バッハの世俗器楽作品はほとんどケーテン時代に集中しています。
ケーテン宮廷が属していたカルヴァン派は、教会音楽をほとんど重視していなかったことがその原因です。世俗カンタータや平均率クラヴィーア曲集第1巻に代表されるクラヴィーア作品、ヴァイオリンやチェロのための無伴奏作品、ブランデンブルグ協奏曲など、めぼしい世俗作品はこの時期に集中しています。そして、このヴァイオリン協奏曲も例外でなく、3曲ともにケーテン時代の作品です。

ケーテン宮廷の主であるレオポルド侯爵は大変な音楽愛好家であり、自らも巧みにヴィオラ・ダ・ガンバを演奏したと言われています。また、プロイセンの宮廷楽団が政策の変更で解散されたときに、優秀な楽員をごっそりと引き抜いて自らの楽団のレベルを向上させたりもした人物です。
バッハはその様な恵まれた環境と優れた楽団をバックに、次々と意欲的で斬新な作品を書き続けました。

ところが、どういう理由によるのか、大量に作曲されたこれらの作品群はその相当数が失われてしまったのです。現存している作品群を見るとその損失にはため息が出ます。
ヴァイオリン協奏曲も実際はかなりの数が作曲されたようなですが、その大多数が失われてしまったようです。ですから、バッハはこのジャンルの作品を3曲しか書かなかったのではなく、3曲しか残らなかったというのが正確なところです。
もし、それらが失われることなく現在まで引き継がれていたなら、私たちの日曜日の朝はもっと幸福なものになったでしょうから、実に残念の限りです。

時代の流れに没していった演奏家だったのでしょうか


「ジョコンダ・デ・ヴィート」という名前も次第に記憶の彼方に没しようとしていますので、簡単に略歴などを紹介しておきます。


  1. 1907年:6月22日、北イタリア マルティナ・フランカ生まれ

  2. 1914年:パリ音楽院入学

  3. 1918年:ペーザロ音楽院入学

  4. 1921年:パリ音楽院 卒業

  5. 1923年:同 ヴァイオリン科助手

  6. 1932年:ウィーンヴァイオリン国際コンクール優勝

  7. 1942年:ブラームスのヴァイオリン協奏曲にてローマデビュー

  8. 1944年:聖チュチーリア音楽院ヴァイオリン科終身教授(院外での演奏活動は年間30日に制限)

  9. 1962年:引退

  10. 1994年:10月14日、87才でローマにて没



ざっとこういう感じになるのですが、さらに幾つか重要なことを付け加えておくと、1946年にEMIの重役であるビックネルと知り合ったことです。そして、その事がきっかけとなって1948年からEMIで録音活動を始め、1951年にビックネルと結婚したと言うことです。
そして、さらに重要なことは、彼女は1962年に突然引退をしてしまうのですが、その後は二度とヴァイオリンにふれることもなかったと伝えられていることです。

そう言えば、この時代は若くしてキャリアを絶つヴァイオリニストが少なくなかったようです。ジネット・ヌヴーのように事故による突然の死をのぞいたとしても、ヨハンナ・マルツィやミッシェル・オークレール等の名前が挙げられます。
この中で、オークレールだけは引退後は教育活動に尽力するのですが、ジョコンダ・デ・ヴィートやヨハンナ・マルツィなどは完全に音楽の世界から姿を消してしまいます。

もっとも、ジョコンダ・デ・ヴィートに関して言えば演奏家や教育家として稼ぐ必要がなかったと言うこともあるのでしょうが、この3人を見ていると、その背景には音楽に関する流れが大きく変わっていったことがあったのではないかと思われます。
それは、彼女らの初期の録音を聞いてみると、どれも主情性にあふれた熱い演奏を展開していて、ミッシェル・オークレール等は「女ティボー」とまで呼ばれたほどです。しかし、時代はやがてその様な主情性にあふれた音楽よりも、高い演奏スキルに裏打ちされた精緻で客観性の高い表現に価値を見いだしていくようになっていきました。
そして、そう言う流れに身を沿わせることを潔しとしなかったオークレールなどはさっさと引退し、マルツィもまたいつの間にかフェード・アウトしていってしまいました。そして、彼女たちが再発見され、もう一度高く再評価されるまでには少しばかりの時間が必要でした。

しかし、ジョコンダ・デ・ヴィートに関して言えば、何とかそう言う流れに身を沿わせようとした雰囲気が感じられます。
例えば、この50年代の初めに録音されたメンデルスゾーンの協奏曲などは、かなり濃厚で熱い表現があちこちで聞くことができてなかなかに魅力的です。しかし、時を経るにつれてそう言う「主情性」は後退していきます。
それがよく分かるのが、バッハのヴァイオリン協奏曲第2番ホ長調 BWV.1042です、

彼女にとってバッハは若い時代にトスカニーニの前で演奏して絶賛されたという思い出が残る作曲家です。ですから、演奏会でも録音でも積極的に取り上げているのですが、その短い録音キャリアの中で同一曲を2回録音しているのはこの第2番の協奏曲だけです。
1949年と1959年に録音されたこの二つの演奏を気較べてみれば、新しい方が録音もいいですし、全体としてスッキリとまとまったバッハになっています。しかし、49年の演奏は決して録音状態も良くないですし、荒っぽい部分も多いのですが、聞いていた楽しくなるような箇所があちこちに登場してきます。
そして、それ以外の録音を聞いてみても、時が下るにつれて彼女の演奏からはそう言う「熱量」のようなものが失われていくような気がするのです。
そして、そう言う自分のあり方に遂に我慢できなくなって、そして、そう言うときの流れにも我慢できなくなって音が卯から身を引いてしまったのかもしれません。

そう言う意味では、このメンデルスゾーンやバッハの古い方の録音は貴重な存在といえるのかもしれません。

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