グラズノフ:ヴァイオリン協奏曲イ短調 作品82
(Vn)エリカ・モリーニ:フェレンツ・フリッチャイ指揮 ベルリン放送交響楽団 1958年10月14日~17日録音
Glazunov:Violin Concertoin A minor, Op.82 [1.Moderato]
Glazunov:Violin Concertoin A minor, Op.82 [2.Andante sostenuto]
Glazunov:Violin Concertoin A minor, Op.82 [3.Tenpo 1]
Glazunov:Violin Concertoin A minor, Op.82 [4.Cadenza]
Glazunov:Violin Concertoin A minor, Op.82 [5.animato - Allegro]
中間部のカデンツァでは重音奏法を駆使して超絶テクニックが求められる
エリカ・モリーニ、ヤッシャ・ハイフェッツの演奏によるグラズノフの協奏曲を聞き比べてみて、さて一言書いてみようと思い立ってとんでもないことに気づいてしまいました。なんと、グラズノフの作品を一つも取り上げていないのです。もしかしたら、何かの小品をどこかの「小品集」で取り上げている可能性はあるのですが、作曲家としての「グラズノフ」は項目すら立てていないのです。
これには私自身も驚いてしまいました。
しかし、考えてみると、「バラキレフ、キュイ、ムソルグスキー、ボロディン、リムスキー=コルサコフ」という「ロシア5人組」から「チャイコフスキー」へとつながっていくロシア音楽の流れの中におくと、グラズノフの立ち位置は微妙です。おそらく、「チャイコフスキー」の後に続く「プロコフィエフ」や「ショスタコーヴィッチ」、または「ストラヴィンスキー」などを置いてみても事情はそれほど変わりません。
グラズノフという人は基本的には5人組の国民主義的な流れを受け継ぎながらチャイコフスキー流の洗練された音楽語法を身につけていました。そして、20世紀に入ってからの新しい潮流を取り入れる能力も持っていたにもかかわらず、何故かその道を基本的に拒否してしまったように見えるからです。
つまりは、どのような音楽を書いてもそれなりの完成度をを示すのですが、それは常に「いつかどこかで聞いたことがあるよう」様なある種の「既視感」をもたらすのです。
人はそれを「保守的」と呼ぶのでしょうが、裕福な家庭に生まれて、リムスキー=コルサコフを音楽の個人教師として育った男の「恵まれすぎたがゆえの悩ましさ」だったのかもしれません。
そんなグラズノフの作品の中で取り上げられる機会が多いのがこの「ヴァイオリン協奏曲」です。
それは、ひとえにハイフェッツの功績です。
ハイフェッツは何故かこの協奏曲を好んだようで、演奏会でもよく取り上げ、録音も複数残しています。そして、そのおかげで、ハイフェッツと同時代のヴァイオリニストたちもこの作品を良く取り上げました。
しかしながら、この協奏曲は結構不思議な構成をもっています。
一応は以下のような3楽章構成となっているのですが、それらはすべて切れ目無しに演奏されます。
- Moderato (イ短調、自由なソナタ形式)
- Cadenza : Andante sostenuto (緩徐楽章とカデンツァの融合。前半部は第1楽章第2主題を、後半は第1主題を素材とする。頻繁に転調するため調性は流動的)
- Allegro (イ長調、三部形式風のロンド形式)
しかし、規模的には小さな作品なので、例えば、リムスキー・コルサコフのスペイン奇想曲のような「ヴァイオリン独奏付きの管弦楽曲」のように聞こえないでもありません。ところが、悲しいことに、そこにはリムスキー・コルサコフほどの目の醒めるような色彩感はないのです。
ただし、中間部のカデンツァはグラズノフ自身の作曲であり、そこでは重音奏法を駆使した超絶テクニックが求められる場面であり、おそらくは、それ故にハイフェッツはこの作品を好んだのでしょう。
そう言う意味では、この作品はグラズノフなりに独奏楽器としてのヴァイオリンの演奏技巧の追究と、それに相応しいオーケストラの音色表現を追求したものだっといえるのかもしれません。
アメリカとヨーロッパを「欧米」などと言う言葉で一括りにしてしまうことのいかがわしさをお思い知らせてくれる
レパートリーがウィーン古典派からブラームスなどのロマン派の作品あたりに限られていたエリカ・モリーニにしては珍しいレパートリーだといえます。しかし、そこはやはりモリーニであって、同時代のハイフェッツの録音を較べてみれば、そこからはアメリカとヨーロッパを「欧米」などと言う言葉で一括りにしてしまうことのいかがわしさをお思い知らせてくれます。
思い切った言い方をすれば、ハイフェッツの演奏はまるでハイヴィジョンカメラで撮影されたテレビドラマのように聞こえます。すでに60年代に入って、テクニック的には衰えを感じ始めていたときだと思うのですが、それでもやはりハイフェッツはハイフェッツです。
いや、もっと思い切った言い方をすれば、これはそのドラマの重要場面を鮮明なスチール写真で切り取った連作の写真集のようなものかもしれません。
それに対して、モリーニの演奏は明らかにアナログフィルムで撮影されたムービーです。それ故に、そこからのは濃厚なドラマが浮かび上がってきます。
そして、ハイフェッツで主役を演じるのは若くて健康的な女性であるのに対して、モリーニの場合は年はそれなりに重ねてはいるものの、その年に相応し人生経験も重ねた魅力的なマダムです。そこには、女性の美に対する、アメリカとヨーロッパの根源的な価値観の違いが横たわっています。それ故に、その両者はオーケストラに対する要求も根本的に異なっています。
ハイフェッツの場合はその若くて美しい女性を引き立てるだけの背景で十分なのですが、モリーニの場合はそのマダムの人生の陰影を描き出す必要があります。
その意味では、フリッチャイは実にいい仕事をしているのです。
ただしいつものように繰り返しますが、それはどちらが優れているというような話ではありません。その様な狭い了見だと、クラシック音楽というものを聞く喜びの大きな部分を捨ててしまうことになるでしょう。
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