クラシック音楽へのおさそい~Blue Sky Label~

シューベルト:弦楽四重奏曲第14番 ニ短調 D.810「死と乙女」

ハリウッド弦楽四重奏団 1955年12月7日&8日録音





Schubert:String Quartet No.14 in D minor, D.810 "Death and the Maiden" [1.Allegro]

Schubert:String Quartet No.14 in D minor, D.810 "Death and the Maiden" [2.Andante con moto]

Schubert:String Quartet No.14 in D minor, D.810 "Death and the Maiden" [3.Presto]

Schubert:String Quartet No.14 in D minor, D.810 "Death and the Maiden" [4.Prestissimo]


緊密で劇的緊張にあふれた作品です。

この作品には「死と乙女」という標題がつけられていますが、それは彼のリート作品「死と乙女」が引用されているためです。
歌曲「死と乙女」はよく知られているように、死へと誘う悪魔のささやきと、それに抗する乙女の言葉から成り立っています。そのために、この作品をシューベルト自身の死生観が表明されたものだという見方があります。
もちろんそう言う面は否定できませんが、それだけでこの作品を見てしまうと誤ることになります。

虚心坦懐に耳を傾ければ分かることですが、この作品は他の四重奏曲と比べると異質の存在です。
それは前作となる第13番「ロザムンデ」と比べてみれば明らかです。この上もなくメランコリックな叙情性にあふれていて、歌そのものが作品を支配しています。私たちが思い浮かべるシューベルトの姿に最も相応しいのはロザムンデの方です。
ところが、この「死と乙女」はそれとは対照的にベートーベンの弦楽四重奏曲を思わせるような緊密で劇的な構成が特徴となっています。それはシューベルトが述べたように「交響曲への道」を目指すものでした。
第2楽章のあまりにも美しいメロディに幻惑されてはいけません。

第1楽章で主題動機が徹底的に展開される様子はまったく持ってベートーベン的です。第3楽章の荒々しいスケルツォも同様です。

シューベルトは数多くの弦楽四重奏曲を残しましたが、歌心にあふれたシューベルト的な美質と、ベートーベン的な構築がこれほどまでに見事に結合した作品は他には見あたりません。

あっけらかんとした明るさに満ちた音楽こそは、黄金の時代と言われたアメリカの50年代そのものでした


これは何とも言えず不思議な演奏です。
この「死と乙女」と言えば、真っ先に思い浮かぶのはブッシュ弦楽四重奏団による古い録音です。(1936年録音)

あれはもう痛切な悲しみに彩られた演奏であり、「冬蜂の死にどころなく歩きけり」という村上鬼城の句を思いだしたものです。
そして、その悲しみの姿には様々な相があるものの、それでもどのカルテットもこの作品の中にひそむ悲しみを描き出そうとしていました。

ところが、このハリウッド弦楽四重奏団による「死と乙女」はその様な常識が一切通用しない演奏なのです。

アンサンブルという点では、50年代初頭の録音に見られたような荒っぽさは影をひそめています。
もちろん、それは彼らの腕が上がったというわけではありません。ハリウッドの録音スタジオで働く彼らにしてみればアンサンブルを整えるなどと言うことは、やろうと思えばいつでもやれることだったはずです。

それならば、こういう弦楽四重奏曲を演奏するときにはその様な精緻なアンサンブルが必要だと言うことに気づいたのかと言えば、それもまた何処か違うようなのです。
なんだか世間の様子を見てみるとそう言うアンサンブルの精緻さというものも重要視されているようなので、演奏していて鬱陶しくならない程度には揃えておきましょう、という雰囲気を感じとってしまうのです。

ですから、音楽に向き合うスタンスは基本的には変わっていません。
「価値ある音楽」を「楽しく演奏したい」という思いには何の変化もなかったはずです。
そして、「楽しく演奏した」結果だったのでしょうか、彼らの一番初期の録音と思われる弦楽六重奏版によるシェーンベルクの「浄夜」では、夜の静寂の中で繰り広げられる不条理劇を、真昼の光の中で演じられる喜劇に変質させてしまいました。

そして、この「死と乙女」でも、その乙女は陽光に溢れたカリフォルニアの乾いた風の中に立っているのです。
第2楽章の悲しみに満ちた音楽もまたウェットな感情とは無縁であり、たとえ涙が流れたとしてもそれはすぐに乾いてしまうのです。

確かに、ジュリアード弦楽四重奏団などの演奏を聞いてしまった耳にすれば、細かい部分をもう少し丁寧に仕上げてくれればと思わないでもないのですが、そう言うことに気を使うのは「演奏する楽しさ」を損なうと考えたのでしょう。

その代わりに、彼らはこの音楽に躍動感と生命力を与えることに成功しています。
このあっけらかんとした明るさに満ちた(人によってはそれを脳天気とも言います)音楽こそは、黄金の時代と言われたアメリカの50年代そのものです。

そして、彼らの録音をもう一度じっくりと聞き直してみて気づかされたのは、そう言う音楽のスタイルを根っこで決めているのはチェロではないかと言うことです。
このチェロは通常のカルテットと較べれば自己主張をして前に出てくることが多くて、とりわけこの第2楽章ではチェロの一人舞台です。そして、その傾向は既に紹介したボロディンやチャイコフスキーの作品でも共通していました。

そう言えば、このチェロを担当している「エリナー・アラー」なる女性は、このカルテットの主宰者である「フェリックス・スラットキン」の奥さんでした。
もしかしたら、このカルテットの実権を握っていたのはこの奥さんだったのかもしれません。(^^v

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