クラシック音楽へのおさそい~Blue Sky Label~

ブルックナー:交響曲第7番 ホ長調

オイゲン・ヨッフム指揮 ベルリンフィル 1964年1月録音





Bruckner:Symphony No.7 in E major, WAB 107 [1.Allegro moderato]

Bruckner:Symphony No.7 in E major, WAB 107 [2.Adagio. Sehr feierlich und sehr langsam]

Bruckner:Symphony No.7 in E major, WAB 107 [3.Scherzo. Sehr schnell]

Bruckner:Symphony No.7 in E major, WAB 107 [4.Finale. Bewegt, doch nicht schnell]


はじめての成功

一部では熱烈な信奉者を持っていたようですが、作品を発表するたびに惨めな失敗を繰り返してきたのがブルックナーという人でした。

そんなブルックナーにとってはじめての成功をもたらしたのがこの第7番でした。

実はこの成功に尽力をしたのがフランツ・シャルクです。今となっては師の作品を勝手に改鼠したとして至って評判は悪いのですが、この第7番の成功に寄与した彼の努力を振り返ってみれば、改鼠版に込められた彼の真意も見えてきます。

この第7番が作曲されている頃のウィーンはブルックナーに対して好意的とは言えない状況でした。作品が完成されても演奏の機会は容易に巡ってこないと見たシャルクは動き出します。

まず、作品が未だ完成していない83年2月に第1楽章と3楽章をピアノ連弾で紹介します。そして翌年の2月27日に、今度は全曲をレーヴェとともにピアノ連弾による演奏会を行います。しかし、ウィーンではこれ以上の進展はないと見た彼はライプツッヒに向かい、指揮者のニキッシュにこの作品を紹介します。(共にピアノによる連弾も行ったようです。)

これがきっかけでニキッシュはブルックナー本人と手紙のやりとりを行うようになり、ついに1884年12月30日、ニキッシュの指揮によってライプツィッヒで初演が行われます。そしてこの演奏会はブルックナーにとって始めての成功をもたらすことになるのです。
ブルックナーは友人に宛てた手紙の中で「演奏終了後15分間も拍手が続きました!」とその喜びを綴っています。

まさに「1884年12月30日はブルックナーの世界的名声の誕生日」となったのです。

そのことに思いをいたせば、シャルクやレーヴェの業績に対してもう少し正当な評価が与えられてもいいのではないかと思います。

出来れば手兵のバイエルン放送交響楽団だけで全集を完成させてほしかった


ヨッフムのブルックナーと言えば一つのブランドでもあります。ただし、トップブランドではなく、それでも、いつの時代にも根強い支持者が存在する老舗ブランドという風情でした。
ですから、彼は生涯に二度、ブルックナーの交響曲全集を完成させています。そして、ここで紹介しているブルックナー録音はその最初の方の全集に収録されているものです。
いうまでもないことですが2度目の全集は1975年から1980年にかけてシュターツカペレ・ドレスデンとのコンビで録音されています。

最初の全集は、バイエルン放送交響楽団とベルリン・フィルを使って録音されていて、録音年順に並べると以下の通りとなっています


  1. 交響曲第5番変ロ長調(ノヴァーク版) バイエルン放送交響楽団 録音時期:1958年2月

  2. 交響曲第8番ハ短調(ノヴァーク版) ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 録音時期:1964年1月

  3. 交響曲第7番ホ長調 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 録音時期:1964年10月

  4. 交響曲第9番二短調(ノヴァーク版)ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 録音時期:1964年12月

  5. 交響曲第4番変ホ長調『ロマンティック』(1886年稿ノヴァーク版) ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 録音時期:1965年7月

  6. 交響曲第1番ハ短調 (リンツ稿ノヴァーク版): ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 録音時期:1965年10月

  7. 交響曲第6番イ長調(ノヴァーク版) バイエルン放送交響楽団 録音時期:1966年7月

  8. 交響曲第2番ハ短調(ノヴァーク版) バイエルン放送交響楽団 録音時期:1966年12月

  9. 交響曲第3番二短調(1889年稿ノヴァーク版) バイエルン放送交響楽団 録音時期:1967年1月



58年に第5番を録音したときは、それが全集になると言うことは全く想定していなかったでしょう。おそらくは、自分が得意とする作品を単発で世に問うという録音だったと思われます。だからと言うわけではないのでしょうが、この全集の中でも優れた部類の演奏に仕上がっているように感じます。
特に最終楽章の壮大な盛り上がりは結構聴き応えがあります。ただし、この少し前にクナ&ウィーンフィルによるお化けみたいな録音があるのでどうしても印象が薄くなってしまうのが悲しいところです。

この後の録音のスケジュールを眺めてみれば、7,8,9番が64年、4,1番が65年、そして6,2番が66年、3番が67年に録音されて全集として完成していますから、64年1月の8番を録音した時点では全集が視野に入っていたものと想像されます。そして、この全集はベルリンフィルを使って完成させるつもりだったのでしょうが、66年からはオケが手兵のバイエルン放送交響楽団に変わっています。
これもまた、想像の域を出ませんが、おそらくはカラヤン&ベルリンフィルの活動が忙しくなって、ヨッフム相手にブルックナーのマイナー作品なんかは録音している暇がなくなったのでしょう。

しかし、結果的に見れば、オケがここで変わったことはよかったようです。
こういう書き方をすると顰蹙を買いそうなのですが、ヨッフムという指揮者の魅力は乱暴さにあると思われます。ついでながら、我らが朝比奈隆も随分と乱暴な指揮者であって、そう言う乱暴さというのは何故かブルックナーとは相性がいいのです。
そして、そう言う乱暴さが持つ美質というものは、「レガート・カラヤン」の色がしみ込みはじめていたベルリンフィルとは相性がいいとは思えなかったのです。

64年からヨッフムはベルリンフィルとブルックナーの録音をはじめるのですが、64年と言えばすでにカラヤンとの間でベートーベンの交響曲を全曲録音した後です。
カラヤンという男は傲慢な男のように見えて結構賢い奴で、ベルリンフィルの「終身首席指揮者兼芸術総監督」というポストを手に入れても、己のやり方をすぐに押しつけるようなことはしませんでした。それこそ時間をかけて少しずつ自分好みの色に染めていったという雰囲気が濃厚です。そして、その「色に染める」最終過程が61年から62年にかけて行われたベートーベンの交響曲録音でした。

ですから、64年と言えば、ベルリンフィルはすでにドイツの田舎オケの風情は失ってしまい、完全にカラヤンのオケになってしまっていました。
そんなオケにヨッフムが乗り込んでみても、すでに「レガート・カラヤン」の色がしみ込みはじめていたこのオケから出てくる響きはどこか軟体動物のようなものでした。

もちろん、こういうオケの響きのような繊細な問題を録音だけで判断するのは危険であることは承知していま。しかし、66年からのバイエルンとの録音から聞くことが出来る響きとは異質であることは間違いありません。
例えば、この全集の最後を締めくくる第3番の録音から聞こえてくるオケの響きは、カラヤンの色に染まったオケの響きとは全く異質です。
そして、個人的には、こういう軟体動物のような芯のはっきりしない響きでブルックナーを聞かされるのはあまり嬉しくはありません。

さらに言えば、ベルリンフィルに対してヨッフムの指示は十分に貫徹していないようにも思えます。
それもまた、ヨッフムは基本的に乱暴な指揮者であって、カラヤンのような技巧的な指揮者ではないことに原因があります。

カラヤンのもとで、ベルリンフィルは指揮者が出す適切な指示に対して機敏に反応する「機能的なオケ」に変身していました。
ですから、ヨッフムのような乱暴な指揮者のもとでは曖昧な部分は自分たちのやりやすいように適当に演奏するしかなかったのかも知れません。

まあ私ごときがヨッフムに対して偉そうなことが言えた話ではないのですが、それでもヨッフムというのは余所のオーケストラに乗り込んで、短時間で掌握して的確に指示を出せるようなタイプの指揮者でなかったことだけは事実です。

ドイツグラモフォンにしてみればベルリンフィルと組んだ方が売れると判断したのでしょうが、出来れば手兵のバイエルン放送交響楽団だけで全集を完成させてほしかったです。
ただし、私が軟体動物のようだと感じた8番の録音に対してヨッフムらしい剛毅さが現れた演奏と絶賛する向きもあるのですから、もしかしたら私の聴き方が悪いのかもしれませんが・・・。

よせられたコメント

2018-11-30:takashi


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