ワーグナー:ジークフリート牧歌
ブルーノ・ワルター指揮 コロンビア交響楽団 1959年12月4日録音
Wagner:Siegfried-Idyll, WWV 103
階段の音楽
この作品の誕生に関わるエピソードはあまりにも有名です。
ジークフリート牧歌は、1870年、晴れて自分の妻となったコジマへの誕生日プレゼントとして創作されました。しかし、コジマの誕生日までそのプロジェクトは極秘であり、練習も家族に知られないように行われたと言います。
そして、誕生日当日の朝、コジマは美しい音楽で目をさますことになります。階段に陣取った17名の演奏家とワーグナーによる彼女へのプレゼントが同時に世界初演となったわけです。
そして、音楽が終わると、ワーグナーはうやうやしく総譜をコジマに手渡したと言います。
なかなかやるもんです。
そして、コジマと子供たちはこの作品を「階段の音楽」と呼んで何度も何度もアンコールしたと言うエピソードも伝わっています。
こういうお話を聞くとワーグナーってなんていい人なんだろうと思ってしまいます。しかし、事実はまったく正反対で、音楽史上彼ほど嫌な人間はそういるものではありません。(-_-;)おいおい
ただ、コジマとの結婚をはたし、彼女とルツェルンの郊外で過ごした数年間は彼にとっては人生における最も幸福な時間でした。そして、その幸福な時代の最も幸福なエピソードにつつまれた作品がこのジークフリート牧歌です。
それ故にでしょうか、この作品はワーグナーの作品の中では最も幸福な色彩に彩られた作品となっています
こういうのを聴くと、つくづくと人格と芸術は別物だと思わせられます。
ワルターはワーグナーから受け取った幸福感をこれ以上はないと言うほどの優しさを持って愛しんでみせた
この作品には、ワーグナー作品に珍しくと言っては語弊があるかも知れませんが、雑じりけのない幸福感に溢れています。
そして、そう言う幸福感をワルターは見事に表現しています。
人が生きる世の中の「ろくでなさ」というものは、空から降る雨のようなもので、昔も降っていたし、今も降るし、そしてこれからも降り続けるというようなものです。
そう考えれば、ワルターという人はとんでもない土砂降りの雨の中を彷徨ったものです。
しかし、それもまた世の中と同じであって、いつまでも雨は降り続けるものでもなく、いつかは晴れ間も見えようかというものです。
土砂降りの雨の中でノックアウトされて、さらには10カウントを聞いたとして、それでもなお生きている自分に驚き呆れながら、いつの間にか雨はあがり雲の隙間から日が射していることに気づいたりするものです。
そして、年寄りというものはそんな雨と晴れ間の繰り返しの人生の中で、確かな実感を持ってその雨がいつかはやむことを語ることが出来るのです。
いや、語れなければいけませんね。
ワーグナーにとって、この牧歌は彼の人生においてたまさか差しこんだつかの間の日の光だったのかも知れません。
ならば、それがつかの間の幸せだと分かっていても、その手の中にある幸福を愛おしまなければ罰が当たります。もちろん、ワーグナーはその幸福を仇や疎かにすることはなく、この上もなく美しい音楽に昇華させることで、その幸福を万人に分かち与えました。
そして、ワルターもまたその幸福感をしっかりとワーグナーから受け取り、その幸福をこれ以上はないと言うほどの優しさと美しさを持って愛しんでみせました。
目の前のろくでもない現実を嘆き、批判することは意外と簡単にできるものですが、晴れ間の美しさを説得力を持って語れるのはワルターのような年寄りだけなのかも知れません。
そして、そう言う音楽を聞くことによって、雨に打たれる今日という一日をやり過ごすことが出来る人もいるはずです。
よせられたコメント
2023-08-08:だまてら
- 素晴らしい!
当録音の2日前、12月2日にはコロンビア交響楽団とのモーツァルト「プラハ」の録音セッションがお馴染みハリウッドの在郷軍人会館(リージョナル・ホール)で組まれていますが、「プラハ」はワルターが少し前LAPOの定期演奏会に客演した曲!
11月16~18日の「ブルックナー第9番」は、原テープにLAPOとメンバー名の記載がありますが、「プラハ」と「ブラームス第1番」もLAPOそのものだと踏んでいます。
という事で、「プラハ」から2日後の当録音も公称はコロンビア交響楽団、しかしてその実体は純正の「ロス・アンゼルス・フィルハーモニック」と推測されます。
重箱の隅を突く迄も無く、当演奏の価値は些かも揺るぎありませんが・・・。
戯言を失礼いたしました。
【最近の更新(10件)】
[2024-05-25]
モーツァルト:弦楽四重奏曲第6番 変ロ長調 K.159(Mozart:String Quartet No.6 in B-flat major, K.159)
パスカル弦楽四重奏団:1952年録音(Pascal String Quartet:Recorded on 1952)
[2024-05-23]
モーツァルト:ピアノ協奏曲第23番イ長調 K.488(Mozart:Piano Concerto No. 23 in A major, K.488)
(P)マルグリット・ロン:フィリップ・ゴーベール指揮 パリ交響楽団 1935年12月13日録音(Marguerite Long:(Con)Philippe Gaubert The Paris Symphony Orchestra Recorded on December 13, 1935)
[2024-05-21]
ボッケリーニ:チェロ協奏曲第9番 G.482(Boccherini:Cello Concerto No.9 in B flat major, G.482)
(Cell)ガスパール・カサド:ルドルフ・モラルト指揮 ウィーン・プロ・ムジカ管弦楽団 1958年発行(Gaspar Cassado:(Con)Rudolf Moralt Vienna Pro Musica Orchestra Released in 1958)
[2024-05-19]
ブラームス:ヴァイオリンとピアノのためのソナタ第1番ト長調 Op.78(Brahms:Violin Sonata No.1 in G major, Op.78)
(P)ロベール・カサドシュ:(Vn)ジノ・フランチェスカッティ 1951年1月4日録音(Robert Casadesus:(Vn)Zino Francescatti Recorded on January 4, 1951)
[2024-05-17]
リスト:ペトラルカのソネット104番(Liszt:Deuxieme annee:Italie, S.161 Sonetto 104 del Petrarca)
(P)チャールズ・ローゼン 1963年12月録音(Charles Rosen:Recorded on December, 1963)
[2024-05-15]
サン=サーンス:ハバネラ Op.83(Saint-Saens:Havanaise, for violin & piano (or orchestra) in E major, Op. 83)
(Vn)ジャック・ティボー (P)タッソ・ヤノプーロ 1933年7月1日録音(Jacques Thibaud:(P)Tasso Janopoulo Recorded on July 1, 1933)
[2024-05-13]
ヨハン・シュトラウス:皇帝円舞曲, Op.437(Johann Strauss:Emperor Waltz, Op.437)
ヤッシャ・ホーレンシュタイン指揮 ウィーン国立歌劇場管弦楽団 1962年録音(Jascha Horenstein:Vienna State Opera Orchestra Recorded on December, 1962)
[2024-05-11]
バルトーク:ピアノ協奏曲 第3番 Sz.119(Bartok:Piano Concerto No.3 in E major, Sz.119)
(P)ジェルジ・シャーンドル:ユージン・オーマンディ指揮 フィラデルフィア管弦楽団 1947年4月19日録音(Gyorgy Sandor:(Con)Eugene Ormandy The Philadelphia Orchestra Recorded on April 19, 1947)
[2024-05-08]
ハイドン:弦楽四重奏曲第6番 ハ長調 ,Op. 1, No. 6, Hob.III:6(Haydn:String Quartet No.6 in C Major, Op. 1, No.6, Hob.3:6)
プロ・アルテ弦楽四重奏団:1931年12月2日録音(Pro Arte String Quartet:Recorded on December 2, 1931)
[2024-05-06]
ショーソン:協奏曲 Op.21(Chausson:Concert for Violin, Piano and String Quartet, Op.21)
(P)ロベール・カサドシュ:(Vn)ジノ・フランチェスカッテ ギレ四重奏団 1954年12月1日録音(Robert Casadesus:(Vn)Zino Francescatti Guilet String Quartet Recorded on December 1, 1954)