ラフマニノフ:チェロ・ソナタ ト短調 作品19
(Cello)ザラ・ネルソヴァ (P)アルトゥール・バルサム 1956年録音
Rachmaninov:Cello Sonata in G minor, Op.19 [1.Lento. Allegro moderato]
Rachmaninov:Cello Sonata in G minor, Op.19 [2.Allegro scherzando]
Rachmaninov:Cello Sonata in G minor, Op.19 [3.Andante]
Rachmaninov:Cello Sonata in G minor, Op.19 [4.Allegro mosso]
「芸人ラフマニノフ」の腕の冴えが発揮された美しいチェロの名曲
マイナー曲です。(^^;
おそらく、ラフマニノフってチェロ・ソナタなんて書いていたんだと思われる方が少なくないはずです。
恥ずかしながら、私もその一人で、「ラフマニノフのチェロソナタ・・・?」「はぁっ・・・?」「それ・・・何?」って感じでした。
そこで、早速調べてみると、交響曲第1番の大失敗で鬱状態に陥ってしまったラフマニノフがピアノコンチェルトの2番で奇蹟の大復活(^^;を遂げたすぐ後に作曲された作品だと言うことが分かりました。
「音楽における全く新しい道を発見し、切り開いた」ものだと自負した交響曲の第1番は失敗し、逆に、万人が容易に理解できるようなメランコリックで甘口のピアノ協奏曲第2番が成功をおさめたことで、ラフマニノフは「芸術家」として生きていくのではなく「芸人」として生きていく道を選びとりました。
もちろん、そんな事はどこにも書いていないので、それは私の全くの推測なのですが、それほど外してはいないと思います。
ですから、このチェロソナタこそは「芸人ラフマニノフ」としての自覚を持って書き上げた記念すべき第1作だったのです。
もちろん、常々言っているように、「芸人」は「芸術家」に劣る存在ではありません。
人に聞かせるほどの「芸」もないのに「芸儒家」気取りしている存在ほど鬱陶しい存在はありません。
では、そう言う記念すべき第1作に、彼にとっては馴染みのあるピアノではなくてチェロを選んだのかと言えば、そこには「ブランドゥコーフ」というチェリストの友人の存在がありました。
こういう関係ってよくありますね。
モーツァルトとロイトゲープの結びつきはホルン協奏曲を生み出し、ブラームスの残り火をかき立てたミュールフェルトの存在はクラリネットの名作を生み出しました。
そして、それらは、それほど作品に恵まれないホルンやクラリネットにとっては貴重な存在となっています。
もっとも、ラフマニノフのチェロソナタはそこまでの「有難味」はないかも知れませんが、そこには「芸人ラフマニノフ」の腕の冴えが発揮されていますから、もう少しは聞かれてもよい作品かも知れません。
冒頭の憂鬱な表情でチェロが歌い出すのは序奏です。そして、ここで奏されるチェロのモティーフはこの楽章の第1主題にも第2主題にも活用されません。
つまりは、数少ない素材を有効に活用して有機的な統一感をもたらすなどと言う「芸術家」気取りとはきっぱりと縁を切って美味しい旋律を出し惜しみせずに振りまいているのです。
ですから、これに続いてチェロが第1主題を歌い出すのですが、それもまた実に美しい旋律ですし、それに続いてピアノが披露する第2主題も申し分なく美しいのです。
そして、誰かが書いていたような気がするのですが、チェロとピアノが二つの主題を分け合うのはラフマニノフとブランドゥコーフの関係を反映しているのでしょう。
おそらくピアノパートはラフマニノフ自身が演奏することを想定しているでしょうから、ピアノがチェロの伴奏に徹するなどと言うことはあろうはずがありません。
このピアノが歌い出す第2主題は実に美しいのです。
続く第2楽章は旋律よりはリズムの面白さで始まるので少し驚くのですが、すぐにチェロがラフマニノフらしい歌を歌い出します。そして、中間部にはいるといかにもラフマニノフらしい叙情的な旋律をチェロが歌ってくれます。
しかし、ラフマニノフ節が炸裂しているのは続く第3楽章でしょう。
憂愁の気配をたたえたピアノの伴奏にのってどこまでも歌い上げていくチェロの美しさは、チェロという楽器の持つ美質を見事なまでに引き出しています。
そして、最終楽章では今までの憂愁の色を一気に打ち破るような輝かしい世界へと一変させます。
最も、それ行けどんどんで最後まで押し切ってしまっては「芸人ラフマニノフの名が泣きますから、ゆったりとチェロに歌わせる部分(どこか「ダニー・ボーイ」を思い出す旋律)もたっぷりと用意していますし、最後のコーダの部分の仕掛けは出色です。
いきなりピアノでコーダが始まって、そのまま静かに音楽が消え去って終わるかと思いきや、一転して茶目っ気たっぷりに華やか音楽が帰ってきて音楽を閉じます。
まさに芸人の面目約如です。
チェロ・ソナタ ト短調 作品19
- 第1楽章:レント - アレグロ・モデラート
- 第2楽章:アレグロ・スケルツァンド
- 第3楽章:アンダンテ
- 第4楽章:アレグロ・モッソ
淡麗辛口のチェリスト
この人も今となってはかなり忘却の彼方にあるチェリストです。
1918年にカナダのウィニペグで生まれ、2000年にニューヨークで亡くなっていますから、それなりに長生きをした人なのですが、1963年からジュリアード音楽院で教えはじめたことで、活動の重心がソリストから教育に移ったのでしょう。
面白いのは、カナダで生まれてアメリカで亡くなっているので、活動は北米が中心かと思えばさにあらず、どちらかと言えばヨーロッパでの活動がメインだったようです。40年代から50年代にかけてはDECCAでまとまった録音を残していますし、それ以後もベルリンを中心に録音活動を行っています。
それとネルソヴァと言えばエルガーのチェロ協奏曲を熱心に演奏したことでも知られています。
不思議だなと思って、あらためて経歴を眺めていますと、1928年に一家でイギリスに移住しているのですね。ですから、カナダ生まれのイギリス育ちというのが正しいのかもしれません。
しかし、そのイギリス移住後に姉妹で「カナディアン・トリオ」というコンビを組んでは世界中を演奏して回ったりもしているので、カナダ人というアイデンティティは失っていなかったようです。
そして、そんな活動の中でバルビローリと知り合って、その紹介でカザルスにつながっていきます。
このカザルスと知り合い、そこからさらにフォイアマンやピアティゴルスキーに学ぶ機会を得たことが、彼女を情念先行の「甘い」女流チェリストにしませんでした。
私も彼女の演奏をそれほど聴いたわけではないのであまり確かなことは言えないのですが、一言で言えば「淡麗辛口」、決してべたついた甘さで誤魔化すことのない演奏だと思います。
おかしな言い方かもしれませんが、チェロの響きの輪郭線がはっきりしていて(DECA録音だから?)、ロマンティックに歌う場面でも決して甘さに溺れることのないチェロです。その美質は、このラフマニノフの演奏にもよくあらわれています。
彼女は1963年から亡くなる2000年までジュリアードで教えていたそうなのですが、きっと「恐い先生」だったろうなとそう想像されます。
なお、この録音では伴奏ピアニストとして有名だったバルサムが相手をつとめているのですが、いつものように「ただの伴奏」になっていないあたりはさすがはバルサムです。
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