クラシック音楽へのおさそい~Blue Sky Label~

バッハ:ヴァイオリン協奏曲第2番 ホ長調 BWV1042

(vn)エリカ・モリーニ フレデリック・ヴァルトマン指揮 ムジカ・エテルナ室内管弦楽団 1962年4月11日&12日録音



Bach:Violin Concerto No.2 in E major, BWV 1042 [1.Allegro]

Bach:Violin Concerto No.2 in E major, BWV 1042 [2.Adagio]

Bach:Violin Concerto No.2 in E major, BWV 1042 [3.Allegro assai]


3曲しか残っていないのが本当に残念です。

バッハはヴァイオリンによる協奏曲を3曲しか残していませんが、残された作品ほどれも素晴らしいものばかりです。(「日曜の朝を、このヴァイオリン協奏曲集と濃いめのブラックコーヒーで過ごす事ほど、贅沢なものはない。」と語った人がいました)
勤勉で多作であったバッハのことを考えれば、一つのジャンルに3曲というのはいかにも少ない数ですがそれには理由があります。

バッハの世俗器楽作品はほとんどケーテン時代に集中しています。
ケーテン宮廷が属していたカルヴァン派は、教会音楽をほとんど重視していなかったことがその原因です。世俗カンタータや平均率クラヴィーア曲集第1巻に代表されるクラヴィーア作品、ヴァイオリンやチェロのための無伴奏作品、ブランデンブルグ協奏曲など、めぼしい世俗作品はこの時期に集中しています。そして、このヴァイオリン協奏曲も例外でなく、3曲ともにケーテン時代の作品です。

ケーテン宮廷の主であるレオポルド侯爵は大変な音楽愛好家であり、自らも巧みにヴィオラ・ダ・ガンバを演奏したと言われています。また、プロイセンの宮廷楽団が政策の変更で解散されたときに、優秀な楽員をごっそりと引き抜いて自らの楽団のレベルを向上させたりもした人物です。
バッハはその様な恵まれた環境と優れた楽団をバックに、次々と意欲的で斬新な作品を書き続けました。

ところが、どういう理由によるのか、大量に作曲されたこれらの作品群はその相当数が失われてしまったのです。現存している作品群を見るとその損失にはため息が出ます。
ヴァイオリン協奏曲も実際はかなりの数が作曲されたようなですが、その大多数が失われてしまったようです。ですから、バッハはこのジャンルの作品を3曲しか書かなかったのではなく、3曲しか残らなかったというのが正確なところです。
もし、それらが失われることなく現在まで引き継がれていたなら、私たちの日曜日の朝はもっと幸福なものになったでしょうから、実に残念の限りです。

聡明な演奏


ヴァイオリンという楽器には、他の楽器にはない悪魔性が存在しています。
パガニーニはその超絶技巧ゆえに「悪魔に魂を売った」と言われました。不思議なことに、リストの超絶技巧には「悪魔」のレッテルが貼られることはありませんでした。

それから、弾くものを次々と不幸にする「呪われたヴァイオリン」というものは存在しますが、同じように弾くものを次々と不幸にする「呪われたピアノ」等というものは聞いたことがありません。

そして、演奏に使ったヴァイオリンが呪われていたかどうかは分かりませんが、ヴァイオリンという楽器には、それを演奏する人間の心と体を蝕んでいくような「怖さ」を持っていることは疑いがないようです。
マイケル・レビンとクリスチャン・フェラスは薬物やアルコールにおぼれて自宅で不慮の死を遂げます。ヘンリック・シェリングは不慮の死は遂げなかったものの、その晩年は深刻なアルコール中毒に蝕まれていました。

また、ジネット・ヌヴーとジャック・ティボーは飛行機事故でその生涯を閉じていますし、コーガンも列車の中で心臓発作に見舞われて不慮の死を迎えています。
もちろん、こういう悲劇的な事は全体の母数からみればごく限られた事例であることは確かなのですが、それでも、そう言う悲劇に対してヴァイオリンという楽器は(おかしな言い方ですが)よく似合ってしまいます。

ですから、これもまたおかしな言い方なのですが、そう言う悪魔性に絡め取られないように、凛と背筋を伸ばして悪魔と対峙するようにヴァイオリンを演奏した人がいます。すぐに思い浮かぶのが、ジョコンダ・デ・ヴィートにミシェル・オークレール、そして、ここで紹介しているエリカ・モリーニあたりでしょうか・・・、って、みんな女性じゃないですか(^^;。
デ・ヴィートとオークレールは若くして第一線のソリストからは引退して教育活動に重点を置いてしまいましたが、モリーニは70歳過ぎまで第一線で活躍し続けました。そして、その引退後も20年近くの余生を過ごしたのですから、彼女こそは見事なまでに悪魔を飼い慣らしたヴァイオリニストだったのかもしれません。

ただ、残念なのは、驚くほどに録音が少ないことと、そのレパートリーが頑固なまでに狭いことです。
そして、共演者の選り好みも厳しかったのか、共演したピアニストはレオン・ポマーズとルドルフ・フィルクスニーの二人くらいです。そして、この二人との組み合わせもはっきりしていて、ベートーベンやモーツァルト、ブラームスのようなキッチリした作品はフィルクスニー、それ以外のもう少し肩のこらない作品の時はポマーズと組むという感じです。もちろん、ポマーズとは56年にブラームスのソナタを録音していますから例外はあります。

また、同じヴァイオリニストとしてはミルシテイン、指揮者で言えばワルターやセルが共演者のメインだったので、その選別の潔さは際だっています。

彼女の演奏を一言で言えば「聡明」という言葉が最もピッタリでしょう。そして、その事はデ・ヴィートとやオークレールにもあてはまるのですが、その事を最も強く感じさせてくれるのがモリーニです。
彼女は、自分という存在をよくわきまえていて、それ以上に見せようと力むこともなく、それ以下だと嫌らしく卑下することもなく、自分自身が納得できる音楽をひたすら追求し続けた人でした。ですから、そう言う音楽に相応しくない音楽家と組むことは絶対になかったのです。

結果として、彼女が残した録音の数は本当に少ないのですが、驚くほどの粒ぞろいです。そして、その音楽はどれもがモリーニに相応しく、背筋がしっかりと伸びた清潔な佇まいを崩すことはありません。そして、それはヴァイオリンという楽器がもっているある種の官能性とは遠いところにあるものなので、彼女以外では聞くことのできない佇まいを持っています。

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