クラシック音楽へのおさそい~Blue Sky Label~

ラヴェル:ボレロ

ポール・パレー指揮 デトロイト交響楽団 1958年3月24日録音



Ravel:Bolero


変奏曲形式への挑戦

この作品が一躍有名になったのは、クロード・ルルーシュ監督の映画「愛と哀しみのボレロ」においてです。映画そのものの出来は「構え」ばかりが大きくて、肝心の中味の方はいたって「退屈」・・・という作品でしたが(^^;、ジョルジュ・ドンがラストで17分にわたって繰り広げるボレロのダンスだけは圧巻でした。
そして、これによって、一部のクラシック音楽ファンしか知らなかったボレロの認知度は一気に上がり、同時にモダン・バレエの凄さも一般に認知されました。

さて、この作品なのですが、もとはコンサート用の音楽としてではなく舞踏音楽として作曲されました。ですから、ジョルジュ・ドンの悪魔的なまでのダンスとセットで広く世に知れ渡ったのは幸運でした。なにしろ、この作品を肝心のダンスは抜きにして音楽だけで聞かせるとなると、これはもう、演奏するオケのメンバーにとってはかなりのプレッシャーとなります。
嘘かホントか知りませんが、あのウィーンフィルがスペインでの演奏旅行でこの作品を取り上げて、ものの見事にソロパートをとちってぶちこわしたそうです。スペイン人にとっては「我らが曲」と思っている作品ですから、終演後は「帰れ」コールがわき上がって大変なことになったそうです。まあ、実力低下著しい昨今のウィーンフィルだけに、十分納得のいく話です。

この作品は一見するとととてつもなく単純な構造となっていますし、じっくり見てもやはり単純です。
1. 最初から最後まで小太鼓が同じリズムをたたき続ける。
2. 最初から最後まで少しずつレッシェンドしていくのみ。
3. メロディは2つのパターンのみ

しかし、そんな「単純」さだけで一つの作品として成り立つわけがないのであって、その裏に、「変奏」という「種と仕掛け」があるのではないかとユング君は考えています。変奏曲というのは一般的にはテーマを提示して、それを様々な技巧を凝らして変形させながら、最後は一段高い次元で最初のテーマを再現させるというのが基本です。

そう言う正統的な捉え方をすれば、同じテーマが延々と繰り返されるボレロはとうていその範疇には入りません。
でも、変奏という形式を幅広くとらえれば、「音色と音量による変奏曲形式」と見れなくもありません。

と言うか、まったく同じテーマを繰り返しながら、音色と音量の変化だけで一つの作品として成立させることができるかというチャレンジの作品ではないかと思うのです。
ショスタの7番でもこれと同じ手法が用いられていますが、しかしあれは全体の一部分として機能しているのであって、あのボレロ的部分だけを取り出したのでは作品にはなりません。

人によっては、このボレロを中身のない外面的効果だけの作品だと批判する人もいます。
名前はあげませんが、とある外来オケの指揮者がスポンサーからアンコールにボレロを所望されたところ、「あんな中身のない音楽はごめんだ!」と断ったことがありました。
それを聞いた某評論家が、「何という立派な態度だ!」と絶賛をした文章をレコ芸に寄せていました。

でも、私は、この作品を変奏曲形式に対する一つのチャレンジだととらえれば実に立派な作品だと思います。
確かにベートーベンなんかとは対極に位置する作品でしょうが、物事は徹すると意外と尊敬に値します。

生粋のフランス人


パレーは指揮者である前に作曲家でした。そして、デトロイト響とのコンビでマーキュリーレーベルで大量の録音活動を行っていたのですが、調べてみるとその中に1曲だけ自作を録音していることが分かりました。
その1曲が1931年に作曲された「ジャンヌ・ダルク没後500年記念のミサ曲」です。

「作曲家としての立ち位置が・・・20世紀においては時代遅れ(^^;と言われるようなスタイル」だったと書かれていることが多いのですが、やはり実際に耳で聞くことが出来ると「なるほど」という納得感があります。

大規模な管弦楽に合唱団と4人の独唱者を必要とする、まさに絵に描いたような後期ロマン派の音楽です。さらに、「Kyrie」「Gloria」「Sanctus」「Benedictus」「Agnus Dei」という「Credo」が省略された構成なので、まあ「レクイエム」と思えばいいようです・・・と言えるような、伝統的なスタイルをしっかりとふまえた音楽になっています。

また、「Gloria」ではなんだか日本の追分節を思わせるようなメロディをソプラノが歌っていたり、「Sanctus」の冒頭で派手派手しい金管のファンファーレが鳴り響いたりとエンターテイメント性にあふれた実に分かりやすくて楽しい音楽になっています。
その意味では、おそらくはこの当時のフランスの音楽界の特徴だったワーグナーに対する傾倒がパレーにもあったことは間違いありません。

ただ、この自作の録音はなかなかに面白くて、セッション終了後に演奏者に対してお礼を述べているパレーのスピーチが収録されています。私もまた英語はそれほど得意ではないのでかなりいい加減なのですが、おそらく、最後のアニュス・デイが難しくて大変だったけれど、なさんの協力のおかげで何とか満足できるレベルで録音することが出来た・・・みたいなことをしゃべっている雰囲気です。(^^;

正直言って、この「ジャンヌ・ダルク没後500年記念のミサ曲」に関しては、演奏も録音もそれほど冴えたものにはなっていません。オケのメンバーにしてみればか聞いたこともないような作品ですから、いつもの快速テンポでメリハリをきかせた演奏とは全く別人で、おそるおそる手探りで演奏しているような雰囲気すら漂っています。
特に、パレー自身も「難しい」と言っている最終楽章のアニュス・デイでは、弦楽セクションは間違いなく手探り状態です。

そして、録音しているCozartにしても、演奏がそんなレベルでは気合いが入るはずもなく、いつもの活きの良さなどは全くない凡庸な音で手を打ってしまっています。
そんなこんなの「苦労」を強いたという申し訳なさと、その結果としての不出来の不名誉が演奏者に対して向かないようにとの配慮が、この最後の2分あまりのスピーチも収録することになった理由ではないかと推測します。

さらに、パレーという人の経歴を調べてみると戦争中は徹底的にナチスと戦い続けた硬骨漢だったことも有名です。
そして戦後はアメリカで長年活動し、晩年はデトロイトの学生オケなどの指導も行いながら最後までほとんど英語を話せなかったというのも実にフランス人らしいのです。
録音活動の中心がデトロイト響のために、ともすればアメリカの指揮者と誤解されることも多いのですが、それはとんでもない話で、彼ほどにフランス人的な指揮者はいないと言っていいほどの生粋のフランス人だった人です。

ですから、パレーと言えば、ともすれば強めのアタックと目を見張るような快速テンポで攻撃的な音楽づりをする人という印象が強いのですが、彼にはもう一つ、生粋のフランス人という顔があることも忘れてはいけません。
あの攻撃的な音楽作りは独襖系の音楽に対するスタンスであって、それがフランス系の音楽となると、「これぞ私の音楽」という雰囲気で実に楽しげに振る舞うという顔も持っているのです。

それはラヴェルやドビュッシーというビッグネームでもそうなのですが、それよりはイベールとかシャブリエの小品などになると、実に楽しげに指揮棒を振っているのです。そして、そう言う楽しげな雰囲気は、例えばドイツ系のウェーバーやリストのような作曲家の小品でも感じとることが出来るのです。

と言うことは、もしかしたら独襖系の作品で聞くことの出来る攻撃的な姿勢は、もしかしたら即物主義全盛のアメリカにおける、かなり無理をした肩肘張った姿だったのかもしれません。
そして、フランス人作曲家達の小品を楽しげに指揮している顔こそが、本当のパレーの顔だったのかもしれません。

ただし、デトロイト響を去って、そう言う肩肘張って無理をしなくても良くなると、彼の音楽は一気に冴えないものになっていったのも事実です。
晩年のパレーはフランス国立放送管弦楽団、パリ管弦楽団、モンテ・カルロ歌劇場管弦楽団、イスラエル・フィル等を悠々自適で客演活動を続けたのですが、演奏も録音も冴えないものになっています。

何とも辛い話ですが、このあたりが芸というものものが本質的に持っている「残酷さ」なのかもしれません。

<ラヴェル:ボレロ>

1958年の録音なのですが、その録音の生々しさには驚嘆させられます。一部では、さすがのマーキュリー・レーベルでも50年代の録音では苦しい、とか、いささか音がぼけ気味、なんて書いている人もいるのですが、きちんとしたシステムで再生すればこれほどまでに一つ一つのソロ楽器が生々しく捉えられている録音は他には思い当たりません。
一言で言えば、これは「確信犯的な録音」です。実際の演奏会では、ソロ楽器がこんなにもクリアに、そしてしっかりとした質感を持って聞こえてくるようなことはありません。ですから、これは実演のバランスからはかなり逸脱しています。

しかし、オーディオというのは実演の代替物ではなく、オーディオでなければ表現できない「美」があるという事への強くて深い確信がここにはあります。
ですから、演奏する方にとっては大変だったと思われます。ワンポイント録音ですから、後から編集でごまかすと言うことはまず出来ません。そんな状況で、書くも生々しくソロ楽器の音を捉えられるのですから、今の耳からすればもたつき気味なところもないわけではありません。それでも、音楽が頂点へと駆け上がったところで転調してフィナーレへとなだれ込むところの凄まじさは、編集でごまかした演奏からでは絶対に聞くことの出来ない「破壊力」があります。

よせられたコメント

2020-11-12:コタロー


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