クラシック音楽へのおさそい~Blue Sky Label~

モーツァルト:ピアノ協奏曲第23番 イ長調 K.488

(P)メイエル モーリス・エウィット指揮 モーリス・エウィット管弦楽団 1953年録音





Mozart:ピアノ協奏曲第23番 イ長調 K.488 「第1楽章」

Mozart:ピアノ協奏曲第23番 イ長調 K.488 「第2楽章」

Mozart:ピアノ協奏曲第23番 イ長調 K.488 「第3楽章」


ヴェールをかぶった熱情

モーツァルトにとってイ長調は多彩の調性であり、教会の多彩なステンドグラスの透明さの調性である。(アルフレート・アインシュタイン)

モーツァルトは、k466(ニ短調:20番)、K467(ハ長調:21番)で、明らかに行き過ぎてしまいました。そのために自分への贔屓が去っていくのを感じたのか、それに続く二つのコンチェルトはある意味での先祖帰りの雰囲気を持っています。
構造が簡単で主題も明確、そしてオケとピアノの関係も常識的です。
事実、この作品で、幾ばくかはウィーンの聴衆の支持を回復することができたようです。

しかし、一度遠い世界へとさまよい出てしまったモーツァルトが、聴衆の意を迎え入れるためだけに昔の姿に舞い戻るとは考えられません。そう、両端楽章に挟まれた中間のアンダンテ楽章は紛れもなく遠い世界へさまよい出たモーツァルトの姿が刻印されています。
それは深い嘆きと絶望の音楽です。
ただし、そのようなくらい熱情はヴェールが被されることによって、その本質はいくらかはカモフラージュされています。このカモフラージュによってモーツァルトはかろうじてウィーンの聴衆の支持をつなぎ止めたわけです。
遠い世界へさまよい出ようとするモーツァルトと、ウィーンの聴衆の支持を引き止めようとするモーツァルト。この二つのモーツァルトの微妙な綱引きの狭間で、奇跡的なバランスを保って成立したのがこの作品でした。しかし、そのような微妙なバランスをいつまでも保ち続けることができるはずがありません。
続くK491(ハ短調:24番)のコンチェルトでモーツァルトはそのくらい熱情を爆発させ、そしてウィーンの聴衆は彼のもとを去っていきます。

エレガントなモーツァルト


これは実に面白く。興味深い録音です。
まずはメイエルのピアノ。知っている人は知っているが、大部分の人にとっては全く忘れ去られたピアニストです。おそらくは、同時代にハスキルやリリー・クラウスというような「突出」した存在があったために、その陰に隠れてしまったのでしょう。
しかし、メイエルにはハスキルやクラウスにはない「美質」があります。そのクリアで冴え冴えとした響きは、クラウスの方に近いのでしょうが、クラウスの真骨頂が力強さにあるのに対して、メイエルのピアノは上品で都会的なエレガンスに溢れています。
その意味では、20番のニ短調コンチェルトの方はいささか灰汁がなさ過ぎで物足りなく感じるかもしれませんが、23番の方は彼女の美質と曲想がベストマッチングで実に素晴らしいです。アインシュタインが「イ長調は多彩の調性であり、教会の多彩なステンドグラスの透明さの調性である。」と言ったように、まさにメイエルの美質はこのような作品においてこそ最大限に発揮されます。

そして、忘れてならないのは、このメイエルをサポートしているモーリス・エウィットの存在です。いまや、モーリス・エウィットと聞いてピンと来る方はよほどのマニアです。
そうです、モーリス・エウィットとは、あの伝説のカルテット、カペー弦楽四重奏団のセカンドヴァイオリンをつとめていた人物なのです。
昨今のカルテットは、4人の奏者の力量が拮抗していて、その4人が緊密なアンサンブルで作品を構築するというのが一般的です。しかし、古い時代のカルテットはファーストヴァイオリンが親分であり、後の3人はその親分を盛り上げる脇役に徹するというのが基本的なスタイルでした。全体のアンサンブルがある程度破綻しても、ファーストヴァイオリンが思う存分に歌いあげるというのが基本でした。
しかし、カペー弦楽四重奏団だけはその当時としては異質で、セカンドヴァイオリンをつとめていたモーリス・エウィットはファーストヴァイオリンのリュシアン・カペーに対抗しうるだけの力量を持っていました。ですから、この二人が作り上げる緊密なアンサンブルとやりとりは、その時代におけるカルテットの水準を大きく上回るものであり、それ故にカペー弦楽四重奏団が今もって高く評価されるゆえんでもありました。
カペー弦楽四重奏団はカペーの死によって1928年に活動を終えるのですが、1971年まで長生きし、多彩な活動を展開したようです。とりわけ、戦後はエウィット管弦楽団なるオケを編成して精力的に指揮活動を行いました。ところが、何があったのは分かりませんが1955年以降はパッタリと音楽活動を止めてしまい、そのためにその存在はほとんど忘れ去られてしまいました。

このメイエルをサポートした録音も、流石はカペー弦楽四重奏の一員だっただけのエレガンスに溢れた演奏を展開しています。本当にメイエルとの相性もバッチリで、この時代のフランス音楽界のレベルの高さを証明しています。
エウィットは結構レパートリーも広くて、録音も数多く行っていたようです。もしかしたら、彼の業績もパブリックドメインとなることによって忘却の淵から蘇るかもしれません。

よせられたコメント

2009-10-06:Joshua


2009-12-11:hiro


2010-04-17:ウェス


2020-06-22:笑枝


【リスニングルームの更新履歴】

【最近の更新(10件)】



[2024-05-25]

モーツァルト:弦楽四重奏曲第6番 変ロ長調 K.159(Mozart:String Quartet No.6 in B-flat major, K.159)
パスカル弦楽四重奏団:1952年録音(Pascal String Quartet:Recorded on 1952)

[2024-05-23]

モーツァルト:ピアノ協奏曲第23番イ長調 K.488(Mozart:Piano Concerto No. 23 in A major, K.488)
(P)マルグリット・ロン:フィリップ・ゴーベール指揮 パリ交響楽団 1935年12月13日録音(Marguerite Long:(Con)Philippe Gaubert The Paris Symphony Orchestra Recorded on December 13, 1935)

[2024-05-21]

ボッケリーニ:チェロ協奏曲第9番 G.482(Boccherini:Cello Concerto No.9 in B flat major, G.482)
(Cell)ガスパール・カサド:ルドルフ・モラルト指揮 ウィーン・プロ・ムジカ管弦楽団 1958年発行(Gaspar Cassado:(Con)Rudolf Moralt Vienna Pro Musica Orchestra Released in 1958)

[2024-05-19]

ブラームス:ヴァイオリンとピアノのためのソナタ第1番ト長調 Op.78(Brahms:Violin Sonata No.1 in G major, Op.78)
(P)ロベール・カサドシュ:(Vn)ジノ・フランチェスカッティ 1951年1月4日録音(Robert Casadesus:(Vn)Zino Francescatti Recorded on January 4, 1951)

[2024-05-17]

リスト:ペトラルカのソネット104番(Liszt:Deuxieme annee:Italie, S.161 Sonetto 104 del Petrarca)
(P)チャールズ・ローゼン 1963年12月録音(Charles Rosen:Recorded on December, 1963)

[2024-05-15]

サン=サーンス:ハバネラ Op.83(Saint-Saens:Havanaise, for violin & piano (or orchestra) in E major, Op. 83)
(Vn)ジャック・ティボー (P)タッソ・ヤノプーロ 1933年7月1日録音(Jacques Thibaud:(P)Tasso Janopoulo Recorded on July 1, 1933)

[2024-05-13]

ヨハン・シュトラウス:皇帝円舞曲, Op.437(Johann Strauss:Emperor Waltz, Op.437)
ヤッシャ・ホーレンシュタイン指揮 ウィーン国立歌劇場管弦楽団 1962年録音(Jascha Horenstein:Vienna State Opera Orchestra Recorded on December, 1962)

[2024-05-11]

バルトーク:ピアノ協奏曲 第3番 Sz.119(Bartok:Piano Concerto No.3 in E major, Sz.119)
(P)ジェルジ・シャーンドル:ユージン・オーマンディ指揮 フィラデルフィア管弦楽団 1947年4月19日録音(Gyorgy Sandor:(Con)Eugene Ormandy The Philadelphia Orchestra Recorded on April 19, 1947)

[2024-05-08]

ハイドン:弦楽四重奏曲第6番 ハ長調 ,Op. 1, No. 6, Hob.III:6(Haydn:String Quartet No.6 in C Major, Op. 1, No.6, Hob.3:6)
プロ・アルテ弦楽四重奏団:1931年12月2日録音(Pro Arte String Quartet:Recorded on December 2, 1931)

[2024-05-06]

ショーソン:協奏曲 Op.21(Chausson:Concert for Violin, Piano and String Quartet, Op.21)
(P)ロベール・カサドシュ:(Vn)ジノ・フランチェスカッテ ギレ四重奏団 1954年12月1日録音(Robert Casadesus:(Vn)Zino Francescatti Guilet String Quartet Recorded on December 1, 1954)

?>