クラシック音楽へのおさそい~Blue Sky Label~

ラヴェル:ラ・ヴァルス

ミュンシュ指揮 ボストン交響楽団 1955年12月5日録音





Ravel:ラ・ヴァルス


沈みゆく船

この音楽を聞いていると、いつもタイタニック号のイメージが浮かび上がってきます。
華やかな舞踏会が繰り広げられる豪華な客船、しかし、その船はまさに沈みゆこうとしています。
それでも、人々は、そんなことを夢にも思わずに踊り続けている。

パッと聞くだけなら、この上もなく華やかで明るいだけの音楽に聞こえます。でも、その音楽を聞いていると、その底に何とも言えない苛立ちのような不安感が流れています。それは、おそらくは上辺の華やかさと底辺の不気味さが妙に同居していて、その不気味さが華やかな音楽の合間に時々ぬっと顔を出すからでしょう。
こういう不気味さは結構コワイ。
そして音楽はラストに向けてやけくそのようにテンポを速めながら、最後は砕け散るように幕を閉じます。

よく言われるように、この作品にはラヴェル自身の第一次世界大戦への従軍とその後の心的外傷後ストレス障害(PTSD)が間違いなく反映しています。

ラヴェルはこの作品に対して次のような標題を掲げています。

渦巻く雲の中から、ワルツを踊る男女がかすかに浮かび上がって来よう。雲が次第に晴れ上がる。と、A部において、渦巻く群集で埋め尽くされたダンス会場が現れ、その光景が少しずつ描かれていく。B部のフォルティッシモでシャンデリアの光がさんざめく。1855年ごろのオーストリア宮廷が舞台である。

おそらく、氷河に衝突したのがフランツ・ヨーゼフ1世治下の1850年代であり、その結果としての沈没が第一次世界大戦であったという思いがあったのでしょうか。

でも、これが他人事とは思えない現状も怖いなぁ。

これぞミュンシュの真骨頂


ミュンシュという人の最大の特徴は、複雑を極めるスコアの各パートを実にバランス良く鳴らし分けることです。それは、彼の初来日の時に、あの吉田大明神に「まるで目の前にスコアを見ているような明晰さ」と言わしめた事にも良くあらわれています。ただし、大明神はそれに続けて、「しかし、その演奏に私は感心しなかった」とも書いています。

今回、ボストン時代の録音をまとめて聞いてみて、この大明神の御宣託が痛いほどに理解できます。
この国におけるクラシック音楽を支えてきた中核とも言える人々は、音楽に対して造形の確かさや響きの美しさ、明晰さだけでなく、それに加えて「人生」を担いうるだけの「ドラマ性」をプラスαとして求めてきました。
誤解を恐れずに簡潔に言い切ってしまえば、ミュンシュの作り出す音楽は前者に関してはほぼ満点、ところが後者に関しては「あんた、何が言いたいの?」と思ってしまうのです。
ですから、晩年のパリ管時代の、人が変わったような情念ぶちまけのブラ1や幻想は評価が高かったのです。でも、あの演奏には、彼本来の持ち味だったオケをバランス良く響かせる「技」は姿を消しています。

もちろん、音楽に何を求めようとそれは各個人の自由に属する問題です。
おそらく、ボストン時代のミュンシュにとって、そんな「ドラマ性」など知った話ではなかったのでしょう。
しかし、東海の小島に住まう数少ないクラシック音楽ファンがそれを良しとしなかったとしても、それもまた責められるはずはありません。それが、ベートーベンやブラームスのような独墺系の音楽ならば尚更です。

しかし、それがラヴェルのような音楽だとどうでしょう。
以前に書いた「ミュンシュの作るオケの響きは「軽み(かろみ)」があります。低弦がゴリゴリすることは絶対になくていつも軽さを失いません。そして、そう言う響きが実に気持ちよく横へとつながっていきます。」というミュンシュの美質が全てプラス面に働いています。
そして、ラヴェルの凄腕は、スコアを精緻に表現していけば、自ずとそこにドラマが浮かび上がるように仕上げています。いや、逆に言えば、精緻に再現する「技」がなければ、ラヴェルのドラマは浮かび上がってきません。

ミュンシュはドイツとフランスのDNAを持つと言われますが、こういう演奏を聴くと、彼のDNAはやはりフランスのようです。

よせられたコメント

2013-08-11:Guinness


2016-01-07:Sammy


【リスニングルームの更新履歴】

【最近の更新(10件)】



[2024-05-25]

モーツァルト:弦楽四重奏曲第6番 変ロ長調 K.159(Mozart:String Quartet No.6 in B-flat major, K.159)
パスカル弦楽四重奏団:1952年録音(Pascal String Quartet:Recorded on 1952)

[2024-05-23]

モーツァルト:ピアノ協奏曲第23番イ長調 K.488(Mozart:Piano Concerto No. 23 in A major, K.488)
(P)マルグリット・ロン:フィリップ・ゴーベール指揮 パリ交響楽団 1935年12月13日録音(Marguerite Long:(Con)Philippe Gaubert The Paris Symphony Orchestra Recorded on December 13, 1935)

[2024-05-21]

ボッケリーニ:チェロ協奏曲第9番 G.482(Boccherini:Cello Concerto No.9 in B flat major, G.482)
(Cell)ガスパール・カサド:ルドルフ・モラルト指揮 ウィーン・プロ・ムジカ管弦楽団 1958年発行(Gaspar Cassado:(Con)Rudolf Moralt Vienna Pro Musica Orchestra Released in 1958)

[2024-05-19]

ブラームス:ヴァイオリンとピアノのためのソナタ第1番ト長調 Op.78(Brahms:Violin Sonata No.1 in G major, Op.78)
(P)ロベール・カサドシュ:(Vn)ジノ・フランチェスカッティ 1951年1月4日録音(Robert Casadesus:(Vn)Zino Francescatti Recorded on January 4, 1951)

[2024-05-17]

リスト:ペトラルカのソネット104番(Liszt:Deuxieme annee:Italie, S.161 Sonetto 104 del Petrarca)
(P)チャールズ・ローゼン 1963年12月録音(Charles Rosen:Recorded on December, 1963)

[2024-05-15]

サン=サーンス:ハバネラ Op.83(Saint-Saens:Havanaise, for violin & piano (or orchestra) in E major, Op. 83)
(Vn)ジャック・ティボー (P)タッソ・ヤノプーロ 1933年7月1日録音(Jacques Thibaud:(P)Tasso Janopoulo Recorded on July 1, 1933)

[2024-05-13]

ヨハン・シュトラウス:皇帝円舞曲, Op.437(Johann Strauss:Emperor Waltz, Op.437)
ヤッシャ・ホーレンシュタイン指揮 ウィーン国立歌劇場管弦楽団 1962年録音(Jascha Horenstein:Vienna State Opera Orchestra Recorded on December, 1962)

[2024-05-11]

バルトーク:ピアノ協奏曲 第3番 Sz.119(Bartok:Piano Concerto No.3 in E major, Sz.119)
(P)ジェルジ・シャーンドル:ユージン・オーマンディ指揮 フィラデルフィア管弦楽団 1947年4月19日録音(Gyorgy Sandor:(Con)Eugene Ormandy The Philadelphia Orchestra Recorded on April 19, 1947)

[2024-05-08]

ハイドン:弦楽四重奏曲第6番 ハ長調 ,Op. 1, No. 6, Hob.III:6(Haydn:String Quartet No.6 in C Major, Op. 1, No.6, Hob.3:6)
プロ・アルテ弦楽四重奏団:1931年12月2日録音(Pro Arte String Quartet:Recorded on December 2, 1931)

[2024-05-06]

ショーソン:協奏曲 Op.21(Chausson:Concert for Violin, Piano and String Quartet, Op.21)
(P)ロベール・カサドシュ:(Vn)ジノ・フランチェスカッテ ギレ四重奏団 1954年12月1日録音(Robert Casadesus:(Vn)Zino Francescatti Guilet String Quartet Recorded on December 1, 1954)

?>