モーツァルト:ピアノ協奏曲第26番 ニ長調 K.537 「戴冠式」
(P)グルダ アンソニー・コリンズ指揮 ロンドン新交響楽団 1955年9月録音
Mozart:Piano Concerto No.26 in D major, K.537 Coronation [1.Allegro]
Mozart:Piano Concerto No.26 in D major, K.537 Coronation [2.(Larghetto)]
Mozart:Piano Concerto No.26 in D major, K.537 Coronation [3.(Allegretto)]
モーツァルトのピアノ協奏曲を概観してみれば・・・からの抜粋

さて、最後に2つの作品が残されることになります。私はこれらをどのグループにも属さない孤独な2作品と書きました。
第26番 k537:1778年2月24日完成
第27番 K595:1791年1月5日完成
この時代のモーツァルトは演奏会を行っても客が集まらず困窮の度合いを深めていくと言われてきました。しかし、これもまた最近の研究によると少しばかり事情が異なることが分かってきました。
たとえば、有名な39番?41番の3大交響曲も従来は演奏される当てもなく作曲されたと言われてきましたが、現在でははっきりとした資料は残っていないものの何らかの形で演奏されたのではないかと言われています。確かに、予約演奏会という形ではその名簿に名前を連ねてくれる人はいなくなったのですが、当時の演奏会記録を丹念に調べてみると、依然としてウィーンにおけるモーツァルトの人気は高かったことが伺えます。ですから、確かに人気が絶頂にあった時代と比べれば収入は落ち込んだでしょうが、世間一般の常識とくべれば十分すぎるほどの収入があったことが最近になって分かってきました。
この時代にモーツァルトはフリーメイソンの盟友であるプフベルグ宛に泣きたくなるような借金の依頼を繰り返していますが、それは従来言われたような困窮の反映ではなく、生活のレベルを落とすことのできないモーツァルト一家の支出の多さの反映と見るべきもののようです。
ですから、26番の「戴冠式」と題された協奏曲もウィーンでだめならフランクフルトで一旗揚げてやろうという山っ気たっぷりの作品と見るべきもののようです。ですから、借金をしてまでフランクフルトで演奏会をおこなったのは悲壮な決意で乗り込んだと言うよりは、もう少し脂ぎった思惑があったと見る方が現実に近いのかもしれません。そして、己の将来を切り開くべく繰り出した作品なのですから、モーツァルトとしてもそれなりに自信のあった作品だと見ていいでしょう。ここでは、一度開ききった断絶が再び閉じようとしているように見えます。
しかし、残念ながらこの演奏会はモーツァルトが期待したような結果をもたらしてくれませんでした。そして、人気ピアニストとしてのモーツァルトの活動はこれを持って事実上終わりを告げます。ロマン派の音楽家ならば演奏されるあてがなくても己の感興の赴くままに作曲はするでしょうが、モーツァルトの場合はピアニストとしての活動が終わりを告げれば協奏曲が創作されなくなるのは理の当然です。ですから、この後にモーツァルトは再び交響曲に戻っていくことになり例の3大交響曲を残すことになるわけです。
正当派ピアニストとしてのグルダの姿原点が刻み込まれています。
グルダというピアニストは、その奇矯な行動によって極めて個性の強い、もしくは灰汁の強いピアニストだと思われている節もあるのですが、そう言う外面的なことは脇に置いて彼の音楽を虚心に聴けば、その本質は極めて「普通」なものであることが了解されるはずです。
もちろん、この場合の「普通」というのは決して貶す意味の言葉ではなくて、私としては褒め言葉として使っています。
これは、常に言っていることなのですが、「個性的」というのは往々にして「独りよがり」でしかない場合が圧倒的に多いです。特に、クラシック音楽のような長い歴史の積み重ねのある世界では、前人が踏んできた道をしっかりと理解し、その上で己のオリジナリティを主張しないと、パッと聴いたときには何らかの面白みは感じたとしても、繰り返して聴くうちにそう言う底の浅さはすぐに露呈してしまいます。(例えば・・・○ーニン・・・とか^^;)
ですから、グルダに呈した「普通」という言葉は、そう言う前人の踏んできた道をしっかりと理解した演奏になっているという意味で使ったものです。人はよく、「普通にやればいいんだ」と気楽に言いますが、普通にやるべき事を普通にきちんとやり遂げるというのは、まぐれ当たりのファインプレーをやることよりはうんと難しいことです。そうでなければ、あのアルゲリッチが「グルダのようには上手く弾けないけれど」などと言ってモーツァルトの演奏を始めるなどと言うことは有り得ないのです。
そう言えば、グルダは最後まで、ジャズピアニストとしては「上手く」ならなかったらしいです。その事は本人も認めていて、何度もその事を語っています。
当たり前のことですが、グルダがピアノを上手に弾けないなどと言うことは有り得ないことなので、この「上手く」ならなかったというのは、結局はジャズであっても彼はクラシック的にしか演奏できなかったことを意味しています。
ですから、グルダの音楽の本質は、その行動の奇矯さとは正反対の、極めて「保守的」なものだったと言えます。
そして、その事は、1953~1955年にかけて録音されたこのモーツァルトの録音を聞けば、容易に理解できます。
当然のことですが、モーツァルトのピアノ協奏曲に限れば、彼の最も素晴らしい業績はアバド&ウィーンフィルと組んだ録音でしょう。実は、私にとっての「刷り込み」はこの2枚組のLPだったので、よりいっそう印象の深い録音になっています。
これと比べれば、50年代の録音は生真面目にすぎるかもしれません。さらに言えば、オケの響きが鋭角的で、場合によってはうるさすぎるくらいに前に出しゃばってくるので、全体としてはあまりお勧めできるような録音ではないかとは思います。
しかし、ここには保守本流とも言うべき、正当派ピアニストとしてのグルダの姿が刻み込まれています。そう言うわけで、20世紀を代表する偉大なピアニストだったグルダの原点を確認するという「楽しみ」はある録音だとは言えそうです。
惜しむらくは、50年代のデッカ録音としては、いささか音が冴えないことです。とはいえ、ベーゼンドルファー(だと、思うのですが・・・)の深々とした響きの一端くらいはすくい取られているので、それで良しとしましょう。
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