Home|Blue Sky Label~更新履歴
前のページ/次のページ

エドゥアルト・ファン・ベイヌム指揮 アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団 1954年5月22日録音ベイヌムはブラームスの交響曲第1番のリハーサルを行っていた最中に倒れ、わずか57歳で死去しました。
僅か27才でコンセルトヘボウにデビューし、その2年後には次席指揮者、38年からはメンゲルベルクととともに首席指揮者を務めるようになります。...

(Vn)ユーディ・メニューイン:1935年12月19日 & 1936年2月3日録音とある雑誌で坂本龍一氏がバッハのこの作品を取り上げていて、一番好きな録音としてメニューインのものを挙げていたのです。
坂本龍一ともあろうものが何というチョイスだと思いました。
1956年から57年にかけて録音されたメニューインの無伴奏ヴ...

エドゥアルト・ファン・ベイヌム指揮 アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団 1958年7月1日~5日録音このベイヌムによる「水上の音楽」はセルやカラヤンのように刈り込んだ「ハーティ版」ではなくて全曲演奏です。
しかし、新ヘンデル全集の「レートリッヒ版」とは少しばかり違う、旧ヘンデル全集の「クリュザンダー版」なるものが使われています。このあた...

サー・ネヴィル・マリナー指揮 (Recorder)ベルナルド・クライニス ロンドン・ストリングス 1965年録音マリナーという指揮者は長きにわたって低く見積もられてきた指揮者でした。
誰の言葉だったのかは失念してしまいましたが、来日公演の時に、その登場の仕方がヘコヘコとあまりにも腰が低くて、まるでどこかの営業マンみたいだったとボロクソに書いている評...

サー・ネヴィル・マリナー指揮 (Recorder)ベルナルド・クライニス ロンドン・ストリングス 1965年録音マリナーという指揮者は長きにわたって低く見積もられてきた指揮者でした。
誰の言葉だったのかは失念してしまいましたが、来日公演の時に、その登場の仕方がヘコヘコとあまりにも腰が低くて、まるでどこかの営業マンみたいだったとボロクソに書いている評...

カール・シューリヒト指揮 南西ドイツ放送交響楽団 1960年12月録音シューリヒトの音楽と言えば淡彩でさらさららと流れていくというのが一般的です。しかし、50年代の録音などを聞いていると、さらさらと流れているようで、細かく見ていると結構微妙なニュアンスを付与していることに気づく場面があります。
しかし、この...

カール・シューリヒト指揮 南西ドイツ放送交響楽団 1960年12月録音シューマン:交響曲第3番 変ホ長調 「ライン」 作品97の演奏へのコメントです
シューリヒトの音楽と言えば淡彩でさらさららと流れていくというのが一般的です。しかし、50年代の録音などを聞いていると、さらさらと流れているようで、細かく見ている...

ヴォルフガング・サヴァリッシュ指揮 ウィーン交響楽団 1961年11月~12月録音サヴァリッシュは1960年にウィーン交響楽団のシェフに就任して70年に退いています。年齢的に言えば30代後半からの10年という事になります。
この10年間にブラームスの関してはまとまった録音を残しているのですが、それ以外にハイドン、シュー...

ヴォルフガング・サヴァリッシュ指揮 ウィーン交響楽団 ウィーン楽友協会合唱団 (S)ウィルマ・リップ (A)アーフェ・ヘイニス (Bass)フランツ・クラス 1962年2月録音サヴァリッシュはケルンの歌劇場の音楽総監督の職を得た1960年にウィーン交響楽団の首席指揮者も勤めることになります。そのウィーンの交響楽団を使って、フィリップスはこのコンビで精力的に録音活動を開始します。そして、その手始めとして計画されたの...

ウィリアム・スタインバーグ指揮 ピッツバーグ交響楽団 1955年1月11日録音LPレコードのジャケットというのは、SP盤とは異なるLP盤故の「特性」のために「発明」されたものでした。
まず、何とってもLP盤はSP盤よりははるかに細かい溝が刻まれていて、その溝をカートリッジがトレースするのですから埃は大敵です。それに...
前のページ/次のページ