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        <title>Blue sky label</title>
        <description>クラシック音楽の配信を行っています。フルトヴェングラーやワルター、トスカニーニなどの歴史的名演を無料でダウンロードできます。</description>
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        <dc:creator>ユング君</dc:creator>
        <title>ダンディ：フランス山人の歌による交響曲&gt;&gt;&gt;ミュンシュ指揮　（P）ニコル・アンリオ　ボストン交響楽団　1958年3月24日録音</title>
        <link>http://www.yung.jp/yungdb/op.php?id=1642</link>
        <description>&lt;h3&gt;交響曲？ピアノ協奏曲？&lt;/h3&gt;ダンディと言えば、シャルル・ボルドらと共同でスコラ・カントルムを創設したことで知られています。スコラ・カントルムは古典主義的で厳格な音楽教育で知られていて、１９０２年に初演されたドビュッシーのオペラ、「ペレアスとメリザンド」と同時期に初演されたダンディのオペラ「異邦人」をめぐって、ドビュッシー派とスコラ・カントルム派との間に激しい論争が起こったことも有名なエピソードです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ダンディはワーグナーの「リング」を聞いて感動し熱心なワグネリアンとして音楽家の第一歩をスタートさせますが、後にフランスの国民主義的な作曲へと変容を遂げていきます。その変容の第一歩を記したのが、この「フランス山人の歌による交響曲」です。&lt;br /&gt;
ダンディはパリに生まれてパリで育った人物ですが、もとは南仏アルデーシュ地方の貴族の血をひいています。その父祖の地とも言うべきアルデーシュ地方の民謡を採取する中で出会った牧夫の歌を素材として書き上げたのがこの作品です。&lt;br /&gt;
その素材とは、第１楽章の冒頭にコールアングレで奏される旋律で、実に伸びやかでのどかな風情がただようメロディです。ダンディはこの主題を核として、師であるフランクの交響曲と同じように循環形式によって全体の統一を図っています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ダンディは当初この作品を管弦楽とピアノのための幻想曲として着想したようですが、結果としてそれを交響曲にスタイルを変えて１８８７年の夏に一気に書き上げました。ですから、聞きようによってはピアノ協奏曲の範疇に入れる方が妥当なような気もしますが、もう一歩踏み込んで聞いてみると、ピアノはあくまでもオケの中の一つの楽器として有機的に扱われているような気もします。&lt;br /&gt;
ダンディ自身はこの作品に「交響曲第１番」という名前を与えていますので本人としては交響曲として扱われるのが本意だったことは間違いありません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお、この作品にはワーグナーからの影響が色濃く残っていると指摘されることが多いのですが、ユング君にはそれよりもブルックナーのような響きがあちこちから聞こえてくるように思うのですが、いかがなものでしょうか？</description>
    </item>
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        <dc:creator>ユング君</dc:creator>
        <title>ドヴォルザーク：チェロ協奏曲　ロ短調　作品104&gt;&gt;&gt;ミュンシュ指揮　（Vc）ピアティゴルスキー　ボストン交響楽団　1960年2月22日録音</title>
        <link>http://www.yung.jp/yungdb/op.php?id=1641</link>
        <description>&lt;h3&gt;チェロ協奏曲の最高傑作であることは間違いありません。&lt;/h3&gt;出典: フリー百科事典『ウィキペディア（Wikipedia）』&lt;br /&gt;
特徴&lt;br /&gt;
この協奏曲は、アメリカ時代の終わり、チェコへの帰国直前に書かれた作品で、ボヘミアの音楽と黒人霊歌やアメリカン・インディアンの音楽を見事に融和させた作品として名高い（これについて、芥川也寸志は「史上類をみない混血美人」という言葉を贈っている（『音楽を愛する人に』1971年）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この作品の主題が原住民インディオや南部の黒人の歌謡から採られたという俗説があるが、これについては作曲者自身が友人のオスカール・ネダブルに宛てて 1900年に書いた手紙の中で明快に否定しており、その後の研究でもそのような歌謡は見つかっていない。こうした誤解は、この作品がいかに親しみやすい旋律に満ちているかを物語る証左であるが、それと同時に独奏チェロの技巧性を際だたせる場面にも富んでいる。また、低音の金管楽器を巧みに用いることで、シンフォニックで、かつ柔らかな充実した響きをもたらすことにも成功している。コンチェルトには異例な程オーケストラが活躍する曲であり、特に木管楽器のソロは素晴らしい。さらには、主題操作の妙や確かな構成と、協奏曲に求められる大衆性と芸術性を高度に融合させた傑作である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この作品を知ったブラームスは「人の手がこのような協奏曲を書きうることに、なぜ気づかなかったのだろう。気づいていれば、とっくに自分が書いただろうに」と嘆息したと伝えられる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
作曲の経緯&lt;br /&gt;
1894年11月から翌1895年2月にかけて作曲された。きっかけは同郷のチェロ奏者、ハヌシュ・ヴィハンからの依頼である。作曲が一度完了後、第3楽章に大幅に手が入れられている。この修正は後述するドヴォルザークの個人的事情によるものだった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1895年8月にドヴォルザークのピアノ伴奏で試弾したヴィハンは、ソロパートが難しすぎるとの感想を述べ修正を提案したがドヴォルザークは納得せず、カデンツァを入れようと言う提案には激怒。ついには世界初演をヴィハンではなくレオ・スターンに任せるといった一幕もあった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
初演&lt;br /&gt;
1896年3月19日、ロンドンのフィルハーモニー協会。独奏は先に述べたようにレオ・スターン、作曲者自身の指揮によるロンドン・フィルハーモニー管弦楽団の演奏。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
依頼者のヴィハンはチェコでの初演を担当し、この曲を献呈されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
楽器編成&lt;br /&gt;
独奏チェロ、フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン3、トランペット2、トロンボーン3、チューバ、ティンパニ、トライアングル、弦楽五部&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
楽章構成&lt;br /&gt;
Allegro&lt;br /&gt;
Adagio ma non troppo&lt;br /&gt;
Allegro moderato&lt;br /&gt;
演奏時間は全曲で約40?45分&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
楽曲の内容&lt;br /&gt;
第1楽章は、ロ短調で比較的厳密なソナタ形式に則った楽章。曲の冒頭でクラリネットがつぶやくように奏でる主題が第1主題である。第2主題はホルンが演奏するニ長調の慰めに満ちた主題。オーケストラがこれらの主題を提示し、確保した後、独奏チェロが第1主題を奏で、その動機をカデンツァ風に発展させながら登場する。速い動きの経過句を経て第2主題を独奏チェロが奏で、提示部コーダから展開部へと移る。再現部は、オーケストラが第2主題を演奏して始まり、独奏チェロがこれを繰り返す。ついで提示部のコーダ、第1主題の順に再現される。最後はロ長調によるトゥッティによる短いコーダで力強く終わる。&lt;br /&gt;
第2楽章はト長調、三部形式。ドヴォルザークのメロディーメーカーとしての天賦の才能がいかんなく発揮された、抒情性に満ちた旋律を堪能できる緩徐楽章。のどかな主題が最初木管楽器で提示され、これを独奏チェロが引き継ぐ。木管と独奏チェロが掛け合いで進行するうち徐々に他の弦楽器も加わり発展させてゆく。中間部はオーケストラの強奏で表情を変えて始まるが、すぐに独奏チェロがほの暗い主題を歌い上げる。この主題はドヴォルザーク自身の歌曲「一人にして」op.82-1 (B.157-1)によるものである。やがて第1主題が、ホルンに再現され、第3部に入る。独奏チェロがカデンツァ風に主題を変奏し、最後は短いコーダで静かに終わる。&lt;br /&gt;
第3楽章はロ短調のロンド形式。ボヘミアの民俗舞曲風のリズム上で黒人霊歌風の旋律が奏でられるドヴォルザークならではの音楽である。ロンド主題の断片をオーケストラの楽器が受け渡しながら始まり、やがて独奏チェロが完全なロンド主題を演奏する。まどろむような第1副主題、民謡風の第2副主題といずれも美しい主題がロンドの形式に則って登場する。終わり近くで、第1楽章の第1主題が回想されると急激に速さを増して全曲を閉じる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
逸話&lt;br /&gt;
ドヴォルザークがこの曲で自身の歌曲を引用したのには理由があった。ニューヨークで作曲中に、夫人の姉であるヨセフィーナ・カウニッツ伯爵夫人（彼が若き日に想いを寄せた人でもある）が重病であると言う知らせを聞いたドヴォルザークは、彼女が好んでいた自作の「一人にして」を引用した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1895年の4月にドヴォルザークは家族と共にプラハへと帰国。その1ヵ月後、彼女は亡くなった。第3楽章のコーダは、このときに第1楽章の回想と再び歌曲の旋律が現れるものに書き換えられている。この60小節は修正前は4小節しかなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
研究家達によれば、習作のチェロ協奏曲を書いていた時期と、彼女への想いを募らせていた時期がほぼ一致していることから、これらは当時の彼女への想いを振り返り、その後も親しくしていた彼女への感謝が込められていると考えられている。ヴィハンの修正などの提案にドヴォルザークが気分を害した（ヴィハンに「1つも音を変えてはならない」と念押しする書簡まで書いている）のも、彼にしか分からない気持ちがこめられていたからであった。 </description>
    </item>
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        <dc:creator>ユング君</dc:creator>
        <title>チャイコフスキー：ヴァイオリン協奏曲　ニ長調　作品35&gt;&gt;&gt;ミュンシュ指揮　（Vn）シェリング　ボストン交響楽団　1959年2月9日録音</title>
        <link>http://www.yung.jp/yungdb/op.php?id=1640</link>
        <description>&lt;h3&gt;演奏不能！　?初演の大失敗！&lt;/h3&gt;これほどまでに恵まれない環境でこの世に出た作品はそうあるものではありません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
まず生み出されたきっかけは「不幸な結婚」の破綻でした。これは有名な話のなので詳しくは述べませんが、その精神的なダメージから立ち直るためにスイスにきていたときにこの作品は創作されました。&lt;br /&gt;
ヴァイオリンという楽器にそれほど詳しくなかったために、作曲の課程ではコテックというヴァイオリン奏者の助言を得ながら進められました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そしてようやくに完成した作品は、当時の高名なヴァイオリニストだったレオポルド・アウアーに献呈をされるのですが、スコアを見たアウアーは「演奏不能」として突き返してしまいます。ピアノ協奏曲もそうだったですが、どうもチャイコフスキーの協奏曲は当時の巨匠たちに「演奏不能」だと言ってよく突き返されます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
このアウアーによる仕打ちはチャイコフスキーにはかなりこたえたようで、作品はその後何年もお蔵入りすることになります。そして１８８１年の１２月、親友であるアドルフ・ブロドスキーによってようやくにして初演が行われます。&lt;br /&gt;
しかし、ブドロスキーのテクニックにも大きな問題があったためにその初演は大失敗に終わり、チャイコフスキーは再び失意のどん底にたたき落とされます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
やはり、アウアーが演奏不能と評したように、この作品を完璧に演奏するのはかなり困難であったようです。&lt;br /&gt;
しかし、この作品の素晴らしさを確信していたブロドスキーは初演の失敗にもめげることなく、あちこちの演奏会でこの作品を取り上げていきます。やがて、その努力が実って次第にこの作品の真価が広く認められるようになり、ついにはアウアー自身もこの作品を取り上げるようになっていきました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
めでたし、めでたし、と言うのがこの作品の出生と世に出るまでのよく知られたエピソードです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、やはり演奏する上ではいくつかの問題があったようで、アウアーはこの作品を取り上げるに際して、いくつかの点でスコアに手を加えています。&lt;br /&gt;
そして、原典尊重が金科玉条にようにもてはやされる今日のコンサートにおいても、なぜかアウアーによって手直しをされたものが用いられています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
つまり、アウアーが「演奏不能」と評したのも根拠のない話ではなかったようです。ただ、上記のエピソードばかりが有名になって、アウアーが一人悪者扱いをされているようなので、それはちょっと気の毒かな？と思ったりもします。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ただし、最近はなんと言っても原典尊重の時代ですから、アウアーの版ではなく、オリジナルを使う人もポチポチと現れているようです。でも、数は少ないです。クレーメルぐらいかな？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
やっぱり難しいんでしょうね。 </description>
    </item>
    <item rdf:about="http://www.yung.jp/yungdb/op.php?id=1639">
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        <dc:date>2012-05-07T15:00:00+00:00</dc:date>
        <dc:source>http://www.yung.jp/index.php</dc:source>
        <dc:creator>ユング君</dc:creator>
        <title>シューマン：交響曲第３番　変ホ長調 　「ライン」　作品９７&gt;&gt;&gt;コンヴィチュニー指揮　ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団　1960年~1961年録音</title>
        <link>http://www.yung.jp/yungdb/op.php?id=1639</link>
        <description>&lt;h3&gt;祝典的な雰囲気にあふれた作品です&lt;/h3&gt;番号は３番ですが、作曲されたのは４曲の交響曲の中では一番最後に作曲されました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
１８５０年にシューマンはデュッセルドルフ市の音楽監督に就任し、ドレスデンからライン河畔にあるデュッセルドルフに居を移します。これを契機に作曲されたのがこの第３番の交響曲であるために一般に「ライン交響曲」と呼ばれますが、これはシューマン自身が与えた標題ではありません。&lt;br /&gt;
ただ、この作品に漂う民族的な舞曲を思わせる雰囲気がライン地方の雰囲気を彷彿させるという話もあるので（ユング君はその「ライン地方の雰囲気」と言うのがどういうものなのかは分からないのですが・・・）、それほど的はずれの標題ではないようです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
どこか内へ内へ沈み込んでいくようなシューマンの交響曲の中で、この第３番のシンフォニーだけは華やかさをふりまいてくれます。とりわけ最終楽章に響くファンファーレは祝祭的な雰囲気を盛り上げてくれます。それから、この前に置かれている第４楽章は全体の構成から見てみると、「間奏曲」のようなポジションにあることは明らかですが、実際に聞いてみるとこの楽章が一番充実した音楽のように思えます。最後に弦のトレモロにのって第１主題が壮麗な姿で復帰してくるところなどはゾクゾクしてしまいます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
こういう形式はベートーベンが確立した交響曲のお約束からは外れていることは明らかです。ベートーベンの交響曲の継承者はブラームスと言うことになっていて、その間に位置するシューマンは谷間の花みたいな扱いを受けているのですが、こういう作品を聞いてみると、確かに方向性が違うことが納得されます。 </description>
    </item>
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        <dc:creator>ユング君</dc:creator>
        <title>シューマン：交響曲第１番　変ロ長調 　「春」　作品３８&gt;&gt;&gt;コンヴィチュニー指揮　ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団　1960年~1961年録音</title>
        <link>http://www.yung.jp/yungdb/op.php?id=1638</link>
        <description>&lt;h3&gt;湧き出でるがごとき霊感によって、一気呵成に仕上げられたファーストシンフォニー&lt;/h3&gt;１８３８年から３９年にかけてシューマンはウィーンを訪れます。シューマンにとってウィーンとは「ベートーベンとシューベルトの楽都」でしたから、シューベルトの兄であるフェルディナントのもとを訪れるとともに、この二人の墓を詣でることは彼にとって大きな願いの一つでした。&lt;br /&gt;
そして、ベートーベンの墓を詣でたときに、彼はそこで一本のペンを発見したと伝えられています。そして、彼はそのペンを使ってシューベルトのハ長調シンフォニーついての紹介文を執筆し、さらにはこの第１番の交響曲を書いたと伝えられています。&lt;br /&gt;
もちろん、真偽のほどは定かではありませんが、おそらくは「作り話」でしょう。&lt;br /&gt;
しかし、作り話にしても、よくできた話です。そして、シューマンが自分を、ベートーベンからシューベルトへと受けつがれた古典派音楽の正当な継承者として自負していたことをよく表している話です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
シューマンは、同一ジャンルの作品を短期間に集中して取り組む傾向がありました。&lt;br /&gt;
クララとの結婚前までは、彼の作品はピアノに限られていました。ところが、結婚後は堰を切ったように膨大な歌曲が生み出されます。そして、このウィーン訪問のあとは管弦楽作品へと創作の幅を広げていきます。&lt;br /&gt;
この時期の管弦楽作品の中で最も意味のある創作物である第１番の交響曲は、わずか４日でスケッチが完成されたと伝えられいます。まさに、何かをきっかけとして、あふれる出るように音楽が湧きだしたシューマンらしいエピソードです。&lt;br /&gt;
彼の日記によると、１８４１年の１月２３日から仕事にかかって、２６日にはスケッチが完成したと書かれています。そして、翌２７日からはオーケストレーションを始めて、それも２月２０日に完成したと記録されています。&lt;br /&gt;
まさに、湧き出でるがごとき霊感によって、一気呵成に仕上げられたのがこのファーストシンフォニーでした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、この交響曲をじっくりと聞いてみると、明らかにベートーベンから真っ直ぐに引き継いだ作品と言うよりは、この後に続くロマン派の交響詩の嚆矢という方がふさわしい作品となっています。&lt;br /&gt;
おそらく、そんなことは私ごときが云々するまでもなく、シューマン自身も気づいていたことでしょう。それ故に、この後に続く管弦楽作品では苦吟することになります。&lt;br /&gt;
第２番の交響曲は完成はしたものの納得のいく出来とはならずにお蔵入りとなり、晩年になって改訂を加えて第４番の交響としてようやく復活します。ハ短調のシンフォニーはスケッチだけで破棄されています。その他、例を挙げるのも煩雑にすぎるのでやめますが、結局はこの第１番の交響曲以外は完成を見なかったのです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
私ごときが恐れ多い言葉で恐縮ですが(^^;、この事実は複雑な管弦楽作品をしっかりとした構成のもとで完成させるには、未だ己の技法が未熟なことを知らしめることになったようです。そして、その様な未熟さを克服すべく創作の中心を室内楽へと転換させていくことになります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
シューマンの交響曲はとかく問題が多いと言われます。&lt;br /&gt;
彼の資質は明らかに古典派のものではありませんでした。交響曲だけに限ってみれば、ベートーベンの系譜を真っ直ぐに引き継いだのは彼の弟子であるブラームスでした。&lt;br /&gt;
それ故に、そう言うラインで彼の交響曲を眺めてみれば問題が多いのは事実です。&lt;br /&gt;
しかし、彼こそは生粋のロマンティストであり、ベートーベンとは異なる道を歩き出した音楽としてみれば実に魅力的です。&lt;br /&gt;
楽器を重ねすぎて明晰さに欠けると批判される彼のオーケストレーションも、そのくぐもった響きなくしてシューマンならではの憂愁の世界を表現することは不可能だとも言えます。あのメランコリックは本当にココロに染みいります。たとえば、第２楽章のやさしくも深い情緒に満ちた音楽は、古典派の音楽が表現しなかったものです。&lt;br /&gt;
もちろん、演奏するオケも指揮者も大変でしょう。みんなが気持ちよく演奏できるブラームスの交響曲とは大違いです。&lt;br /&gt;
しかし、その大変さの向こうに、シューマンならではの世界が展開するのですから、原典尊重でみんなで汗をかく時代になって彼の交響曲が再評価されるようになったのは実に納得のいく話です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお、どうでもいい話ですが、シューマンはベッドガーという人の詩から霊感を得てこの交響曲を作曲したと述べています。ですから、各楽章のはじめに「春のはじめ」「たそがれ」「楽しい遊び」「春たけなわ」と記しています。&lt;br /&gt;
この交響曲には「春「と言うタイトルがつけられていますが、それは後世の人が勝手につけたものではなくて、シューマンのお墨付きだと言えます。 &lt;br /&gt;
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    </item>
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        <dc:creator>ユング君</dc:creator>
        <title>カルーソー　偉大なるオペラアリア集（2）&gt;&gt;&gt;カルーソー　1908年~1910年録音</title>
        <link>http://www.yung.jp/yungdb/op.php?id=1637</link>
        <description>&lt;h3&gt;カルーソー　偉大なるオペラアリア集（2）&lt;/h3&gt;&lt;ol&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;歌劇「ドン・パスクワーレ」 - 地上にただひとり&lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;歌劇「ランメルモールのルチア」 - 第2幕 じゃまするのはだれだ&lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;歌劇「ラ・ボエーム」 - さようなら、甘いめざめよ&lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;歌劇「蝶々夫人」 - 第1幕より　O quanti occhi fisi&lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;歌劇「ユグノー教徒」 - 第1幕 アルプスの雪より白く&lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;歌劇「シバの女王」 Op. 27 - 第2幕より　 Magische Tone&lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;歌劇「カルメン」 - 第2幕 花の歌 「お前が投げたこの花は」&lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;歌劇「運命の力」 - 第3幕 天使のようなレオノーラよ&lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;歌劇「オテロ」 - 第2幕 清らかな思い出は遠いかなたに&lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;歌劇「イル・トロヴァトーレ」より　Mal Reggendo&lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;歌劇「イル・トロヴァトーレ」より　Se M'Ami Ancor-Ai Nostri Monti&lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;歌劇「アイーダ」 - 第4幕 すでに神官たちが待っている&lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;歌劇「道化師」 - 第2幕 もう道化師じゃない&lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;歌劇「ファウスト」より　O Merveill&lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;歌劇「ファウスト」より　Que Voulez-Vouz&lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;歌劇「蝶々夫人」より　Amore O Grillo&lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;歌劇「蝶々夫人」Non Ve L'Avevo Detto&lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
&lt;/ol&gt;&lt;br /&gt;
</description>
    </item>
    <item rdf:about="http://www.yung.jp/yungdb/op.php?id=1636">
        <dc:format>text/html</dc:format>
        <dc:date>2012-05-04T15:00:00+00:00</dc:date>
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        <dc:creator>ユング君</dc:creator>
        <title>カルーソー　偉大なるオペラアリア集（1）&gt;&gt;&gt;カルーソー　1903年~1907年録音</title>
        <link>http://www.yung.jp/yungdb/op.php?id=1636</link>
        <description>&lt;h3&gt;カルーソー　偉大なるオペラアリア集（1）&lt;/h3&gt;&lt;ol&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;歌劇「ユグノー教徒」 - 第5幕 この空の下に&lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;歌劇「真珠採り」 - 第3幕 耳に残るきみの歌声&lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;歌劇「リゴレット」より　questa o Quella&lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;歌劇「リゴレット」 - 第3幕 美しい乙女よ&lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;歌劇「アイーダ」 - 第1幕 清きアイーダ&lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;歌劇「トスカ」より　recondita Armonia&lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;歌劇「トスカ」より　e Lucevan le Stelle&lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;歌劇「マノン」 - 第2幕 夢の歌 「目を閉じれば」&lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」 - ばんざい泡立つぶどう酒&lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;歌劇「愛の妙薬」 - 第3幕 人知れぬ涙&lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;歌劇「ドン・パスクワーレ」 - 第3幕 セレナータ 「なんという優しさ」&lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;歌劇「イル・トロヴァトーレ」 - 第3幕 ああ、あなたこそわたしの恋人&lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;歌劇「ラ・ボエーム」より　Che Gelida Manina&lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;歌劇「ラ・ボエーム」より　O Soave Fanciulla&lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;歌劇「アンドレア・シェニエ」 - 第1幕 ある日青空をながめて&lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;歌劇「道化師」 - 第1幕 衣装をつけろ&lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;歌劇「真珠採り」 - 第1幕 神殿の奥深く&lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;歌劇「アフリカの女」 - 第5幕 おおパラダイス&lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
&lt;/ol&gt;&lt;br /&gt;
</description>
    </item>
    <item rdf:about="http://www.yung.jp/yungdb/op.php?id=1635">
        <dc:format>text/html</dc:format>
        <dc:date>2012-04-29T15:00:00+00:00</dc:date>
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        <dc:creator>ユング君</dc:creator>
        <title>ブラームス：ピアノ三重奏曲第１番　ロ長調　Op.8&gt;&gt;&gt;ハイフェッツ（Vn）、ルービンシュタイン（P）、フォイアマン（Vc）　1941年9月11&amp;12日録音</title>
        <link>http://www.yung.jp/yungdb/op.php?id=1635</link>
        <description>&lt;h3&gt;ブラームスはこれ以上のものを書かなかったくらいに美しい&lt;/h3&gt;ブラームスは常にベートーベンの影を意識しながら創作活動を続けた作曲家でした。しかし、その事が同時に、ベートーベンが偉大な業績を残したジャンルではその影の大きさ故に充分に力が発揮できないという「悲しい」事をひきおこしてしまいました。&lt;br /&gt;
それでも彼は頑張って、交響曲は4曲残し、弦楽四重奏曲も20を超える作品を破棄するという悪戦苦闘の末に3曲の作品を残すことができました。&lt;br /&gt;
しかし、そう言う努力にもかかわらず、ブラームスが本当に素晴らしい作品を書き上げたのはベートーベンとは重ならないジャンルにおいてでした。室内楽の分野で言えば、それは弦楽四重奏曲ではなくて五重奏曲や六重奏曲でしたし、もしくはクラリネットなどを含んだ楽器構成の作品においてこそ、ブラームスらしい魅力があふれた作品を残すことができました。&lt;br /&gt;
そんな中において、このピアノ三重奏曲というジャンルは、ベートーベンとガチンコでぶつかるにもかかわらず、意外なほどにその影におびえていません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ブラームスはこのジャンルに3曲の作品を残しています。&lt;br /&gt;
その中の第1番は20歳過ぎの若書きの作品です。成熟したブラームスから見ればそれはかなり冗長で整理されきっていないのですが、その反面、いつものしかめっ面とは異なる若者らしい魅力と美しさにあふれた作品となっています。それは、自らの内面からわき上がってくる思いをそのまま譜面に書きとめていったような風情であり、ブラームスもこんな音楽を書いていたときがあったんだ！！と思わせてくれるような作品です。&lt;br /&gt;
面白いのは、あのブラームスがこの作品を若書きの未熟なものとして破棄しなかったことです。そして、破棄しなかったどころか、これに続く第2番、第3番のピアノ三重奏曲を完成させた後に、この第1番を全面的に改定しているのです。さらに驚くのは、その改訂後も若書きの旧作をブラームスは破棄しなかったのです。&lt;br /&gt;
おそらく、この若書きの作品に対して、ブラームスはひとかたならぬ愛着を感じていたようなのです。そして、その事が、もしかしたらこのジャンルにおいてだけはベートーベンの影におびえずにすんだ「お守り」だったのかもしれません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そう言えば、ある人がこの作品を評して、「ブラームスはこれ以上のものを書かなかったくらいに美しい」と語ったそうです。地味なジャンルですが、多くの人に聞いてもらいたい作品です。</description>
    </item>
    <item rdf:about="http://www.yung.jp/yungdb/op.php?id=1634">
        <dc:format>text/html</dc:format>
        <dc:date>2012-04-29T15:00:00+00:00</dc:date>
        <dc:source>http://www.yung.jp/index.php</dc:source>
        <dc:creator>ユング君</dc:creator>
        <title>シューベルト：ピアノ三重奏曲第１番　変ロ長調　D.898&gt;&gt;&gt;ハイフェッツ（Vn）、ルービンシュタイン（P）、フォイアマン（Vc）　1941年9月12&amp;13日録音</title>
        <link>http://www.yung.jp/yungdb/op.php?id=1634</link>
        <description>&lt;h3&gt;晩年の傑作群の一つ&lt;/h3&gt;シューベルトはこの形式で4つの作品を残していますが、そのうちの一つは15歳の若書きの作品です。ですから、真にシューベルトらしい作品と言えば晩年の3作品と言うことになります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;ol&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;ピアノ三重奏曲第1番 変ロ長調 D.898&lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;ピアノ三重奏曲第2番 変ホ長調 D.929&lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
	&lt;li&gt;ピアノ三重奏曲 変ホ長調 「ノットゥルノ」 D.897&lt;/li&gt;&lt;br /&gt;
&lt;/ol&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
このうち、番号のついていない「ノットゥルノ」は第1番の三重奏曲の緩除楽章として構想されたものだと言われています。ピアノの伴奏を背景にチェロとヴァイオリンが美しく歌い出す音楽はシューベルトらしい魅力にあふれた音楽なのですが、結果としては破棄されてポツンと一楽章だけが残されました。&lt;br /&gt;
何とももったいない話だとは思うのですが、結果として第1番の三重奏曲の緩除楽章におさまったアンダンテ楽章を聞くと、なるほど、これは素晴らしいと思わざるを得ません。とりわけシューマンはこの楽章を高く評価したようで、「人間の美しい感情が波のように上下する」と賛辞を送っています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
おそらく、今日、演奏される機会が多いのが第1番でしょう。&lt;br /&gt;
気持ちの良い勇壮な雰囲気で始まる第1楽章、深い感情があふれ出すノクターン風の第2楽章、そして、どこか民謡的な親しみにあふれた第3楽章と、どこを取っても聞くものの気持ちを楽しくさせる美しさとわかりやすさにあふれています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それと比べると、第2番の方は不通に演奏しても50分近くを要するという「巨体」なので、演奏機会は1番と比べるとかなり少なくなります。&lt;br /&gt;
確かに、この長さは尋常ではなく、シューベルト自身も実際に演奏されるのを聞いてみて終楽章をバッサリとカットしたほどです。そして、そのカットした部分については「正確に守ってほしい」と述べています。ただし、こういう「長さ」こそがある意味ではシューベルトの魅力の一つでもあるので、新全集版ではカットした部分を復活させたオリジナル版の方が採用されています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
とは言え、雄大にして深い孤独の影を宿したこの作品は、シューベルトがその晩年にたどりついた到達点を示す偉大な作品です。あの長大な五重奏曲と肩を並べうる作品であることは事実です。</description>
    </item>
    <item rdf:about="http://www.yung.jp/yungdb/op.php?id=1633">
        <dc:format>text/html</dc:format>
        <dc:date>2012-04-27T15:00:00+00:00</dc:date>
        <dc:source>http://www.yung.jp/index.php</dc:source>
        <dc:creator>ユング君</dc:creator>
        <title>ベートーベン：交響曲第９番　ニ短調　作品１２５「合唱」&gt;&gt;&gt;コンヴィチュニー指揮　ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団　1959年~1961年録音</title>
        <link>http://www.yung.jp/yungdb/op.php?id=1633</link>
        <description>&lt;h3&gt;何かと問題の多い作品です。&lt;/h3&gt;ベートーベンの第９と言えば、世間的にはベートーベンの最高傑作とされ、同時にクラシック音楽の最高峰と目されています。そのために、日頃はあまりクラシック音楽には興味のないような方でも、年の暮れになると合唱団に参加している友人から誘われたりして、コンサートなどに出かけたりします。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、その実態はベートーベンの最高傑作からはほど遠い作品であるどころか、９曲ある交響曲の中でも一番問題の多い作品なのです。さらに悪いことに、その問題点はこの作品の「命」とも言うべき第４楽章に集中しています。&lt;br /&gt;
そして、その様な問題を生み出して原因は、この作品の創作過程にあります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この第９番の交響曲はイギリスのフィルハーモニア協会からの依頼を受けて創作されました。しかし、作品の構想はそれよりも前から暖められていたことが残されたスケッチ帳などから明らかになっています。&lt;br /&gt;
当初、ベートーベンは二つの交響曲を予定していました。&lt;br /&gt;
一つは、純器楽による今までの延長線上に位置する作品であり、もう一つは合唱を加えるというまったく斬新なアイデアに基づく作品でした。後者はベート?ベンの中では「ドイツ交響曲」と命名されており、シラーの「歓喜によせる」に基づいたドイツの民族意識を高揚させるような作品として計画されていました。&lt;br /&gt;
ところが、何があったのかは不明ですが、ベートーベンはまったく異なる構想のもとにスケッチをすすめていた二つの作品を、何故か突然に、一つの作品としてドッキングさせてフィルハーモニア協会に提出したのです。&lt;br /&gt;
そして出来上がった作品が「第九」です&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
交響曲のような作品形式においては、論理的な一貫性は必要不可欠の要素であり、異質なものを接ぎ木のようにくっつけたのでは座り心地の悪さが生まれるのは当然です。もちろん、そんなことはベートーベン自身が百も承知のことなのですが、何故かその様な座り心地の悪さを無視してでも、強引に一つの作品にしてしまったのです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
年末の第九のコンサートに行くと、友人に誘われてきたような人たちは音楽は始めると眠り込んでしまう光景をよく目にします。そして、いよいよ本番の（？）第４楽章が始まるとムクリと起きあがってきます。&lt;br /&gt;
でも、それは決して不自然なことではないのかもしれません。&lt;br /&gt;
ある意味で接ぎ木のようなこの作品においては、前半の三楽章を眠り込んでいたとしても、最終楽章を鑑賞するにはそれほどの不自由さも不自然さもないからです。&lt;br /&gt;
極端な話前半の三楽章はカットして、一種のカンタータのように独立した作品として第四楽章だけ演奏してもそれほどの不自然さは感じません。そして、「逆もまた真」であって、第３楽章まで演奏してコンサートを終了したとしても、?聴衆からは大ブーイングでしょうが・・・?これもまた、音楽的にはそれほど不自然さを感じません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ですから、一時ユング君はこのようなコンサートを想像したことがあります。&lt;br /&gt;
それは、第３楽章と第４楽章の間に休憩を入れるのです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
前半に興味のない人は、それまではロビーでゆっくりとくつろいでから休憩時間に入場すればいいし、合唱を聴きたくない人は家路を急げばいいし、とにかくベートーベンに敬意を表して全曲を聴こうという人は通して聞けばいいと言うわけです。&lt;br /&gt;
これが決して暴論とは言いきれないところに（言い切れるという人もいるでしょうが・・・＾＾；）、この作品の持つ問題点が浮き彫りになっています。 </description>
    </item>
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