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        <title>Blue sky label</title>
        <description>クラシック音楽の配信を行っています。フルトヴェングラーやワルター、トスカニーニなどの歴史的名演を無料でダウンロードできます。</description>
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        <dc:creator>ユング君</dc:creator>
        <title>ヴェルディ：イル・トロヴァトーレ&gt;&gt;&gt;カラヤン指揮　ミラノ・スカラ座管弦楽団＆合唱団　（Ｓ）カラス　（T)ステファノ　他　１９５６年８月３日〜９日録音</title>
        <link>http://www.yung.jp/yungdb/op.php?id=1267</link>
        <description>&lt;h3&gt;声また声のイタリア・オペラの王道とも言うべき作品&lt;/h3&gt;イタリア・オペラを観る楽しさ、醍醐味が山のように詰まっているのが、この「トロヴァトーレ」です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ヴェルディの中期オペラの傑作と言えば、この「トロヴァトーレ」と「トラヴィアータ」、「リゴレット」の三作品なのですが、基本的には「カヴァティーナ＝カヴァレッタ形式」と呼ばれる旧い形式で書かれているのが特徴です。&lt;br /&gt;
「カヴァティーナ＝カヴァレッタ形式」とは、アリアの前半部分には叙情的な旋律をたっぷり聞かせる「カヴァティーナ」と呼ばれる形式を配置し、それ続く後半部分にテンポの速い華やかな「カヴァレッタ」を配置するというスタイルのことです。つまり、前半部分で己の声をたっぷりと披露し、それに続く後半部分でテクニックを見せつけるという仕組みで、「歌い手」にとっては申し分のない形式だと言えます。&lt;br /&gt;
そして、このアリアを軸として、そこに重唱や合唱を配置して歌の魅力をたっぷりと楽しんでもらおうというのが伝統的なイタリア・オペラのスタイルだったのです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、中期のヴェルディは、そのような「伝統」に疑問を感じ、それを変えていくことの必要性を感じていました。&lt;br /&gt;
なぜか？&lt;br /&gt;
答えは簡単、歌を重視すればドラマが後ろに下がらざるを得なくなるからです。そして、時代は「歌」から「ドラマ」に重きを置くようになりつつあったからです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「カヴァティーナ＝カヴァレッタ形式」は声の魅力を堪能するにはすばらしい仕組みですが、ドラマとして観るならば、アリアのたびにお話の進行が断ち切られます。さらに劇場の慣習として、アリアを歌い終わるたびに拍手（ブーイング？）がわきおこり、それが鳴りやまないと同じアリアがもう一度アンコールされることも珍しくありません。なかには、観客の拍手もないのに勝手にアンコールでもう一回歌う「豪の者」もいたそうで、こうなってはドラマどころではありません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ヴェルディはそのようなイタリア・オペラの伝統を変えようとして模索したのが、これら中期オペラの時代なのです。&lt;br /&gt;
ですから、「リゴレット」や「トラヴィアータ」などでは、基本的には「カヴァティーナ＝カヴァレッタ形式」を踏襲しながらも、その枠の中で「ドラマ」としての連続性や統一感を求めて数々の模索を行っています。&lt;br /&gt;
しかし、なぜかこの「トロヴァトーレ」だけは、伝統的な「カヴァティーナ＝カヴァレッタ形式」そのもので書かれています。&lt;br /&gt;
伝えられるところによると、そのような形式を前提として書かれていた台本にヴェルディは不満で、台本作家に書き直しを何度も要求したようです。しかし、かなり激しいやりとりがあったにもかかわらず、最終的には台本作家の言い分が通って「カヴァティーナ＝カヴァレッタ形式」で書かれることになりました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
正直に申し上げれば、ヴェルディの不満をはねつけて、最後まで我を通した台本作家に心から感謝を捧げたいと思います。&lt;br /&gt;
なぜならば、ヴェルディ自身には不満はあったのでしょうが、その持てる力のすべてを注ぎ込んで「カヴァティーナ＝カヴァレッタ形式」のオペラを書いてくれたおかげで、まさに、歌、歌、歌の世界、声また声のイタリア・オペラの王道とも言うべき作品を私たちは持つことができたからです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
おそらく、このオペラにおいてはお話の筋などはどうでもいいのでしょう。男と女の愛と嫉妬の物語は、この声の饗宴を楽しむための道具立てしか過ぎません。次々と供される極上のディナーを堪能して、至上の満腹感を味わえればそれで十分です。&lt;br /&gt;
それだけに、どこをとっても聴き所と言えるほどのオペラなのですが、その中でも特に極めつけの部分を紹介しておきます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
＜第１幕＞&lt;br /&gt;
&lt;B&gt;「おだやかな夜〜この恋は言葉では表現できないわ」&lt;/B&gt;（レオノーラのアリア）&lt;br /&gt;
レオノーラがマンリーコへの愛を歌い上げる。前半が叙情的な「カヴァティーナ」で、後半が技巧的な「カヴァレッタ」になっていて、これを聞けば「カヴァティーナ＝カヴァレッタ形式」というのがどういうものか簡単に理解できるでしょう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;B&gt;「私の心は嫉妬のために」&lt;/B&gt;（ルナ伯爵・マンリーコ・レオノーラの三重唱）&lt;br /&gt;
レオノーラは己の愛を誤ってルナ伯爵に告白してしまう。レオノーラを密かに愛していたルナ伯爵は嫉妬に狂ってマンリーコに決闘をいぞむ。最後の部分でソプラノやテノールがハイＣを披露するのが慣習になっている。（譜面にはないです）&lt;br /&gt;
愛と嫉妬の物語が始まります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
＜第２幕＞&lt;br /&gt;
&lt;B&gt;「アンヴィル・コーラス」&lt;/B&gt;&lt;br /&gt;
ものすごく有名な合唱曲です。ジプシーが金床をたたきながら陽気に歌います。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;B&gt;「炎は燃えて」&lt;/B&gt;（アズチェーナのアリア）&lt;br /&gt;
このオペラの重要なテーマである「復讐」の原点が語られるアリア。このオペラの陰の主役とも言うべきアズチェーナの真価が試される重要なナンバーです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;B&gt;「君の微笑みの妙なる輝きは〜運命の時はきた」（ルナ伯爵のアリア）&lt;/B&gt;&lt;br /&gt;
これも典型的な「カヴァティーナ＝カヴァレッタ形式」のアリアナのですが、バリトンにかくも美しいアリアが割り当てられることは珍しいです。しかし、ルナ伯爵にこのアリアが割り当てられたことで、彼が決して単純な悪役でないことが示唆されます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
＜第３幕＞&lt;br /&gt;
&lt;B&gt;「ああ、美しい人〜見よ、恐ろしい炎を」&lt;/B&gt;（マンリーコのアリア）&lt;br /&gt;
何も付け加える必要もないほど有名なアリアです。中間部と最後の場面で譜面にはないハイＣが歌われるのが慣習になっています。このハイＣが決まれば天国、外せば地獄、まさにマンリーコ歌いの真価が問われる部分です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
＜第４幕＞&lt;br /&gt;
&lt;B&gt;「恋は薔薇色の翼に乗って」&lt;/B&gt;レオノーラのカヴァティーナ）&lt;br /&gt;
ルナ伯爵に捕らわれたマンリーコへの愛を歌い上げるカヴァティーナ。高音域が延々と続き、さらには最後はピアニシモで決めなければならないので、まさにレオノーラにとっての最大の見せ場です。&lt;br /&gt;
また、普通はこの後にカヴァレッタが続くのですが、ここでは僧侶たちの合唱「ミゼレーレ（主よ哀れみたまえ）」が続きます。この合唱にレオノーラの声が重なり、この上もなく美しい場面を作り上げます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
最後にお話の筋をウィキペディアから引用しておきます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「イル・トロヴァトーレ」『フリー百科事典　ウィキペディア日本語版』&lt;br /&gt;
&lt;B&gt;第1幕 &lt;/B&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ルーナ伯爵の居城の一角で、警備の兵士たちにフェルランドが昔話を始める。「先代のルーナ伯爵には実は2人の息子がいた。そのうちの弟君に呪いをかけた容疑でジプシーの老婆を火刑に処したが、それと同時に弟君は行方不明となり、火刑台から子供の白骨が発見された。現伯爵はその白骨が弟であることを信じず、今でもその行方を捜している。」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
場面はかわって城の庭園。美しい女官レオノーラがマンリーコを待っているところへ、これもレオノーラに想いを寄せるルーナ伯爵が登場。暗さゆえレオノーラは間違ってルーナに抱きついてしまう。そこにマンリーコが登場。当惑するレオノーラ、自分が愛されていないことを知り激怒するルーナ伯爵、レオノーラを赦し伯爵を挑発するマンリーコによって三重唱が歌われる。伯爵とマンリーコは決闘を行うが勝負は付かない。レオノーラは気絶してしまう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;B&gt;第2幕&lt;/B&gt; &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
夜明け。ジプシーの一団が陽気に酒を酌み交わし、鍛冶の仕事に精を出している。アズチェーナは彼女の昔話をする。「母親が火刑に処せられた時、自分は伯爵の子供を誘拐して火にくべた。しかし気付いてみるとそれは自分の実の息子だった。」自分の出自を訝しく思うマンリーコだったが、アズチェーナは「お前は自分の実子だよ。伯爵に復讐してくれ。」と焚きつける。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
前幕の決闘でマンリーコが落命したと思い込んでいるレオノーラは修道院入りを決心する。ルーナ伯爵は彼女を誘拐しようとするが、マンリーコが阻止する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;B&gt;第3幕&lt;/B&gt; &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
アズチェーナは伯爵の軍勢に捕らえられ、マンリーコをおびき出す人質とされてしまう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
マンリーコとレオノーラは教会で結婚式を挙げようとしているその最中、部下ルイスがアズチェーナ捕縛の報をもたらす。マンリーコは怒りに燃え、母の救出と伯爵への復讐を誓い、自分の軍勢を率い進軍する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;B&gt;第4幕&lt;/B&gt; &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
戦いは伯爵軍の勝利に終わり、マンリーコは城の牢獄に捕われの身となる。レオノーラは伯爵に、自分の体と引換えにマンリーコの命を救うことを提案、伯爵はそれを受け入れ釈放命令を出す。レオノーラは隙を見て服毒する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
レオノーラは牢獄へ赴き、マンリーコを解放しようとする。マンリーコは彼女が貞操を犠牲にしたことを非難する。レオノーラの飲んだ毒が効目を現し始め、彼女は愛するもののために死を選択した心情を訴える。ルーナ伯爵も登場、虫の息のレオノーラを見て自分が騙されたことを悟り、マンリーコの即時処刑を命令する。アズチェーナはマンリーコの処刑を確認し、伯爵に「あれはお前の弟だよ」と告げ、「母さん、復讐は成った!」と狂乱の叫び声を上げ、幕。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
＜引用終わり＞</description>
    </item>
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        <dc:creator>ユング君</dc:creator>
        <title>Ｒ．シュトラウス　交響詩「英雄の生涯」&gt;&gt;&gt;ライナー指揮　シカゴ交響楽団　１９５４年３月６日録音</title>
        <link>http://www.yung.jp/yungdb/op.php?id=1266</link>
        <description>&lt;h3&gt;オーケストラによるオペラ&lt;/h3&gt;シュトラウスの交響詩創作の営みは「ドン・ファン」にはじまり（創作そのものは「マクベス」の方が早かったそうだが）、この「英雄の生涯」で一応の幕を閉じます。その意味では、この作品はシュトラウスの交響詩の総決算とも言うべきものとなっています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「大オーケストラのための交響詩」と書き込まれたこの作品は大きく分けて６つの部分に分かれると言われています。&lt;br /&gt;
これはシュトラウスの交響詩の特徴をなす「標題の設定」と「主題の一致」という手法が、ギリギリのところまで来ていることを示しています。つまり、取り扱うべき標題が複雑化することによって、スッキリとした単一楽章の構成ではおさまりきれなくなっていることを表しているのです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
当初、シュトラウスがあつかった標題は「マクベス」や「ドン・ファン」や「ティル」のような、作曲家の体験や生活からははなれた相対的なものでした。その様なときは、それぞれの標題に見合った単一の主題で「つくりもの」のように一つの世界を構築していってもそれほど嘘っぽくは聞こえませんでした。そして、そこにおける主題処理の見事さとオーケストラ楽器の扱いの見事さで、リストが提唱したこのジャンルの音楽的価値を飛躍的に高めました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、シュトラウスの興味はその様な「つくりもの」から、次第に「具体的な人間のありよう」に向かっていきます。そして、そこに自分自身の生活や体験が反映するようになっていきます。&lt;br /&gt;
そうなると、ドン・ファンやティルが一人で活躍するだけの世界では不十分であり、取り扱うべき標題は複雑化して行かざるをえません。そのために、例えば、ドン・キホーテでは登場人物は二人に増え、結果としてはいくつかの交響詩の集合体を変奏曲形式という器の中にパッキングして単一楽章の作品として仕上げるという離れ業をやってのけています。&lt;br /&gt;
そして、その事情は英雄の生涯においても同様で、単一楽章と言いながらもここではハッキリと６つの部分に分かれるような構成になっているわけです。&lt;br /&gt;
それぞれの部分が個別の標題の設定を持っており、その標題がそれぞれの「主題設定」と結びついているのですから、これもまた交響詩の集合体と見てもそれほどの不都合はありません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
つまり、シュトラウスの興味がより「具体的な人間のありよう」に向かえば向かうほど、もはや「交響詩」というグラウンドはシュトラウスにとっては手狭なものになっていくわけです。&lt;br /&gt;
シュトラウスはこの後、「家庭交響曲」と「アルプス交響曲」という二つの管弦楽作品を生み出しますが、それらはハッキリとしたいくつかのパートに分かれており、リストが提唱した交響詩とは似ても似つかないものになっています。そして、その思いはシュトラウス自身にもあったようで、これら二つの作品においては交響詩というネーミングを捨てています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
このように、交響詩というジャンルにおいて行き着くところまで行き着いたシュトラウスが、自らの興味のおもむくままにより多くの人間が複雑に絡み合ったドラマを展開させていくこうとすれば、進むべき道はオペラしかないことは明らかでした。&lt;br /&gt;
彼が満を持して次に発表した作品が「サロメ」であったことは、このような流れを見るならば必然といえます。&lt;br /&gt;
そして、１幕からなる「サロメ」を聞いた人たちが「舞台上の交響詩」と呼んだのは実に正しい評価だったのです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そして、この「舞台上の交響詩」という言葉をひっくり返せば、「英雄の生涯」は「オーケストラによるオペラ」と呼ぶべるのではないでしょうか。&lt;br /&gt;
シュトラウスはこの交響詩を構成する６つの部分に次のような標題をつけています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
第1部「英雄」&lt;br /&gt;
第2部「英雄の敵」&lt;br /&gt;
第3部「英雄の妻」&lt;br /&gt;
第４部「英雄の戦場」&lt;br /&gt;
第５部「英雄の業績」&lt;br /&gt;
第６部「英雄の引退と完成」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
こう並べてみれば、これを「オーケストラによるオペラ」と呼んでも、それほど見当違いでもないでしょう </description>
    </item>
    <item rdf:about="http://www.yung.jp/yungdb/op.php?id=1265">
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        <dc:creator>ユング君</dc:creator>
        <title>Ｒ．シュトラウス　交響詩「ツァラトゥストラはこう語った」&gt;&gt;&gt;ライナー指揮　シカゴ交響楽団　１９５４年３月８日録音</title>
        <link>http://www.yung.jp/yungdb/op.php?id=1265</link>
        <description>&lt;h3&gt;冒頭部分があまりにも有名です&lt;/h3&gt;これはタイトルの通り、ニーチェの「ツァラトゥストラはかく語りき」に影響を受けて創作された交響詩です。&lt;br /&gt;
とにかく冒頭の、「太陽をクレーンで吊り上げる」と形容された部分が「2001年宇宙の旅」で使われてすっかり有名になりました。私の職場で、同僚から「2001年宇宙の旅のCDを貸してほしい」と頼まれたので、「あー、ツァラトゥストラはかく語りきだね」と答えると、「そんな曲じゃなくて、2001年宇宙の旅ですよ！！」という感じで全く話がかみ合わなかったことがありました。&lt;br /&gt;
ややこしいので、「はいはい！」と言って後日CDを手渡したのですが、それでも彼は「2001年宇宙の旅の後ろに、訳のわかんない音楽が延々と続いている！」とのたまっておりました。&lt;br /&gt;
まあ、それくらい、この冒頭部分は有名です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ちなみに、全体の構成はあの有名な冒頭部分（導入部）を含めて以下の９つに分かれています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
   1. Einleitung （導入部）&lt;br /&gt;
   2. Von den Hinterweltlern （世界の背後を説く者について）&lt;br /&gt;
   3. Von der großen sehnsucht （大いなる憧れについて）&lt;br /&gt;
   4. Von den Freuden und Leidenschaften （喜びと情熱について）&lt;br /&gt;
   5. Das Grablied （墓場の歌）&lt;br /&gt;
   6. Von der Wissenschaft （学問について）&lt;br /&gt;
   7. Der Genesende （病より癒え行く者）&lt;br /&gt;
   8. Das Tanzlied （舞踏の歌）&lt;br /&gt;
   9. Nachtwandlerlied （夜の流離い人の歌）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
作品はニーチェの「超人思想」に深く共感したと言うよりは、ニーチェの著作から気に入った部分を抜粋して音楽的に表現したエッセイみたいな雰囲気の作品と言った方がいいのかもしれません。作品全体が一つの統一感のもとにまとめられていると言うよりは、次々と風景が変わっていくような風情を楽しめば、「訳のわかんない音楽が延々と続く」のも我慢できるかもしれません。&lt;br /&gt;
それと響きのゴ−ジャスな事！！&lt;br /&gt;
あまり難しいことを考えずに、エンターテイメント的に楽しむ音楽なのでしょうね。</description>
    </item>
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        <dc:creator>ユング君</dc:creator>
        <title>チャイコフスキー：ヴァイオリン協奏曲　ニ長調 op.３５&gt;&gt;&gt;Ｖｎ：ヤッシャ・ハイフェッツ　ライナー指揮　シカゴ交響楽団　１９５７年４月１９日録音</title>
        <link>http://www.yung.jp/yungdb/op.php?id=1264</link>
        <description>&lt;h3&gt;演奏不能！　〜初演の大失敗！&lt;/h3&gt;これほどまでに恵まれない環境でこの世に出た作品はそうあるものではありません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
まず生み出されたきっかけは「不幸な結婚」の破綻でした。これは有名な話のなので詳しくは述べませんが、その精神的なダメージから立ち直るためにスイスにきていたときにこの作品は創作されました。&lt;br /&gt;
ヴァイオリンという楽器にそれほど詳しくなかったために、作曲の課程ではコテックというヴァイオリン奏者の助言を得ながら進められました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そしてようやくに完成した作品は、当時の高名なヴァイオリニストだったレオポルド・アウアーに献呈をされるのですが、スコアを見たアウアーは「演奏不能」として突き返してしまいます。ピアノ協奏曲もそうだったですが、どうもチャイコフスキーの協奏曲は当時の巨匠たちに「演奏不能」だと言ってよく突き返されます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
このアウアーによる仕打ちはチャイコフスキーにはかなりこたえたようで、作品はその後何年もお蔵入りすることになります。そして１８８１年の１２月、親友であるアドルフ・ブロドスキーによってようやくにして初演が行われます。&lt;br /&gt;
しかし、ブドロスキーのテクニックにも大きな問題があったためにその初演は大失敗に終わり、チャイコフスキーは再び失意のどん底にたたき落とされます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
やはり、アウアーが演奏不能と評したように、この作品を完璧に演奏するのはかなり困難であったようです。&lt;br /&gt;
しかし、この作品の素晴らしさを確信していたブロドスキーは初演の失敗にもめげることなく、あちこちの演奏会でこの作品を取り上げていきます。やがて、その努力が実って次第にこの作品の真価が広く認められるようになり、ついにはアウアー自身もこの作品を取り上げるようになっていきました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
めでたし、めでたし、と言うのがこの作品の出生と世に出るまでのよく知られたエピソードです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、やはり演奏する上ではいくつかの問題があったようで、アウアーはこの作品を取り上げるに際して、いくつかの点でスコアに手を加えています。&lt;br /&gt;
そして、原典尊重が金科玉条にようにもてはやされる今日のコンサートにおいても、なぜかアウアーによって手直しをされたものが用いられています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
つまり、アウアーが「演奏不能」と評したのも根拠のない話ではなかったようです。ただ、上記のエピソードばかりが有名になって、アウアーが一人悪者扱いをされているようなので、それはちょっと気の毒かな？と思ったりもします。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ただし、最近はなんと言っても原典尊重の時代ですから、アウアーの版ではなく、オリジナルを使う人もポチポチと現れているようです。でも、数は少ないです。クレーメルぐらいかな？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
やっぱり難しいんでしょうね。</description>
    </item>
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        <title>ブラームス：ヴァイオリン協奏曲&gt;&gt;&gt;Ｖｎ．ハイフェッツ　ライナー指揮　シカゴ交響楽団　１９５５年２月２１＆２２日録音</title>
        <link>http://www.yung.jp/yungdb/op.php?id=1263</link>
        <description>&lt;h3&gt;ヴァイオリンを手にしてぼんやりと立っているほど、私が無趣味だと思うかね？&lt;/h3&gt;この言葉の前には「アダージョでオーボエが全曲で唯一の旋律を聴衆に聴かしているときに・・・」というのがくっつきます。&lt;br /&gt;
サラサーテの言葉です。（＾＾）&lt;br /&gt;
もっとも、その前にはさらに「ブラームスの協奏曲は素晴らしい音楽であることは認めるよ、しかし・・・」ということで上述の言葉が続きます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
おそらくこの言葉にこの作品の本質がすべて語られていると思います。&lt;br /&gt;
協奏曲と言う分野ではベートーベンが大きな金字塔をうち立てましたが、大勢はいわゆる「巨匠風協奏曲」と言われる作品が主流を占めていました。独奏楽器が主役となる聞かせどころの旋律あちこちに用意されていて、さらに名人芸を披露できるパッセージもふんだんに用意されているという作品です。&lt;br /&gt;
イタリアの作曲家、ヴィオッティの作品などは代表的なものです。&lt;br /&gt;
ただし、彼の２２番の協奏曲はブラームスのお気に入りの作品であったそうです。親友であり、優れたヴァイオリニストであったヨアヒムと、一晩に二回も三回も演奏するほどの偏愛ぶりだったそうですから世の中わからんものです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、それでいながらブラームスが生み出した作品はヴィオッティのような巨匠風協奏曲ではなく、ベートーベンの偉大な金字塔をまっすぐに引き継いだものになっています。&lt;br /&gt;
その辺が不思議と言えば不思議ですが、しかし、ブラームスがヴィオッティのような作品を書くとも思えませんから、当然と言えば当然とも言えます。（変な日本語だ・・・＾＾；）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それから、この作品は数多くのカデンツァが作られていることでも有名です。一番よく使われるのは、創作の初期段階から深く関わり、さらに初演者として作品の普及にも尽力したヨアヒムのものです。&lt;br /&gt;
それ以外にも主なものだけでも挙げておくと、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
レオポルド・アウアー &lt;br /&gt;
アドルフ・ブッシュ &lt;br /&gt;
フーゴー・ヘールマン &lt;br /&gt;
トール・アウリン &lt;br /&gt;
アンリ・マルトー &lt;br /&gt;
ヤッシャ・ハイフェッツ &lt;br /&gt;
ただし、秘密主義者のヴァイオリニストは自らのカデンツァを出版しなかったためにこれ以外にも数多くのカデンツァが作られたはずです。&lt;br /&gt;
この中で、一番テクニックが必要なのは想像がつくと思いますが、ハイフェッツのカデンツァだと言われています。</description>
    </item>
    <item rdf:about="http://www.yung.jp/yungdb/op.php?id=1262">
        <dc:format>text/html</dc:format>
        <dc:date>2010-07-03T15:00:00+00:00</dc:date>
        <dc:source>http://www.yung.jp/index.php</dc:source>
        <dc:creator>ユング君</dc:creator>
        <title>ドビュッシー：３つの交響的スケッチ「海」&gt;&gt;&gt;アンゲルブレシュト指揮　フランス国立放送管弦楽団　１９５４年録音</title>
        <link>http://www.yung.jp/yungdb/op.php?id=1262</link>
        <description>&lt;h3&gt;ドビュッシーの管弦楽作品を代表する作品&lt;/h3&gt;「牧神の午後への前奏曲」と並んで、ドビュッシーの管弦楽作品を代表するものだと言われます。そう言う世間の評価に異議を唱えるつもりはありませんが、ユング君の率直な感想としては、この二つの作品はたたずまいがずいぶん違います。&lt;br /&gt;
いわゆる「印象派」と呼ばれる作品ですが、この「海」の方は音楽に力があります。そして曖昧模糊とした響きよりは、随分と輪郭線のくっきりとした作品のように思えます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
正直申し上げて、ユング君はあのドビュッシー特有の茫漠たる響きが好きではありません。眠たくなってしまいます。（＾＾；&lt;br /&gt;
そんな中で、結構ＣＤでよく聞くのがこの「海」です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
作曲は１９０３年から１９０５年と言われていますが、完成後も改訂が続けられたために、版の問題がブルックナー以上にややこしくなっているそうです。詳しくはこちら。→&lt;A HREF=&quot;http://www.interq.or.jp/classic/classic/data/essay/debussy.html&quot;&gt;ドビュッシーの「海」&lt;/A&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一般的には「交響詩」と呼ばれますが、本人は「３つの交響的スケッチ」と呼んでいました。作品の雰囲気はそちらの方がピッタリかもしれません。&lt;br /&gt;
　描写音楽ではありませんが、一応以下のような標題がつけられています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　　　　１　「海の夜明けから真昼まで」&lt;br /&gt;
　　　　２　「波の戯れ」&lt;br /&gt;
　　　　３　「風と海との対話」</description>
    </item>
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        <dc:date>2010-06-28T15:00:00+00:00</dc:date>
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        <dc:creator>ユング君</dc:creator>
        <title>ヴィターリ：シャコンヌ&gt;&gt;&gt;Ｖｎ．ミルシテイン P　ヴァルサム　１９５６年１月２７日録音</title>
        <link>http://www.yung.jp/yungdb/op.php?id=1261</link>
        <description>&lt;h3&gt;ヴァイオリンを演奏する人にとってはとても有名な作品らしいです&lt;/h3&gt;「Vitali（ヴィターリ）」の「シャコンヌ」は、ヴァイオリンを演奏する人にとっては有名な作品らしくて、「シャコンヌ」と言えばバッハかヴィターリと言うほど認知度が高いようです。ただし、「聴き専」の人間にとっては、「シャコンヌ」と言えばバッハの無伴奏しか思い浮かばないのが普通です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
私も、ミルシテインが録音した小品をチェックしていてこの作品に初めて出会いました。&lt;br /&gt;
「シャコンヌ」と言うことなので、バッハのあの有名な「シャコンヌ」との違いに興味がひかれたのですが、聞いてみるとまるでロマン派の小品みたいな音楽です。もちろん、バロック時代の音楽にもロマンティックな音楽はたくさんあるのですが、このネットリ感みたいなものはちょっとバロック時代の音楽とは異質です。&lt;br /&gt;
あれれ、不思議だなと思ってGoogle先生に聞いてみると、１９世紀にフェルディナント・ダーヴィトというヴァイオリニストがヴィターリの作品をヴァイオリンと通奏低音のための作品に編曲したものだと言うことが分かりました。なるほどね、と納得していると、さらにその後の研究で原曲はヴィターリのものではないことが判明したそうで、もしかするとヴィターリの名を借りたダーヴィト自身の作品かもしれないという見方もあることが分かりました。&lt;br /&gt;
そういえば、クライスラーも自分の作品を有名作曲家の未発見の作品だと「偽って」発表したことはよく知られていますが、事情は似たようなものだったのかもしれません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、そんなトリビアは脇に置いておくとしても、実際にこの音楽を耳にしてみれば、なぜに今まで人気が出なかったのかと不思議な思いに駆られるほどの素晴らしさです。一言で言えば、この上もない甘美な悲劇性と言えるのでしょうか。やはりどう聞いてもこれはロマン派の音楽です。でも、この胸にぐっとくるような素晴らしさは間違いなく一級品です。&lt;br /&gt;
変に勘ぐると、このすばらしい音楽はヴァイオリンを演奏する人間だけの「秘密」にしておこうという申し合わせでもあったのではないか・・・とすら思ってしまいます。</description>
    </item>
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        <dc:date>2010-06-25T15:00:00+00:00</dc:date>
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        <dc:creator>ユング君</dc:creator>
        <title>グリーグ：劇付随音楽『ペール・ギュント』より&gt;&gt;&gt;ビーチャム指揮　ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団　イルゼ・ホルヴェーク（S）　ビーチャム合唱協会　１９５６〜５７年録音</title>
        <link>http://www.yung.jp/yungdb/op.php?id=1260</link>
        <description>&lt;h3&gt;今では組曲の方が有名になってしまいました。&lt;/h3&gt;　イプセンが書いた詩劇「ペールギュント」はノルウェーに古くから伝わる民話を素材としていますが、簡単に言えば、とんでもない身勝手な男とそんな馬鹿な男を支えて待ち続ける純情な女の物語です。ワーグナーなんかが典型なのですが、どうもこういう「とんでもない男の身勝手」というモチーフが西洋人は好きなようです。&lt;br /&gt;
　登場するのは道楽の果てに財産を使い果たした馬鹿親父を持つ大ボラふきのペールとそんな馬鹿息子を溺愛する馬鹿母のオーゼです。（凄い一家です＾＾；）そして、そんなペールに心を寄せる「純情な娘・・・ソルヴェイグ」がこの物語の主要な登場人物です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　物語はペールの波乱に満ちた人生を縦糸に、そんなペールを信じて待ち続けるソルヴェイグを横糸として展開されていきます。&lt;br /&gt;
　ペールはソルヴェイグという恋人がいながら幼なじみだったイングリットを結婚式の場から奪って逃げたり、国際的な山師となってモロッコの皇帝の財宝をだまし取ったり、カリフォルニアで大金持ちになったりします。しかし、せっかく奪ったイングリッドなのにあきて捨ててしまったために山の魔物に酷い目にあわされたり、だまし取った財宝を色仕掛け（アニトラのお踊り）でだましたられたり、せっかくの財宝も船が難破して全て失ったりしてしまいます。&lt;br /&gt;
　そしてようやくにして帰り着いた故郷では盲目になりながらもソルヴェイグが彼の帰りを待ち続け、そんなソルヴェイグに許しを請いながら安らかな最期を迎えるというお話です。（何という荒っぽいあらすじ・・・_(_^_)_ ゴメンチャイ）&lt;br /&gt;
　グリーグはそんなとんでもないお話に音楽をつけるのは心がすすまなかったようですが、頼まれると嫌といえない性格だったのか、苦労しながら２８曲の音楽を作曲します。そして、その２８曲の中から４曲ずつ「お気に入り」を抜き出し、オーケストレーションなどを手直しして１８８８年に第１組曲、１８９２年に第２組曲を作曲します。&lt;br /&gt;
　現在では本家の詩劇の方はほとんど読まれることもなく、そのために全曲版の方も滅多に演奏されません。しかし、組曲の方は見方によっては４楽章構成の交響曲のように見えなくもない（見えないか・・・＾＾；）まとまりの良さもあって、現在ではグリーグを代表する作品としてよくコンサートでも取り上げられます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
○ 第１組曲&lt;br /&gt;
１． 前奏曲『朝の気分』 第４幕の前奏曲（No.13）&lt;br /&gt;
２．『オーゼの死』 第３幕前奏曲・第３幕第４場（No.12）&lt;br /&gt;
３．『アニトラの踊り』 第４幕第６場（No.16）&lt;br /&gt;
４．『山の魔王の宮殿にて』 第２幕第６場の開始（No.8）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
○ 第２組曲&lt;br /&gt;
１． 前奏曲『花嫁の略奪とイングリッドの嘆き』 第２幕の前奏曲（No.4）&lt;br /&gt;
２．『アラビアの踊り』 第４幕第６場（No.15）&lt;br /&gt;
３． 前奏曲『ペールギュントの帰郷』 第５幕の前奏曲（No.21）&lt;br /&gt;
４．『ソルヴェイグの歌』 第５幕第５場（No.23）</description>
    </item>
    <item rdf:about="http://www.yung.jp/yungdb/op.php?id=1259">
        <dc:format>text/html</dc:format>
        <dc:date>2010-06-22T15:00:00+00:00</dc:date>
        <dc:source>http://www.yung.jp/index.php</dc:source>
        <dc:creator>ユング君</dc:creator>
        <title>バッハ：無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ　第３番&gt;&gt;&gt;Ｖｎ．ミルシテイン　１９５５年１２月２８日録音</title>
        <link>http://www.yung.jp/yungdb/op.php?id=1259</link>
        <description>&lt;h3&gt;無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータの概要&lt;/h3&gt;バッハの時代にはこのような無伴奏のヴァイオリン曲というのは人気があったようで、とうていアマチュアの手で演奏できるとは思えないようなこの作品の写譜稿がずいぶんと残されています。ところが、古典派以降になるとこの形式はパッタリと流行らなくなり、２０世紀に入ってからのイザイやバルトークを待たなければなりません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
バッハがこれらの作品をいつ頃、何のために作曲したのかはよく分かっていません。一部には１７２０年に作曲されたと書いているサイトもありますが、それはバッハが（おそらくは）自分の演奏用のために浄書した楽譜に記されているだけであって、必ずしもその年に作曲されたわけではありません。さらに言えば、これらの６つの作品がはたして同じ目的の下にまとめて作曲されたのかどうかも不確かです。&lt;br /&gt;
しかし、その様な音楽学的な細かいことは脇に置くとしても、これらの作品を通して聞いてみると一つの完結した世界が見えてくるのはユング君だけではないでしょう。それは、どちらかと言えば形式がきちんと決まったソナタと自由に振る舞えるパルティータをセットととらえることで、明確な対比の世界が築かれていることに気づかされるからです。そして、そのパルティータにおいても、「アルマンド」−「クーラント」−「サラバンド」−「ジーグ」という定型様式から少しずつ外れていくことで、その自由度をよりいっそう際だたせています。そして、パルティータにおいて最も自由に振る舞っている第３番では、この上もなく厳格で堂々としたフーガがソナタの中で屹立しています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この作品は演奏する側にとってはとんでもなく難しい作品だと言われています。しかし、その難しさは「技巧」をひけらかすための難しさではありません。&lt;br /&gt;
パルティータ２番の有名な「シャコンヌ」やソナタ３番の「フーガ」では４声の重音奏法が求められますが、それは決して「名人芸」を披露するためのものではありません。その意味では、後世のパガニーニの「難しさ」とは次元が異なります。&lt;br /&gt;
バッハの難しさは、あくまでも彼がヴァイオリン一挺で描き尽くそうとした世界を構築するために必要とした「技巧」に由来しています。ですから、パガニーニの作品ならば指だけはよく回るヴァイオリニストでも演奏できますが、バッハの場合にはよく回る指だけではどうしようもありません。それ以上に必要なのは、それらの技巧を駆使して描ききろうとしたバッハの世界を理解する「知性」だからです。&lt;br /&gt;
その意味では、ヴァイオリニストにとって、幼い頃からひたすら演奏テクニックを鍛え上げてきた「演奏マシーン」から、真に人の心の琴線に触れる音楽が演奏できる「演奏家」へとステップアップしていくために、一度はこえなければいけない関門だといえます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;B&gt;ソナタ第1番ト短調 BWV1001&lt;/B&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
第３楽章の「シチリアーノ」以外は全てト短調という珍しい調性を持っています。この異例ともいえる調整の関係についてはいろいろと説明している本もあるのですが（ドリア旋法がどうたら、リディア旋法がかんたら・・・）、そう言う楽典的な事には弱いユング君にはよくわからんのです。（＾＾；しかし、この偉大な６曲の冒頭を飾るに相応しい作品であることは間違いありません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
   1. Adagio&lt;br /&gt;
   2. Fuga. Allegro&lt;br /&gt;
   3. Siciliano&lt;br /&gt;
   4. Presto&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;B&gt;パルティータ第1番ロ短調 BWV1002&lt;/B&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
4つの全ての舞曲の後半にそれぞれ、ドゥーブルと呼ばれる変奏が置かれているために、一見すると８楽章構成のように見えますが、本質的に以下の４楽章構成です。そのために、パルティータの最後は一般的には「ブーレ」ではなくて「ジーグ」なのですが、それではその後にドゥーブルをおくとすわりが悪いので変更したのだろうと推測されています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
   1. Allemande - Double&lt;br /&gt;
   2. Courante - Double. Presto&lt;br /&gt;
   3. Sarabande - Double&lt;br /&gt;
   4. Tempo di Bourree - Double&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;B&gt;ソナタ第2番イ短調 BWV1003&lt;/B&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
第2楽章の「フーガ」は289小節にも及ぶ長大なものですが、至る所にあらわれるオクターブの跳躍は音楽に躍動感と起伏感を与えています。また第3楽章の「アンダンテ」では、1本のヴァイオリンで、旋律と通奏低音の二声を弾くというものですが、音量を調節してメロディラインを際だたせるという高度な制御が要求されるようです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
   1. Grave&lt;br /&gt;
   2. Fuga&lt;br /&gt;
   3. Andante&lt;br /&gt;
   4. Allegro&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;B&gt;パルティータ第2番ニ短調 BWV1004&lt;/B&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　シャコンヌとは、「上声は変わっていくのに、バスだけは同じ楽句に固執し執拗に反復するものである」と説明されています。上声部がどんなに変奏を展開しても、低声部で執拗に繰り返される主題が音楽全体の雰囲気を規定します。&lt;br /&gt;
　しかし、その低声部での主題を聞き手が意識することはほとんどありません。冒頭にその主題が提示されますが、その後は展開される変奏の和声の最低音として姿をくらましてしまうからです。&lt;br /&gt;
　ところが、姿をくらましても、それが和声進行のパターンを根底で支配するのですから作品全体に与える影響力は絶大であり絶対的です。&lt;br /&gt;
　聞き手には移り変わっていく上声部のメロディラインしか意識には残らないでしょうが、執拗に繰り返される低声部の主題が音楽の支配権を握っています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　ですから、聞き手にはこの低声部の主題がそれとは明確に意識できない代物であっても、演奏する側はそのことを明確に意識して演奏する必要があります。&lt;br /&gt;
　つまりは、スコアに書いてある音符をそれなりに音にするだけでは音楽にはならないのです。&lt;br /&gt;
　そのことは、何もこの作品に限ったことではありませんが、シャコンヌはとりわけ演奏者サイドにその手の難しさを要求するようです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
   1. Allemande&lt;br /&gt;
   2. Courante&lt;br /&gt;
   3. Sarabende&lt;br /&gt;
   4. Gigue&lt;br /&gt;
   5. Chaconne&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;B&gt;ソナタ第3番ハ長調 BWV1005&lt;/B&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ソナタ全3曲中で最も壮大な音楽がこれです。とくに第2楽章のフーガは354小節からなる長大なものであり、それはバッハが書いたフーガの中で最大のものだと言われています。フーガの主題は古いコラール「来たれ、聖霊よ、主なる神よ」によるものだそうです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
   1. Adagio&lt;br /&gt;
   2. Fuga alla breve&lt;br /&gt;
   3. Largo&lt;br /&gt;
   4. Allegro assai&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;B&gt;パルティータ第3番ホ長調 BWV1006&lt;/B&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
組曲の一般的な配列からは大きく逸脱して最も自由に振る舞っています。そのために、全６曲の中では最も明るく、最も華麗な音楽になっています。また、全６曲の中では唯一アマチュアでも演奏できそうな作品であるために昔から高い人気を持っていました。特に、第3楽章の「ガヴォット」は、「無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ」などという厄介な名前など知らない人でもどこかで一度は耳にしたことがある有名な旋律です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
   1. Preludio&lt;br /&gt;
   2. Loure&lt;br /&gt;
   3. Gavotte en Rondeau&lt;br /&gt;
   4. Menuet I/II&lt;br /&gt;
   5. Bourree&lt;br /&gt;
   6. Gigue</description>
    </item>
    <item rdf:about="http://www.yung.jp/yungdb/op.php?id=1258">
        <dc:format>text/html</dc:format>
        <dc:date>2010-06-22T15:00:00+00:00</dc:date>
        <dc:source>http://www.yung.jp/index.php</dc:source>
        <dc:creator>ユング君</dc:creator>
        <title>バッハ：無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ　第3番&gt;&gt;&gt;Ｖｎ．ミルシテイン　１９５６年３月５日＆１６〜１７日録音</title>
        <link>http://www.yung.jp/yungdb/op.php?id=1258</link>
        <description>&lt;h3&gt;無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータの概要&lt;/h3&gt;バッハの時代にはこのような無伴奏のヴァイオリン曲というのは人気があったようで、とうていアマチュアの手で演奏できるとは思えないようなこの作品の写譜稿がずいぶんと残されています。ところが、古典派以降になるとこの形式はパッタリと流行らなくなり、２０世紀に入ってからのイザイやバルトークを待たなければなりません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
バッハがこれらの作品をいつ頃、何のために作曲したのかはよく分かっていません。一部には１７２０年に作曲されたと書いているサイトもありますが、それはバッハが（おそらくは）自分の演奏用のために浄書した楽譜に記されているだけであって、必ずしもその年に作曲されたわけではありません。さらに言えば、これらの６つの作品がはたして同じ目的の下にまとめて作曲されたのかどうかも不確かです。&lt;br /&gt;
しかし、その様な音楽学的な細かいことは脇に置くとしても、これらの作品を通して聞いてみると一つの完結した世界が見えてくるのはユング君だけではないでしょう。それは、どちらかと言えば形式がきちんと決まったソナタと自由に振る舞えるパルティータをセットととらえることで、明確な対比の世界が築かれていることに気づかされるからです。そして、そのパルティータにおいても、「アルマンド」−「クーラント」−「サラバンド」−「ジーグ」という定型様式から少しずつ外れていくことで、その自由度をよりいっそう際だたせています。そして、パルティータにおいて最も自由に振る舞っている第３番では、この上もなく厳格で堂々としたフーガがソナタの中で屹立しています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この作品は演奏する側にとってはとんでもなく難しい作品だと言われています。しかし、その難しさは「技巧」をひけらかすための難しさではありません。&lt;br /&gt;
パルティータ２番の有名な「シャコンヌ」やソナタ３番の「フーガ」では４声の重音奏法が求められますが、それは決して「名人芸」を披露するためのものではありません。その意味では、後世のパガニーニの「難しさ」とは次元が異なります。&lt;br /&gt;
バッハの難しさは、あくまでも彼がヴァイオリン一挺で描き尽くそうとした世界を構築するために必要とした「技巧」に由来しています。ですから、パガニーニの作品ならば指だけはよく回るヴァイオリニストでも演奏できますが、バッハの場合にはよく回る指だけではどうしようもありません。それ以上に必要なのは、それらの技巧を駆使して描ききろうとしたバッハの世界を理解する「知性」だからです。&lt;br /&gt;
その意味では、ヴァイオリニストにとって、幼い頃からひたすら演奏テクニックを鍛え上げてきた「演奏マシーン」から、真に人の心の琴線に触れる音楽が演奏できる「演奏家」へとステップアップしていくために、一度はこえなければいけない関門だといえます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;B&gt;ソナタ第1番ト短調 BWV1001&lt;/B&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
第３楽章の「シチリアーノ」以外は全てト短調という珍しい調性を持っています。この異例ともいえる調整の関係についてはいろいろと説明している本もあるのですが（ドリア旋法がどうたら、リディア旋法がかんたら・・・）、そう言う楽典的な事には弱いユング君にはよくわからんのです。（＾＾；しかし、この偉大な６曲の冒頭を飾るに相応しい作品であることは間違いありません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
   1. Adagio&lt;br /&gt;
   2. Fuga. Allegro&lt;br /&gt;
   3. Siciliano&lt;br /&gt;
   4. Presto&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;B&gt;パルティータ第1番ロ短調 BWV1002&lt;/B&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
4つの全ての舞曲の後半にそれぞれ、ドゥーブルと呼ばれる変奏が置かれているために、一見すると８楽章構成のように見えますが、本質的に以下の４楽章構成です。そのために、パルティータの最後は一般的には「ブーレ」ではなくて「ジーグ」なのですが、それではその後にドゥーブルをおくとすわりが悪いので変更したのだろうと推測されています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
   1. Allemande - Double&lt;br /&gt;
   2. Courante - Double. Presto&lt;br /&gt;
   3. Sarabande - Double&lt;br /&gt;
   4. Tempo di Bourree - Double&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;B&gt;ソナタ第2番イ短調 BWV1003&lt;/B&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
第2楽章の「フーガ」は289小節にも及ぶ長大なものですが、至る所にあらわれるオクターブの跳躍は音楽に躍動感と起伏感を与えています。また第3楽章の「アンダンテ」では、1本のヴァイオリンで、旋律と通奏低音の二声を弾くというものですが、音量を調節してメロディラインを際だたせるという高度な制御が要求されるようです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
   1. Grave&lt;br /&gt;
   2. Fuga&lt;br /&gt;
   3. Andante&lt;br /&gt;
   4. Allegro&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;B&gt;パルティータ第2番ニ短調 BWV1004&lt;/B&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　シャコンヌとは、「上声は変わっていくのに、バスだけは同じ楽句に固執し執拗に反復するものである」と説明されています。上声部がどんなに変奏を展開しても、低声部で執拗に繰り返される主題が音楽全体の雰囲気を規定します。&lt;br /&gt;
　しかし、その低声部での主題を聞き手が意識することはほとんどありません。冒頭にその主題が提示されますが、その後は展開される変奏の和声の最低音として姿をくらましてしまうからです。&lt;br /&gt;
　ところが、姿をくらましても、それが和声進行のパターンを根底で支配するのですから作品全体に与える影響力は絶大であり絶対的です。&lt;br /&gt;
　聞き手には移り変わっていく上声部のメロディラインしか意識には残らないでしょうが、執拗に繰り返される低声部の主題が音楽の支配権を握っています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　ですから、聞き手にはこの低声部の主題がそれとは明確に意識できない代物であっても、演奏する側はそのことを明確に意識して演奏する必要があります。&lt;br /&gt;
　つまりは、スコアに書いてある音符をそれなりに音にするだけでは音楽にはならないのです。&lt;br /&gt;
　そのことは、何もこの作品に限ったことではありませんが、シャコンヌはとりわけ演奏者サイドにその手の難しさを要求するようです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
   1. Allemande&lt;br /&gt;
   2. Courante&lt;br /&gt;
   3. Sarabende&lt;br /&gt;
   4. Gigue&lt;br /&gt;
   5. Chaconne&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;B&gt;ソナタ第3番ハ長調 BWV1005&lt;/B&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ソナタ全3曲中で最も壮大な音楽がこれです。とくに第2楽章のフーガは354小節からなる長大なものであり、それはバッハが書いたフーガの中で最大のものだと言われています。フーガの主題は古いコラール「来たれ、聖霊よ、主なる神よ」によるものだそうです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
   1. Adagio&lt;br /&gt;
   2. Fuga alla breve&lt;br /&gt;
   3. Largo&lt;br /&gt;
   4. Allegro assai&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;B&gt;パルティータ第3番ホ長調 BWV1006&lt;/B&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
組曲の一般的な配列からは大きく逸脱して最も自由に振る舞っています。そのために、全６曲の中では最も明るく、最も華麗な音楽になっています。また、全６曲の中では唯一アマチュアでも演奏できそうな作品であるために昔から高い人気を持っていました。特に、第3楽章の「ガヴォット」は、「無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ」などという厄介な名前など知らない人でもどこかで一度は耳にしたことがある有名な旋律です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
   1. Preludio&lt;br /&gt;
   2. Loure&lt;br /&gt;
   3. Gavotte en Rondeau&lt;br /&gt;
   4. Menuet I/II&lt;br /&gt;
   5. Bourree&lt;br /&gt;
   6. Gigue</description>
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