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カルーソー 偉大なるオペラアリア集

カルーソー 偉大なるオペラアリア集

オーディオの歴史をソフトとハードの両面で築き上げた立役者

最近は「新譜」で買いたいと思えるような録音がほとんどありません。それは、決して「昔は良かった」という年寄りの口癖と切って捨てるわけにはいかない「切実」さがあります。
そんな時に、「PCオーディオ実験室」の方で、「オーディオの衰退はハード面の接客だけではなく、ソフト面の満足度の低下もあるのではということです。」というコメントいただき、はたと気づくことがありました。
オーディオファンというのは圧倒的にクラシックかジャズを聞きます。そうでない人もいることはいますが、圧倒的に少数派です。そして、誰も彼もがオーディオの衰退を嘆きます。そして、その嘆きの大部分はオーディオメーカーや販売店に向けられていたのですが、ソフト面の衰退もその責任の一端をになっていたのだと言うことにあらためて気づかされました。

今までも、「聞きたいと思えるような新譜がない」と嘆き、他方では「買いたいと思えるような魅力的なオーディオ機器がない」と嘆きながら、どうしてその事が私の中で一つに結びつかなかったのか不思議なくらいです。

コメントいただいた方は、返す刀で「これぞというコンサートに足を運んでは、あまりの下手さ加減に、自宅のCDで口直しをしています。」と切って捨てています。演奏家の中には「CDなんか買ってくれなくても演奏会に足を運んでくれればその方が嬉しい」などとおっしゃる方もいますが、魅力的な新譜がないと言うことは、演奏会の質も低下していると言うことです。

それにしても、どうしてこんな事になってしまったのでしょう?
もちろん、こういう言い方は「昔は良かった」という年寄りの愚痴になる危険性を内包しています。この危険性について、私自身もかつてこのように書いたことがあります。

「例えば、20世紀の初め頃(たしか30年代?)にイザイというヴァイオリニストが亡くなりました。時の評論家は彼の死を悼んで「これで真のヴァイオリニストはこの世から消えてしまった」と嘆いたそうです。そして返す刀で「これからはハイフェッツやエネスコやティボーのような小人輩どもが跋扈するしかないと思えば情けない限りだ」と宣ったそうです。
 また例えば、五味康祐なる人物がいます。
 今の若い人には五味康祐と言ってもピンとこないでしょうが、存命中は剣豪小説の作家として有名な方でした。しかし、私にとっては求道者と言っていいほどに自分の全生涯をかけてクラシック音楽とオーディオを追求した人物として深く心に残っています。ですから、本職の剣豪小説(私は一冊も読んだことはありませんが・・・)以外にも、オーディオやクラシック音楽についてたくさんのエッセイを残しています。
 その中の、例えば、「ベートーベンと蓄音機」などと言う一冊を読んでみますと、作曲家や作品そのものに関しては自分の耳と感性を信じて素晴らしいオマージュを語っています。ところが、演奏に関しての文章となると、そういうしなやかな感性がとたんに影をひそめてしまい、「昔は良かった」の一点張りになってしまいます。フルヴェン・ワルター・メンゲルベルグ・トスカニーニなどへのオマージュが熱く語られ(それはそれで面白いのですが)、それと比べて今の演奏家はダメになっており、これから先も期待はもてないと言う「嘆き」というか「ボヤキ」というか、そう言う言葉が繰り返し語られています。

 私たちはイザイが亡くなった30年代以降の世界を知っていますし、フルトヴェングラーやワルターが亡くなったあとの世界も知っています。ですから、「小人輩が跋扈」し、「なんの望みもない」と言われた「そのあとの時代」においても、数々の素晴らしい演奏や録音が残されたことを知っています。私たちが歴史的録音の演奏について語るときに、このような物言いになることを、つまり年寄りの愚痴になることを十分に注意しなければいけないのです。 」

そのように心しても、昨今のクラシック音楽の世界には心を躍らせるような魅力がほとんど感じられません。とりわけ、私が大好きなオーケストラによる演奏となると「惨憺たる」状況です。敢えて具体的な名前は挙げませんが、この上もなく空疎な音楽を汗をしたたらせて飛び跳ねながら指揮をしている姿を見るたびに私の心は冷えていきます。

そこで、このゴールデンウィークは敢えて「古い録音」を集中的に聞いてみました。
カルーソーです。

1903年から彼が亡くなる1921年までの録音ですから、よほどの好事家でもない限りお金を払ってCDを買う人はいないでしょう。録音の歴史で言えば、マイクロフォンによる録音が始まる前にカルーソーはなくなっていますから、いわゆる「アコースティック録音」の時代です。
アコースティック録音なんて言うと粋な感じがしますが、何のことはない、大きなラッパに向かって声を張り上げて録音するのです。ですから、別名「ラッパ吹き込み」と呼ばれる極めて原始的な録音方法です。
こういう原始的な録音の時代に(おそらくは)積極的に録音活動を行った最初の一流演奏家がカルーソーでした。

彼はヨーロッパ時代にも録音を行っていたようですが、有名なのは1903年から始まった米ビクターとの録音です。

1903年に録音したのは「歌劇「ユグノー教徒」 – 第5幕 この空の下に」です。米ビクターは1901年に設立されていますから、本当の大物を招いての録音はこれが初めてだったのではないでしょうか。
正直言って、実に酷い音です。まるで、鼻をつまんで歌っているのかと思えるような音質です。

ところが翌年の「歌劇「アイーダ」 – 第1幕 清きアイーダ」になると、充分に聞ける音質になっています。そして、「聞ける」だけでなくて、彼の並外れた声の威力さえもしっかりと聞き取れます。
この違いはかなり凄いです。
おそらく、ビクターのスタッフは、この1年で「何か」をつかんだのだと思います。
同じ年に録音したトスカの「e Lucevan le Stelle(星は光りぬ)」の泣き節なども見事なものです。

そして、ビクターはこのカルーソーの録音バックに1906年から「ビクトローラ」なる蓄音機の製造販売をはじめます。木製キャビネットの中にターンテーブルとホーンを収めた蓄音機で、この最終発展系の「クレデンザ」は今でも高値で取引されています。(日本で初めて発売されたときは家一軒よりも高かったとか・・・)
当然のことですが、ビクターはクレデンザのようなものだけを発売したのではなくて、卓上のターンテーブル(発売当時は15ドルだったとか)をはじめとして、様々なサイズやスタイルの蓄音機を発売し、かなりの数を市場に送り込んだようなのです。そして、その後押しをしたのは、言うまでもなくカルーソーなどのソフト面だったことは言うまでもありません。
その意味では、カルーソーは、単に20世紀最高のテノールと言うだけでなく、それ以後のオーディオの歴史をソフトとハードの両面で築き上げた立役者だったとも言えます。

そんなカルーソーも1909年にのどの手術をしたために、それ以後は全盛期の声の「威力」は影を潜めてしまいます。そして一切の編集もお化粧も不可能なアコースティック録音は、そう言うカルーソーの衰えを残酷なまでに刻み込んでいきます。
世間では、そんなカルーソーを「高音域の輝きを失ったものの、逆に中音域の力強さでその欠点を補った」という人もいますが、そんな馬鹿なことを言ってはいけません。
高音の輝きを失った歌手を世間ではテノールとは言わないのです。駄目なものは駄目と言わなくてはいけません。
ただ、声に威力があった全盛期にはかなり奔放に歌いきっていたのが、晩年(とは言っても40代ですが)はかなり丁寧な歌い方に変わっています。そして、その丁寧さは、ライブとは違って繰り返し聞かれることになる録音では意外と重要だと言うことにカルーソーだけでなく録音スタッフも気づいていった歴史を感じ取ることができます。

言うまでもないことですが、今日の録音技術から言えば「貧弱」な音であることは事実です。
しかし、この貧弱な音の向こうから、何とも言えない熱気が感じ取れます。おそらく、今のクラシック音楽の世界に一番欠けているのは、このイケイケドンドンの「下品ささえ感じられる熱さと勢い」でしょう。
あの取り澄ました「お上品さ」の匂いをかがされるたびに、何とも言えない「おぞましいもの」を見せつけられたような気分になります。そう言うものと出会うくらいなら、アコースティック録音されたカルーソーの歌声を聞いている方がはるかに気分がいいです。

とは言え、どこかから、「頼むからこんな古い録音なんかアップしてくれるな!」という声も聞こえてきそうですが・・・(^^;。

バッハ:無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ・・・(Vn)シゲティ 1955~56年録音

バッハ:無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ・・・(Vn)シゲティ 1955~56年録音

20世紀と言う時代の「声」

どうやらバッハの無伴奏というのは「上手」に演奏してはいけないようです。シゲティ然り、エネスコ然りです。そして、その事を指摘して批判めいたようなことを口にすると、あちこちから雨あられと矢玉が降りそそいできます。例えば・・・「この演奏を下手くそとか、アマチュアレベルとか言っている御仁は、残念ながら音楽とは無縁の輩なのだ。 」・・・音楽を聞く資格もないと叱られれば誰もが口をつぐんでしまいます。困ったものです。
しかし、最近は少しばかり風向きが変わってきたようで、「最近やっとシゲテイ神話に一言物申す方々が出てきたようです。」という風情になってきました。そうなると、「シゲティはへたくそ、プロとしてやってこれたのは不思議なくらいだといっていいかもしれない。」とか「雑音のような音をずっと聴き続けなければいけないなんて、音楽を苦行と取り違えているのではないだろうか? 」などと言う物言いも聞こえてきて、これまた困ったものだと思ってしまいます。

真の芸術家というのは「呪われた存在」だとつくづく思うようになってきました。何故なら、彼らは己の命を削って死ぬまで歌い続けることを宿命づけられた存在だからです。そして、彼らが呪われているのは、その様な「苦行」とも言えるような人生に訣別しようとしても、おそらく彼らの内からわき上がるような「思い」が彼らに「歌う」事を止めさせないからです。
おそらく、「歌う」という行為が、自らの喜びや楽しみのためならいつでも止められるでしょう。ましてや、己の外面を飾り立てるアクセサリ(地位や名誉やお金)として「歌う」のならばそれこそいつでも止めることが出来ます。
だとするならば、いったい何が彼らを「歌う」事に駆り立てるのでしょうか?疑いないのは、呪われた芸術家にとって「歌う」という行為は彼らの個人的な営為でないと言うことです。おそらく、何かが取り憑いていて、その取り憑いたものが彼らに「歌う」事を強いるんでしょう。何だか、こんな事を考えるとオカルトみたいなのですが、何だか最近そんなことを強く感じるようになってきました。
そして、その「取り憑いているもの」とは、おそらく同じ時代を生きる人々の「喜び」や「哀しみ」や「怒り」や「憎しみ」や「嫉み」「妬み」「希望」に「絶望」その他ありとあらゆる「思い」が彼らの中に流れ込み、その時代の渦みたいなものがかれらに「歌う」事を強いるのでしょう。そう考えてみれば、このシゲティの演奏には間違いなく同じ時代を生きた人々のその様なありとあらゆる感情が流れ込んでいます。そして、その様な時代の声にシンパシーを感じる人にとってはこの演奏は限りなく偉大なものと映ずるでしょうし、そんなものは遠い時代の過去のものとしか感じられない人にとってはまさに時代錯誤の昔語りにしか聞こえないはずです。

正直言って、その意味でいつまでもシゲティでもないだろうと思います。しかし、この演奏は二つの大戦を経験した20世紀と言う時代の「声」であったことも事実であり、その事には深い敬意を感じざるを得ません。おそらく、シゲティにとってバッハとはこのように厳しい音楽としてしか「歌う」事が出来なかったのであり、その「厳しさ」と向き合うことは決して「苦行」ではないはずです。
そして、悲しいことに現在の音楽家の多くは音楽を軽やかなファッションのように演じてはくれても、呪われた音楽の凄味に立ちすくむような衝撃は与えてくれないことです。もちろん、音楽にその様な「重たいもの」を求めない聞き手も責任の半分は分担すべきですが。

再開します。

以下のような内容で一時的に閉鎖しましたが、何とか別の形でスタートができるようになりました。
個人的には以前よりも使い勝手が良くなったかと自負しています。ただし、サイトへの負荷が大きくなると制限をかける必要が出てくるかと思いますので、聞きたいブンだけダウンロードするようにお願いします。

一時閉鎖の経緯

MP3ファイルの配布に使っていた「ZINA」というスクリプトが、システム全体のヴァージョンアップによって上手く動作しなくなりました。

いろいろやってみたのですが、どうやら私個人の力ではどうしようもないようです。

労力を使わずに配布できるように別の手段を探したいと思いますが、それまでは一時このコーナーは閉鎖します。
リンク先をたどってもMP3ファイルはダウンロードできませんので、ご承知おきください。

<追記>
取りあえず再開しますが、文字化けが解決していないのでとっても使いづらいです。
今度の土日にでもゆっくり文字化け対策を思い出したいと思います。

<追記の追記>
その後検討した結果、「zina」は2010年11月の時点で「Zina is on hiatus. Author got married and bought a house.」となっていて(ZINAはお休みします。作者は結婚して家も買いました・・・とでもなるんでしょうか?)、いくつかの脆弱性(SET NAMES・・・等々)が放置されていることに気づきました。
使い続けるには問題を感じますので、やはり一時閉鎖して新たな方途を探ってみた方がいいと判断しました。

ホロヴィッツを聞く~音のサーカスに酔う

ホロヴィッツを聞く~音のサーカスに酔う

あらためて、ホロヴィッツを集中的に聴き直しています。
最近はこういう聴き方が増えてきています。

カラヤンという指揮者の真価について目を開かれたのも、50年代の録音を集中的に聴き直してみるという作業のおかげでした。こういう聴き方は、好みに合いそうなものだけをピックアップして聞いていただけでは見えなかったものに気づかせてくれます。

そんなわけで、今回はホロヴィッツに焦点を合わせたというわけです。
聞いてみた中心は、1953年にコンサート活動からドロップアウトしてしまうでの録音です。

もちろん、今までも、ホロヴィッツの代名詞ともいうべき録音、チャイコフスキーやラフマニノフのコンチェルト、展覧会の絵などは取り上げていたのですが、彼の業績全体から見れば極めて不十分な取り上げ方しかしていませんでした。
しかし、そう言う不十分な取り上げ方であっても、ホロヴィッツという稀代のピアニストのアウトラインくらいはつかむことができていました。
例えば、展覧会の絵の録音を聞いたときには、「ピアノという楽器はかくも容易く軽々と演奏できるものなのかという驚き、そして自由奔放に弾きこなしているだけなのにそこから紡ぎ出される音楽はたとえようもなく美しい。何よりも、その音楽から発散される爽快感と開放感は他のどのピアニストからも感じ取れないものでした。」と綴っています。
しかし、今回、彼の録音を集中的に聞いてみて、必ずしもその凄さと真価を充分には感じ取れていなかったことに気づかされました。

少し長くなりますが、そのあたりのことを書いてみたいと思います。

ピアニストの系譜」という本があります。「音楽の友」2006年4月号から2009年12月号までの連載の単行本化したものらしいのですが、まあいってみれば「ピアニストの家系図」とでもいうべきような内容です。
読んでみて面白いというような内容ではないのですが、資料的な価値は高くて手元には置いておきたいと思うような本です。

その中に、系譜の原点として、ウィーン式とイギリス式という二通りのピアノの構造が紹介されています。ウィーン式は跳ね上げ式ののハンマーアクションで軽やかなタッチが得意であったのに対して、イギリス式は突き上げ式のアクションで重厚なタッチが得意だったとのことです。
このピアノの構造は作曲家によっても好みが分かれ、有名どころではモーツァルトはウィーン式、ベートーベンはイギリス式を好んだそうです。それは、彼らが作り出した音楽の質を考えてみれば当然のことです。
それは簡単に言ってみれば、ウィーン式のピアノを使うときに大切にされるのは何よりも感覚的な楽しみであるのに対して、イギリス式を用いるときは、響きを通して構築される論理の方が大切にされるからです。

もちろん、こんな二分法は極めて乱暴な論理であることは分かっています。
しかし、「感覚と精神」という「音楽をつかさどる異なった二側面」のどちらに重点を置くかという把握の仕方は、クラシック音楽という巨大な世界を取りあえずカテゴリ化する上である程度は有効です。
つまりは、モーツァルトは何よりも音楽に対して感覚的な楽しさを求めたのに対して、ベートーベンは理路整然とした論理とそれによって表現される精神的な深みを表現することを求めたのです。
そして、その嗜好性の違いがピアノという楽器の選択にも表れたということです。

そして、この源流からの流れは、演奏する側のピアニストにも大きく影響を与えたことが見て取れます。
もちろん、これもまた極めて乱暴な二分法であることは分かっていますが、片方は何よりも華やかな演奏効果による感覚的な楽しみを提供することを大切にするのに対して、他方はそう言う感覚的な楽しさよりも作品に込められた論理的一貫性や精神性を表現することに重きを置きます。

もちろん、現実のピアニストというものはこれほど潔く二分するわけではなく、この対立的な二項の間にあって、ちょうど自分にとって居心地のいいところにポジションを占めるわけですが、なかにはそう言う潔さに徹するピアニストもいます。
おそらく、そう言う潔いピアニストの一人がホロヴィッツだったのだと、今回の集中視聴で確信することができました。もちろん、彼が占めるポジションは言うまでもなく、「華やかな演奏効果による感覚的な楽しみ」を提供することを大切にするというものです。
そして、この反対側に潔くポジションを占めたピアニストも存在しています。考えをめぐらせて思い当たったのがシュナーベルやアラウというピアニストでした。もちろん、ケンプやバックハウスでもいいのですが、より典型的な存在としては彼らの方が相応しいと思います。

この両者の違いが顕著習われるのはプログラムの組み方です。
よく知られているように、シュナーベルというピアニストは亡命先となったアメリカの音楽界とはあまり上手くマッチングしませんでした。そのため、戦争でアメリカへの亡命を余儀なくされたあとはあまり力を発揮することができませんでした。

そう言う相性の悪さは、彼のアメリカデビューの時からはっきりしていました。
大衆に好まれるコンサートにするように興行主から要請されても、彼はそれを断り続けました。興行主から「あなたは路上で見かける素人、疲れ切った勤め人を楽しませるようなことができないのか」と言われても、「24ある前奏曲の中から適当に8つだけ選んで演奏するなど不可能です」と応えるような男だったのです。
その結果として、興業は失敗に終わり、興行主からも「あなたには状況を理解する能力に欠けている。今後二度と協力することはできない」と言われてしまいます。

「24ある前奏曲の中から適当に8つだけ選んで演奏するなど不可能です」
おそらくは、この言葉に、シュナーベルというピアニストの立ち位置が何よりも明確に表されています。

ショパンの前奏曲集という音楽は、24の作品で一つの世界が構築されているのであって、そこから大衆に人気のある作品だけをいくつかピックアップして演奏するなどということは、自分の命を切り売りするようなものと感じられたのでしょう。
そう考えると、彼が世界で最初にベートーベンのピアノソナタ全集を完成させたのも一つの必然だったのだと納得させられます。
ベートーベンのピアノソナタという一つの体型を徹底した論理的一貫性を持って構築したいというのは、彼のような立ち位置にあるピアニストにとっては一つの本能でした。全集の完成のためには「苦しみのために死んでしまうのではないか」と思うほどの困難が立ちはだかったとシュナーベルは語っています。しかし、そのような障害も、それが本能から発した「欲求」であればこそ乗り越えることも可能だったのでしょう。

アラウは幼くしてリストの弟子であったクラウゼの家に住み込み、そのクラウゼからドイツ的な伝統の全てを注ぎ込まれて養成されたピアニストです。ですから、彼の出身はアルゼンチンですが、ピアニストとしての系譜は誰よりも純粋に培養されたドイツ的なピアニストでした。彼はよく「コンプリート魔」などと言われるのですが、それもまたこの手のピアニストの本能のなせる「業」だったのでしょう。

それに対して、ホロヴィッツのプログラムの組み方は極めて恣意的です。
例えば、歴史的に有名な1965年の「ヒストリック・リターン」と呼ばれるコンサートのプログラムは以下の通りです。

・バッハ/ブゾーニ編:トッカータ、アダージョとフーガ ハ長調BWV.564
・シューマン:幻想曲ハ長調Op.17
・スクリャービン:ピアノ・ソナタ第9番Op.68『黒ミサ』
・スクリャービン:詩曲嬰ヘ長調(嬰ニ短調)Op.32-1
・ショパン:マズルカ第21番嬰ハ短調Op.30-4
・ショパン:練習曲第8番ヘ長調Op.10-8
・ショパン:バラード第1番ト短調Op.23
・ドビュッシー:人形へのセレナード(『子供の領分』より)
・スクリャービン:練習曲嬰ハ短調Op.2-1
・モシュコフスキ:練習曲変イ長調 Op.72-11
・シューマン:トロイメライ

自分の気に入った作品を、そしておそらくは聞き手もまた気に入ってくれるであろう作品だけをピックアップして、華やかな演奏効果による感覚的な楽しさを提供することを何よりも大切にしたプログラムの作り方です。
もちろん、通常のコンサートでこのようなプログラムで演奏するピアニストは珍しくはありません。しかし、ホロヴィッツが徹底しているのは、録音においてもこのスタンスを貫いている点です。

例えば、これで一枚のLPです。

・ショパン:アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ変ホ長調Op.22
・ショパン:ワルツ第3番イ短調Op.34-2
・ショパン:ポロネーズ第6番変イ長調Op.53『英雄』
・ショパン:マズルカ第7番ヘ短調Op.7-3
・ショパン:ワルツ第7番嬰ハ短調Op.64-2

はたまた、これで一枚です。

・ビゼー/ホロヴィッツ編:カルメン変奏曲
・ムソルグスキー/ホロヴィッツ編:水辺にて
・バッハ/ブゾーニ編:いざ来ませ、異邦人の救い主よ
・モーツァルト:トルコ行進曲K.331-3
・シューマン:トロイメライ Op.15-7
・メンデルスゾーン:無言歌第40番ニ長調Op.85-4『エレジー』
・メンデルスゾーン:無言歌第30番イ長調Op.62-6『春の歌』
・ドビュッシー:人形へのセレナード(『子供の領分』より)
・プロコフィエフ:トッカータ ハ長調Op.11

つまりは、例えば、ホロヴィッツのベートーベンのピアノソナタ全集などというのは考えられないのです。それどころか、ショパンのエチュードやプレリュードを全曲録音して一枚のレコードにする等というのも考えられないのです。
つまり、ホロヴィッツというピアニストにとって、自分にとって興味を引かない作品を、コンプリートするためにいやいや演奏するなどということは愚かさ以外の何物でもないのです。つまり、彼にとって大切なものは、ピアノという楽器が生み出す感覚的な喜びであって、作品に内包される論理的一貫性や精神性などというものには何の興味も持たないのです。
ですから、有名な評論家(ショーンバーグ)に「猫ほどの知性もない」と酷評されても、ホロヴィッツにとっては痛くも痒くもなかったのでしょう。

以上、読まれた方は極めて乱暴な二分法だと思われたことでしょう。
しかし、時にはこういう乱暴さは、問題の本質を照らし出すという効果があります。

さて、こうして乱暴ながらも二分してみると、この国におけるクラシック音楽の受容のされ方が、極めて跛行的であったことに気づかされます。この事は敢えて詳しく述べる必要はないと思いますが、その結果として、ホロヴィッツというピアニストに対する評価を曖昧なものとする結果を招きました。
誰もまねのできないテクニックと絢爛たるピアノの響きには敬意を表しつつも、精神的な深みに欠ける名人芸だけの演奏家という評価です。
私たちは、もういい加減、どちらかの陣営に属してかたくなな態度を取るという姿勢から卒業してもいいのではないでしょうか。
さらに困るのは、知ったかぶりの態度を取って、シュナーベルに対してはテクニックの弱さを指摘して駄目出しをし、ホロヴィッツにには精神的深みがないといって駄目出しをし、結果としては何でもかんでも駄目出しをして自分の「エラサ」を誇示しようとするスノッブな人々の存在です。
そんなにも何を聞いても気に入らないのならば、最初から音楽なんか聴かなければいいものを・・・と思ってしまいます。

そうではなくて、もうポチポチ、もっと大らかにクラシック音楽というものと付き合ってもいいのではないかと思うのです。
華やかな響きと絢爛たるテクニックという「音のサーカス」を楽しむのは決して価値の劣るものではありません。
逆に、地味であっても真摯な響きの向こうに深い精神性を読み取る人がいてもいいでしょう。それを「オタク」だとか「根暗」だと言って馬鹿にするのも、同じようにクラシック音楽を楽しむ幅を狭めるだけのものです。

ただし、この国の現状は、圧倒的に「音のサーカス」を低く見る傾向が強いです。
ですから、ホロヴィッツを聞きましょう。
そして、その圧倒的な「音のサーカス」に酔いましょう。
そして、「ホロヴィッツのショパンは素晴らしいが、それはショパンを聴くものではなくホロヴィッツの音楽を聴くものである」・・・等という了見の狭い評論家の戯言などを蹴飛ばしていきましょう。

と言うことで、ここで話は終わってもいいのですが、是非ともふれておきたいことがもう一つだけあります。
それが、彼の初来日のコンサートに関わる一件です。
チケットが5万円という事で社会的現象にもなったコンサートで、さらにはその様子はNHKがライブ中継したことでも話題になりました。しかし、それ以上に話題になったのは、そのコンサートを評して、あの吉田大明神が「ひびの入った骨董品」と切って捨てたことでした。
私もそのコンサートの模様はテレビに釘付けになって聞きました。そして、そのあまりの酷さに愕然としたのは覚えています。ところが、その酷い(としか思えない)演奏に賛辞を送っている評論家先生に違和感を感じていたときに、吉田氏がバッサリ切り捨ててくれたことでホッとしたものでした。
ところが、このあまりにも的を射た吉田氏の批評がこのあと一人歩きしてしまって、世間一般でのホロヴィッツの評価を貶めるものとなってしまいました。

しかし、この吉田氏の批評はホロヴィッツ本人にも届いたようで、さらにはその批評はホロヴィッツにとっても非常にこたえたようなのです。「猫ほどの知性もない」といわれても動じなかったホロヴィッツですが、「ひびの入った骨董品」にはかなりダメージを受けたようです。
しかし、それは彼の立ち位置を考えてみれば納得がいきます。
彼の演奏が聴衆に感覚的な喜びを与えることのできない骨董品レベルのものであり、さらにひびの入ったような代物であったとなれば、それは己のピアニストとしての存在そのものに関わるものだからです。

後の話によると、この時のホロヴィッツは大量の処方薬摂取で体調を崩していたようです。そして、この初来日の時の汚名挽回のために、彼は体調を整えて3年後に再来日を果たし、今度は素晴らしい演奏を聴かせてくれました。
さらに言えば、技巧よりは多彩な音色の美しさで勝負するようになったのもこれ以降のことですから、もしかしたら吉田氏の批評が大きな影響を与えたのかもしれません。

ただ、そう言う後日談はほとんど語られることなく、ただ初来日の時の「ひびの入った骨董品」だけが一人歩きしているのは残念と言うしかありません。ですから、この事は是非とも付けくわえておきたいと思います。

おそらく、ホロヴィッツの演奏に関しては、あれこれと言葉を尽くす必要はないと思います。
とりわけ、彼の全盛期であった1953年までの録音は、ただひたすらその響きに耳を傾ければすむ話です。そのどの演奏を聴いても、退屈をすると言うことは全くありません。
確かに、録音によってはパチパチノイズが気になるレベルのものも少なくありません。しかし、少し我慢して音楽に集中してみれば、もうそんなノイズなどは全く気にならなくなります。そんな録音レベルの悪さなどは吹っ飛ばしてしまうほどの「凄味」に貫かれています。

カラヤン&ギーゼキングによるピアノ協奏曲録音集

カラヤン&ギーゼキングによるピアノ協奏曲録音集


このコンビによる録音

モーツァルト:ピアノ協奏曲 第23番 イ長調 k.488(1951年録音)
モーツァルト:ピアノ協奏曲 第24番 ハ短調 k.491(1953年録音)
ベートーヴェン:ピアノ協奏曲 第4番 ト長調 作品58(1951年録音)
ベートーヴェン:ピアノ協奏曲 第5番 変ホ長調 作品73「皇帝」(1951年録音)
シューマン:ピアノ協奏曲 イ短調 作品54(1953年録音)
グリーグ:ピアノ協奏曲 イ短調 作品16(1951年録音)
フランク:交響的変奏曲 (1951年録音)

世界では52年からテープによる録音が主流になるので音質は飛躍的に向上します。
このカラヤンとギーゼキングの演奏は51年に録音されていますから、その意味では音質的にはかなり微妙です。しかし、実際に聞いてみるとそれほどクオリティは低くないように思えます。
それよりは、50年代の初めにこのような「現代的な感覚」でベートーベンやモーツァルトが演奏がされていたことを知ってもらう事には価値があるだろうと思います。

ギーゼキングと言えば、このあとに素晴らしいモーツァルトのピアノソナタ全集を完成させます。その全集の方は既に紹介済みなのですが、即物主義によるモーツァルト演奏のスタンダードとして長く評価されてきた録音です。
その事もあって、ギーゼキングと言えば即物主義の代表のように思われているのですが、若い頃の演奏を聴くとかなりの爆演型でした。例えば、メンゲルベルグを相手にしたラフマニノフのコンチェルトなどは、それはそれは凄まじいものでした。そう言う演奏を聞くと、若い頃のギーゼキングは晩年のギーゼキングとはまるで別人のようです。
そうなると、その変化がいつ頃起こったのかという疑問がおこるのですが、このカラヤンとの録音を聞く限りは、明らかにストイックなまでに即物的な態度で貫かれていることは容易に聞き取ることができます。カラヤンの方もまた、「ドイツの小トスカニーニ(彼はこういう言われ方は好まなかったようですが)」と言われた頃ですから、両者のベクトルはピッタリ一致して、今聞いても「古さ」というようなものは微塵も感じないような演奏に仕上がっています。

調べてみると、この両者は51年から53年にかけて、これ以外にもモーツァルトやシューマン、グリーグなどのコンチェルトを集中的に録音しています。そして、その録音のどれを聞いても、貫かれている感覚はこの上もなく現代的です。いや、もしかしたら、ここまで己の「我」を抑えて、ひたすら作品のあるがままの姿を描き出そうという「誠実」さに貫かれた演奏は、今という時代にあっては次第に聞くことが難しくなっているかもしれません。
そして、若い頃のカラヤンのこういう「誠実」な演奏スタイルを聞かされると、年を取っていろいろな知恵が身につくことが、果たして「進歩」なのかどうか?・・・等という皮肉な思いが脳裏をかすめたりします。

それにしても、50年代の初めという、未だに大戦の記憶が生々しい時代に、この両者がタッグを組んでコンチェルトを集中的に録音した事はかなり興味深い事実です。
カラヤンがナチスの党員であったことは周知の事実です。ギーゼキングもまた党員ではなかったようですが、熱心なナチス信奉者であったことはよく知られています。もしかしたら、カラヤンがビジネスのために割り切ってナチス党員になったことと比べると、ギーゼキングの方が心情的にははるかに「親ナチ」だったかもしれません。
ですから、戦後になると、お互いに「ナチス疑惑」が「晴れる」までは演奏が禁止されますし、演奏禁止が解除されても、「親ナチ」の彼らとは協演を拒否する演奏家も少なくなかったようです。有名どころではルービンシュタインやホロヴィッツなどがあげられるでしょう。ルービンシュタインについて言えば、あの温厚そうな外見とは裏腹に、ドイツでの演奏を死ぬまで拒否し続けた人でした。そう言う周囲の状況を考えると、お互いに納得のいくパートナーとなると選択肢は極めて限られていたことは容易に想像がつきます。そして、そう言う二人にとって、もう一度演奏家としてのキャリアを再構築していくためには「実績」を積み重ねるしかなかったはずです。もちろん、ルービンシュタインのように生涯許してくれない大物もいるでしょうが、「素晴らしい演奏」という実績を積み上げていけば、やがては道は切り開かれるものです。
そう言う意味では、この二人による一連の録音には、他の時代には聞けないような「凄味」みたいなものも感じ取れるような気もします。まあ、ここまで言ってしまうと「深読み」がすぎるかもしれませんが、評価の定まった大家による余裕あふれる演奏では絶対表現できない、ある種の「崖っぷち感」みたいなものが聞き取れるような気がします。